第2話

 

 ねずみの子供たちの遊び場〝ヒミツキチ〟。

 そこは大きな洞穴で、入ってすぐの場所は広い空間になっていて、天井からは所々に陽の光が射し込んでいて明るく、いい具合に岩場もあるので、追いかけっこや隠れんぼをするのにちょうど良い。



「こっちだよ。もっと奥の方さ」


「アル、ここから先は危ないから立ち入り禁止だって、大人のねずみさんたち言ってたよ」



 みんなが遊ぶ広い空間から奥に行くと、急にジメジメした場所になり、だんだんと暗くなっていく。天井からポタポタと地下水が滴り落ちている。地面も濡れて滑りやすくなっていて危ないし、雰囲気も少し不気味だ。



「でも、ネコたちはこの奥に行ったんだってば! ちょっとぐらい、いいじゃん、チップ!」


「ダメだよアル。大人との約束は守らなきゃ。さあ、早く戻ろう!」


「わかったよ。ちぇー、残念だなあ」



 ぼくはチップくんに尋ねてみた。



「チップくん、アルくんが言ってたようなネコの話って、今まで聞いたことあった?」


「ううん、もちろん初めてだよ」


「だよね。ま、見間違いかも知れないけど、ここはぼくらもアルくんの言ってること、信じてあげようよ」


「ふふふ、そうだね。じゃ、戻って遊びの続きしよう!」



 ぼくはネコが好きなので、喋るネコがもし本当にいるなら、一度お喋りしてみたいなと思った。だが、それらしき影も見えないし声も聞こえない。残念なことに、残された時間はあと僅かだ。やっぱりチップくんたちと、時間いっぱいたくさん遊ばなきゃ。



 ♢



 ぼくは引き続きねずみの子供たちと、心ゆくまで遊んだ。無邪気で元気な子供たちと触れ合っていると、例えどれだけ走り回ろうとも、疲れを感じることはない。

 この世界に来る前と比べると、気力体力ともに満ち満ちている。生きていく希望が枯れない泉のように湧き出てくるのを感じた。



「はあっ、いっぱい遊んだね!」


「ほんと、汗びっしょりだ」


「あそこ座ってひと休みしよう、マサシ兄ちゃん!」



 チップくんとぼくは、野原の端っこにある小高い丘の上で、一緒に大の字になって寝そべった。初冬の風がそっと、ぼくらをなでる。



「……ほんと、楽しかったよ」


「ふふ、良かった。いいでしょ、ぼくらねずみの世界」


「あはは、そりゃもう理想の世界だよ。社会の仕組みも科学技術も進んでて、みんな幸せに暮らしててさ。ぼくらの世界も、こんなふうになればいいのにな」


「マサシ兄ちゃんさ、いま幸せ?」



 ぼくはひとつ大きく深呼吸をし、答えた。



「幸せだよ」



 チップくんは、嬉しそうに顔を綻ばせた。



「良かった。なら、大丈夫だよ。いま幸せなら、何があったってきっと大丈夫!」


「ふふ、ありがとうね、チップくん。何だか安心したよ」


「うん! 僕も、マサシ兄ちゃんと遊べて幸せだー!」



 西の空が、黄色く輝き始めている。だんだん、影が長くなる。



「だけど、あと少しでお別れだなんて……、やっぱりまだ信じられないや」


「お別れじゃないよ。ぼくらはずっと友達だからさ」



 再びニコッと笑うチップくん。

 


