第4話


 ねずみたちの世界に、“学校”はあるのか——。 

 ぼくは、ねずみのおとうさんに尋ねてみた。


「子供たちは、学校はお休みなんですか?」

「ガッコウ? なんだいそれ」


 案の定、おとうさんにも“学校”が通じなかった。

 ぼくは質問を続ける。


「じゃあ、子供たちみんな毎日あんなに遊んでるんですか?」

「うん、子供も大人もたくさん遊ばなきゃね。ははは」


 おとうさんはそう答え、無邪気に笑ったが……本当に、みんな遊んでばかりなのだろうか。


「勉強とかは、するんですか?」

「もちろんするよ。【まなびや】というところがあって、生活の基本になる読み書きや計算とかを学ぶんだ」


 ふむふむ、“まなびや”。これがねずみたちの世界でいう、学校みたいな所なのだろう。


「子供たちはみんな、その“まなびや”に通わんですか?」

「そんなことはないよ。行きたい子は行って、家で学びたい子は家で学ぶための教材をもらうんだ。だからね」

「へえー……」


 つまり、“まなびや”には、行きたい子だけ行けばいいということだ。

 ぼくは小学生の時から学校に行くのがとても嫌で、中学生の時なんかはしょっちゅう登校拒否をしてたけれど、その時は親に「学校に行きなさい」と散々言われ続け、辛かったのを覚えている。この世界ではそんな苦痛を味わいながら“まなびや”に通う子は、きっといないのだろう。


 おとうさんは、話を続けた。


「生きていく上でやりたいことが見つかったら、【専門学舎せんもんがくしゃ】というところへ行って、そこでやりたいことを専門的に学ぶんだ。ある程度修得したら、お仕事を紹介してもらったりするんだよね」

「なるほどね。テストとかもあるんですよね? 入学試験や定期試験とか」

「試験? それは一体?」

「あ、えっと、一定以上の点数を取って先生に認められて初めて合格、みたいな」


 まさか、テストも存在しないのだろうか。


「なるほど。そういうのは、自分自身でチェックして、納得いけば次に進めばいいのさ。好きな事だから、何が必要かは自分ですべてわかる。自然とわかるくらい、見聞を広めるでしょ? だって、好きな事なんだからね。ちなみに“専門学舎”には、入学したければいつでも入れるし、辞めたい時はすぐに辞められるよ。再入学だって出来るしね」

「例えば、命に関わる危険な仕事とかは……」

「それらは、機械や【AIエーアイ】が全部やってくれてるよ」

「医療は? 病気になって手術する場合とか」

「病気なんて風邪くらいしか知らないよ。ケガも、僕はすり傷程度しかしたことないよ。健康と安全の意識は、みんな高いからね。美味しいもの食べて、たくさん体動かして、しっかり寝れば、誰だって体の調子はすぐ良くなるよ。医療は、みんな元気に楽しく幸せに過ごすにはどうするか、という研究が主流なんだ」 

「はぁー……すごいや……!」


 素晴らしすぎるだろ、この世界。

 確かに、道行くねずみたちを見ていたら、どんよりとした顔をしているねずみや腹を立てているねずみ、体調が悪そうなねずみは、見かけなかった。

 おとうさんの話が本当なら、この絵本の中のねずみたちの世界は——人類が長年夢見た理想郷ユートピアなんじゃないだろうか。


「そうそう、“まなびや”以外でも、子供大人みんな一緒に集まって勉強会をしたりするよ。今は冬の越し方について、時々講座を開いたりしてるね。マサシくんも、良かったら参加しない?」

「面白そうですね! 是非参加させてください!」

「じゃあ近々、やるか! マサシくんに、おいしい料理の作り方とか、教わりたいなあ」

「うーん、カレーとかなら作り方知ってますけど……」

「へえ、教えて教えて! ……あ、話し込んじゃった。じゃあ、夕ごはん作ろっか。何にしよう……?」


 ぼくはカゴにたくさん詰め込まれた栗の実を見て、閃いた。


「……栗ごはんとかどうですか?」

「栗ごはん! いいねえ。決まりだね!」


 おとうさんは腕まくりをして、早速準備を始めた。

 実に若々しさあふれるおとうさんだ。チップくんたちと全く変わらない、子供の心を持っている。それでいて、家族にも信頼され、一家を支えている。ぼくもこんな大人になれたらなあ、と思った。


 ♢


 ぼくは、大きな大きな栗の皮を両手で力一杯むいて、半分に切ってみた。ほんのり、土の匂いがする。

 おとうさんは、釜の中に研いだお米と水を入れ、蓋をして火にかけた。


「あら、マサシくん、お手伝いしてくれてるの? ありがとう。栗の実いっぱいあるから……栗ごはん?」

「ほっほ、マサシくん、おかえりなさい」


 花柄のエプロンをつけたねずみのおかあさんと、オレンジ色のバンダナを頭に巻いたねずみのおばあさんが、台所にやって来た。


「おかあさん、おばあさん、ただいま。はい、みんなで集めた栗で作るんです」

「マサシくんは物知りなんだよ。きのこの名前とか、たくさん知ってるんだ。さ、おいしく栗ごはん炊くぞ。“はじめちょろちょろ中ぱっぱ”ってね。ふふ、みんな喜ぶかなあ」


 おとうさんはそう言って楽しげに、うちわで火加減を調節する。

 たくさん歩いたから、お腹が空いてきた。熱々の栗ごはん、早く食べてみたい。


「ただいま。お手伝いするわ」

「ぼくもつくるー!」


 モモちゃん、ミライくんも帰ってきて、手を洗いに行った。

 さあ、ここからはみんなで夕ごはん作りだ。

 ごはんが炊けるまでの間、おばあさんとモモちゃんは野菜を包丁でとんとん。その後はおとうさんとぼくで、その野菜を煮て、味付けをする。

 おかあさんとミライくんは、デザートの山ぶどうの準備をする。


「ほーら、栗ごはん炊けたよ!」


 おとうさんが釜の蓋を開けると、湯気と共にほんのりと栗の匂いが、台所じゅうに広がった。


「たぁだいまーあ!」

「わぁ、いいにおーい!」


 ちょうどチップくんとナッちゃんも帰ってきた。栗ごはんのいい匂いを嗅いだ2匹は、台所に駆けてくる。


「さっきいっぱい拾った栗のごはんだよ。さあ、テーブルに準備しよう。チップ、ナナ、手を洗って」

「わーい! おじいちゃーん、トム兄ちゃーん! ごはんだよー!」


 お風呂の準備を終えたおじいさんとトーマスくんも戻ってきて、大きなコナラの家の中には9匹とぼく、家族全員が揃った。

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