最終章〜ずっと、友達〜

第1話

 

「おはよう、おじいちゃん、おばあちゃん」


「やあおはよう……早いね、マサシくん」



 冬が近いのか、時折少し肌寒い風が吹いてくる。風に吹かれて、枯れ葉が舞い落ちてくる。おじいさんはすぐに薪を集め、火をつけた。瞬く間に火は燃え上がり、庭にほんのり暖かい空間が生まれた。



「少し寒いの。お湯を沸かそう。子供たちもそろそろ起きてくるじゃろ」


「ぼくはもう少し焚き火にあたってから、ごはんの支度するよ」


「そうかい。風が強いから、寒くなったらすぐ家に入っておいで」


「うん!」



 ぼくは焚き火にあたりながら、この世界でのことを色々と思い出していた。



「……はっくしゅん!」


「おやおや、マサシくん。さあ、これを着て」



 おばあさんが、毛糸のセーターを羽織ってくれた。ふんわりとした肌触りで、とてもあったかい。



「ありがとう、おばあちゃん……ぐずっ。急に寒くなったね」


「風邪引いたら大変だからね。マサシくんは帰ってからも元気に過ごして欲しいものね」



 ビョオーと音を立てて、木枯らしが吹く。焦茶色の葉っぱを、吹き飛ばしていく。ぼくはおばあさんのセーターを羽織ったまま、家の中に戻った。



 ♢



「今日は家の中で朝ごはんにしよう。チップ、寒いけど果物お願いできるかい?」


「わかった、おとうさん! じゃあマサシ兄ちゃんも一緒に行こ!」


「寒いから、気をつけるのよ。マサシくんも、気をつけて行ってらっしゃいね」



 ビュウビュウ吹く風の中、ぼくはおばあさんから借りたセーターを着て、チップくんと一緒に森の小道を行く。少し雨が混じってきた。冷たい空気が肌に染み渡る。



「やあ、おはよう。あれ、ナッちゃんは来てないんだね」



 麦わら帽子のねずみのおじさんは、今日もたくさんの野イチゴをカゴにいれて出てきた。



「ナッちゃんはお留守番さ。だって、この風の中だよ? さすがにね」


「あはは、きっとすねてるね」


「だろうね。今日もありがと、おじさん」


「寒いから気をつけてね。そういえばニンゲンさん、お家見つかったかい?」



 ねずみのおじさんに尋ねられると、ぼくは少し間を置いて答えた。



「はい、無事帰れることになりました。今日帰るんです」



 それを聞いたおじさんは、ニッコリと微笑む。



「そうかい、そうかい。また遊びに来ておくれよ。野イチゴ、たくさん用意して待ってるからね」


「……はい! また会えたら、いいですね!」



 何故、もう二度とこの世界に来ることが出来なくなってしまうのだろう。何故、現実世界とねずみたちの世界は、自由に行き来できないのだろう。神様がぼくをこの世界に呼んでくれたのだとしたら、ぼくは神様にこうお願いしたい。〝自分の人生をしっかり生きられるようになったら、またこの世界への扉を開いてください〟と。



 ♢



「いただきまあーす!」



 最後の朝ごはんも、いつも通りの楽しい雰囲気だった。

 どんぐりの粉で作り、くるみが入った美味しいパン。野イチゴに、野菜で作った砂糖を混ぜて作ったジャム。栄養たっぷりのミックスジュース。ねずみたちの料理のレシピを応用すれば、きっとぼくらの世界でも美味しい料理が出来るに違いない。それを食べればきっと、また9匹みんなのことを思い出すことができるだろう。



「ごちそうさま! さあ、早速いつものヒミツキチに行くよ!」



 チップくんは大張り切りだ。時間いっぱい、ぼくも思いっきり遊ぼう。



「今日は、僕も行くよ」


「私も行こうかな」


「ぼくもいきたい!」



 いつもはお仕事に行くトム、いつもは家事をするモモちゃん、そしていつもはおかあさんにべったりのミライくんが、今日は一緒に来てくれるようだ。



「やった! 今日はみんなで行こうよ!」


「わあーい! みんな来るんだー!」



 チップくん、ナッちゃんは大喜びだ。



「思いっきり、遊ぼうね! マサシ兄ちゃんの、ステキな思い出のために!」


「ありがとうね。トム、モモちゃん、チップくん、ナッちゃん、ミライくん、よろしくね」


「よぉーし、じゃあ行ってきまーす‼︎」



 ぼくらは家を飛び出し、ヒミツキチへ向かった。木枯らしは止み、森には眩しい陽の光が射し込んでいる。



「行ってらっしゃーい」



 おかあさんは、ぼくらを笑顔で見送ってくれた。真っ先に駆けていくチップくん、ナッちゃん。ぼくらは、その後を追いかけ、ヒミツキチを目指す。



「わあ、今日はみんな揃ってるんだ! わーい!」



 先にヒミツキチに来ていたチップくんのお友達も、大喜びだ。 

 はないちもんめ、追いかけっこ、鬼ごっこ、陣取り……。ぼくらはヒミツキチや野原、川辺で、思いっきり遊んだ。



「わーい! みいつけたあ!」


「あはは、こっちだよー!」


「今日もあったかいよね」


「うん! でも、もうすぐ冬だよね。風が冷たくなってきたよ」


「お腹すいた! お昼は何かなー」


「ねえ、さっきおやつ食べたばかりじゃん……」


「あ、そうだったね。あはは……」


「ふふふ……!」



 ねずみの子供たちみんなとたくさん話して、たくさん笑って、たくさん遊んだ。



 ♢



「いただきまーす!」



 ねずみの子供たちも一緒にチップくんたちの家の庭で、最後のお昼ごはんを食べる。あまり考えたくはないが、みんなと一緒にいられるのも、あと5時間ほどだ。



「あのさ、聞いてよ。さっきヒミツキチの方でね……」


「ん? アル、何か珍しい物でもあったの?」



 やんちゃ坊主のねずみの子供アルくんは、ヒミツキチの方で何かを発見したようだ。気になったぼくは、アルくんの話をよく聞いてみた。



。ぼくらと同じように服着て喋ってた。確かにこの目で見たんだよ」



 ……ネコ? ねずみじゃなく?



「ぷっ! 絶対見間違いだよ! だってさ、ネコってもっとでっかくて、ガオーッて僕らを食べに来る恐ろしい動物なんだよ? ね、おとうさん!」


「あはは、チップの言う通りさ。ネコは僕たちの天敵。こんな所に居るはずがないよ」



 それを聞いたアルくんは少し拗ねた顔を見せつつも、話を続けた。



「本当だってば……。僕らと同じくらいの背丈の、黒白模様の2匹のネコが、僕らと同じように2本足で立っててさ、ヒミツキチの奥の方に歩いて行ったんだよ。ねえ、後で見に行こうよ!」


「うーん、そこまで言うなら、お昼から行ってみようよ」


「さんせーい!」



 この世界に、服を着て喋るネコがいた……?

 この世界ではぼく以外には、知性を持った生き物はねずみ以外は見かけなかったはずだ。もしアルくんの言うことが本当なら、ますますこの世界の謎は深まるばかりだ。

 もしかすると、このねずみたちの世界と同じように、どこかに知性を持ったネコの世界があって、そこから忍び込んで来たのかもしれない。この世界に住むねずみたちを捕まえてエサにするために——。だとしたら、チップくんたちみんな食べられちゃう。大変だ。



「マサシ兄ちゃん、何ボーッとしてるの? 早くヒミツキチ行くよ!」


「あっ……ごめん。また考え込んじゃってたよ」

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