「そうだよね。ずっと友達だよね。約束したもんね。……もしまた会えるなら、次はぼくらの世界に招待したいな」


「是非招待してよ。その日を待ってるからね。マサシ兄ちゃんの住む世界が、これからもずっとステキな世界でありますように!」


「ありがとうね。……チップくんたちの世界も、ずっとずっとステキな世界であるよう、ぼくも祈るよ」



 無情にも、太陽は少しずつ赤く色を変えながら、西の方へと傾いて行く。



「……そろそろ、家に戻らなきゃね」


「うん、みんなにちゃんと挨拶したいからね」



 ぼくらはねずみの子供たちと別れ、9匹の家へと向かった。日が暮れるまでまだ少し、時間がある。



「ただいま」


「たくさん遊べた? ふふ。お茶出すわね」



 大きなコナラの木をくりぬいたステキなこの家とも、もうすぐさよならだ。温かいお茶を飲みながら、しみじみする。9匹はみんな、見送る準備をしてくれている。


 ぼくは、用意してもらったバッグに、おとうさんがくれた感謝の証〝エイコン〟、楽団のねずみさんがくれたトランペットのような楽器、そしてナッちゃんからもらったサネカズラの実が入っているのを確かめてから、玄関の扉へと向かった。

 ——出発の時だ。



「ずっと元気でのう、マサシくん」


「おじいちゃん、生きる上で大事なこと、教えてくれてありがとう。帰ってからも、ずっと覚えとくからね」



 空が、だんだんと赤く染まっていく。



「人間界は、素晴らしき世界になる。わしは、そう確信しとるよ」


「うん……その手始めに、まずは自分自身の人生から……。楽しいこと、幸せなことを思い浮かべることから、始めるんだね。また悩んだりしたら、ここでの体験のことを思い出すよ。ありがとう。……じゃあ、日暮れも近いから、行くね」


「ああ。それじゃ、みんなで見送るよ」



 玄関の扉を開けたら、家族みんな、ぼくを見送るために外で待ってくれていた。



「おじいちゃん、いつまでも元気でいてね」


「ああ、ありがとう。マサシくんも元気での」



 ぼくは、おじいさんと握手をした。



「おばあちゃん、一緒にお裁縫やお料理して、楽しかったよ」


「ふふ、ステキなお兄ちゃんに出会えて良かったわ」



 おばあさんとも、握手。



「おとうさん、一緒に山を探検したり、面白い遊び教えてくれたの、いい思い出になったよ。ありがとう」


「ほんとにステキな思い出になったよ。ずっと元気でいてね」



 おとうさんと、握手。



「おかあさん、優しく迎えてくれて、ありがとう。寝る前の子守唄、とっても懐かしくて優しい気持ちになれた」


「ふふふ、ありがとう。マサシくんは私たちの大切な家族だから。ずっと幸せでいてね」



 おかあさんと、ハグをした。



「トム、一緒にChutopia2120ちゅーとぴあにいいちにいぜろへ野菜を届けに行ったお仕事、楽しかったよね。これからももりもり食べて、元気にお仕事してね!」


「僕も楽しかったよ! マサシ兄ちゃんも、帰ってからは美味しいものたくさん食べてずっと元気でね!」



 トーマスくんと握手。



「いい思い出をたくさん、ありがとう。音楽家になる夢、叶えてね。私も、頑張るから」


「モモちゃんのお料理、とても美味しかったよ。モモちゃんならきっとステキな調理師さんになれるよ。お互い夢叶えようね。約束ね」



 モモちゃんと握手。



「もうあえないなんてやだよー。そんなの、うそにきまってるもん。またあした、きてくれるんでしょー?」


「あはは、そうだといいのにね。……きっとまた会えるよ、ミライくん。信じていればね」



 ぼくは、ミライくんの頭を撫でてあげた。



「マサシお兄ちゃん、いっぱいいっぱい、ありがとう。マサシお兄ちゃん大好き。あたしのあげた木の実、大事にしてよね」


「ありがとう。ナッちゃん、チップくんと仲良くするんだぞー。けんかしちゃダメだよ? サネカズラの実、大事にするね。ほら、おいで」



 ぼくは涙ぐむナナちゃんを抱き上げ、腕でギュッと包み込んだ。

 ——そして。



「マサシ兄ちゃん……。ずっと元気でね……」



 ——チップくんは、今までに見せたことのない悲しい顔をしていた。

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