第2話
青空の下、みんなで丸い木のテーブルを囲み、勉強会が始まった。
「じゃあ、ポポくんのお家では、どんな作物を作ってるんだい?」
「お米だよー! いっぱい実ったら、みんなにたくさんあげるんだ!」
先生のねずみのミックさんに尋ねられると、小柄なねずみの子供のポポくんは、元気な声でそう答えた。
「そうか、ポポくん。僕の家もお米たくさんもらったけど、あれはポポくんの家のお米だったんだね。とてもおいしいよ」
「じゃあもっとたくさんあげるね。ミックおじさんのとこは何作ってるのー?」
「うちは木の実を発酵させて作ったバターを作ってるんだ。いつもうちの息子のタイチくんが、届けにくるでしょ。あれはうちで作ってるんだ。これ、バターのお菓子だよ。みんなで食べて」
「やったあー! いただきまぁーす。」
この勉強会のテーマは、食べ物についてのようだ。
ぼくが食べたお米も、ポポくんの家で作ったものなのかな。
「あ、あそこにネミちゃんがいるから、行ってくるね!」
白いキャップをかぶったねずみの男の子が、急に席を立ち上がった。
「おっ、リックくんは遊びに行くの? じゃあ、これネミちゃんのぶんのバターのお菓子ね。僕らはこの後、川の近くを散歩するから、もし戻ってくるなら川下の方に来てね。よかったらネミちゃんも一緒にね」
「うん! ありがとう。じゃ、行ってくるね」
勉強会の途中でも、好きな時に遊びに行っていいとは。自由なんだなあ……。
ミックさんからもらったバターのお菓子をみんなで食べながら、勉強会は続く。
「チップくんたちのおうちでは何作ってるんだい?」
「ぼくらは、林で食べ物集めてるよ。あとね、うちの畑でも、季節ごとに色々作ってるんだ。今はどんぐり、栗の実、しいたけとかね。時々みんなの家に渡しに行くよ」
「うんうん、こないだ、トム
チップくんたちの家でも、たくさん作物を作って近所のねずみたちに配っているようだ。家族だけでなく、近所のねずみ同士がみんなで力を合わせて、生活していってるんだなあ。
「チップくんたちのところは、畑を持ってるんだね。秋にはたくさんの味わいがあるよね。ところで、なんでいただきます、ごちそうさまを言うのか知ってるかい? 知ってる人、手上げてー?」
ミックさんがそう言うと、みんな一斉に手を挙げる。
「じゃあ、クーくん」
「大切に大切に育った命をおいしくいただくから! えっと、ありがとうっていう気持ちでね」
銀縁のメガネをかけたねずみの子、クーくんが得意げに答えると、ミックさんはニッコリと笑って頷いた。
「そうだよね。大切な命を頂くんだから、その命に感謝を込めて
「料理つくってくれた人への、ありがとうの気持ちよね!」
ナッちゃんがミックさんの言葉にかぶせるように、大きな声を出した。
するとミックさんはナッちゃんを見て、笑顔で親指を立てる。
「そうそれ! さすがはナッちゃん!」
「えへ、ほめられちゃった!」
……ぼく、そんなこと考えたこともなかった。
いつもスマホをいじりながら、テレビを見ながら、時間に追われ、よく噛みもせずにさっさと食べてしまう。ストレスが溜まってる時にはドカ食いしたり、逆に何にも食べなかったり……。
だけどこの世界に来て、チップくんたちの家族が必ずみんな揃って「いただきます」「ごちそうさま」を言うのを見てから、意識が変わった。食べられることに感謝して、自然とよく噛んで味わって食べるようになった。
みんなで作ってみんなで食べるごはんは、とっても美味しかった。この気持ち、これからは忘れないようにしよう。
なるほど、〝まなびや〟での勉強会を通して、こういう大切なことを子供のうちから、学んでいくのか。
「マサシ兄ちゃん、どうしたの?」
「あ……ごめん、チップくん。ぼーっとしちゃってたね。いただきますとごちそうさま、大切だよね」
「ね、なんだかお腹すいてきちゃうね。そうだ、お昼からは僕たち、山芋掘りに行くんだ。ミックおじさんも一緒に来る?」
チップくんがそう言ってミックさんを誘うと、ミックさんはすぐに乗っかった。
「え、行く行くー! ちょっとうちの人に言ってくるね。この後はみんなで川へ行こう。じゃあ、それまで休憩にしようー!」
「はあーい!」
ねずみたちはそれぞれ色々な物を作り、それを喜んで無条件に、他のねずみたちに分け与えて暮らしている。
この世界では、仕事もお金のためだけじゃなく、他のみんなの役に立つために、自分たちの好きなこと得意なことをのびのびとやっている……。みんなの話を聞いてると、そんな感じがした。
♢
10分ほど経った頃、ミックさんが戻ってきた。
「お待たせ。お昼から芋掘り、行けることになったよ。楽しみにしてるね。それじゃあ、今から川辺をみんなで歩こうか」
「わーい!」
次は、川上へ向かってゆっくりお散歩タイムだ。日が高く昇り、少し暖かくなってきた。
森の近くの小川に到着。ひんやりとした空気と匂いがぼくらを包む。水面が、キラキラと陽の光を反射している。
「ほら、昨日つぼみだったのが咲いてるよ」
「ほんとだー!」
ナッちゃんはあちこち走り回っては、いろんな草花を見つけている。ぼくらの体よりもずっと大きい、見慣れた草花。
小人になったぼくには、目に映るものみんなが、とても新鮮に感じられた。
「おーい!」
途中で抜けたリックくんが、水玉のリボンをつけた可愛らしいネズミの女の子を連れて戻ってきた。
「お待たせ! 友達のネミちゃん連れてきたよー!」
「こんにちは。ネミです」
「ネミちゃん初めまして。一緒に川上まで行こうよ!」
「ふふ、どんどん仲間が増えて楽しいね」
川の流れる音、鳥の声、そよ風の音、葉っぱの音。ぼくたちの話し声がそれらの音に混ざり、森の中へと溶けていく。
せんぶりの咲く小道を抜けると、チップくんたちの家——コナラの大きな木が目に入った。
間もなく庭に着き、見慣れた景色になる。
朝、顔を洗った場所に溜まった水には、青く澄んだ空が映っていた。
「お疲れ様。じゃあ、今日はおしまいにしようか」
「うん! お腹もすいたからね」
「今日のレポート、書きたい子は書いて、“まなびや”に持ってきてね。じゃあ、僕はこれから、チップくんたちと芋掘りに行くよ。みんなありがとう」
「おじさん、ありがとうー!」
ミックさんが礼をすると、子供たちも一緒になって礼をした。
レポートはいわゆる宿題のようだけど、それもやりたい子だけがやるようだ。
楽しかった“まなびや”の勉強会。次はぼくが、先生になってみようかな。ぼくにも教えられること、色々ありそうだ。
子供たちは帰り、ぼくらはミックさんを9匹の家の玄関へと案内した。
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