第3話
「マサシくんが元の世界に帰る方法が、わかったんじゃよ」
ずっと探し求めていた、元の世界へ帰る方法がついに分かった——!?
ぼくは思わず、聞き返した。
「え、ほんと!?」
「ああ、ほんとじゃよ」
少し、表情を曇らせながら答えるおじいさん。何故そんな悲しげな顔をするんだろうか。
「その帰る方法って……?」
「その前にまず、わしが子供の頃に訪れた、不思議な客人について話そうかの。……わしのベッドの下に大切にしまわれていた【ご先祖様の書物】を読んでいるうちに、全てを思い出したんじゃ」
「うん、是非聞いてみたい!」
おじいさんはひと呼吸おくと、ゆったりとした口調で、子供の頃に出会った不思議な客人についての話を始めた。
「わしがまだ小さい小さい子供の頃のことじゃ。広間で遊んでおったら、見たことも会ったこともない誰かが、椅子に座ってお茶を飲んでおったんじゃ。……その姿は、とてもかしこまった服を着た、ニンゲンの男性じゃった」
やはり、ぼく以外にも人間が、この世界に来ていたのだ。
「その人間は、ぼくと似たような感じだった?」
「いんや、もっと歳をとっていたように思う。表情もとても疲れ果てていて、まるで生気を失っていた。目の輝きが全く無くて、とっても怖かった」
「ふむ……」
「ほら、見ておくれ。この書物の最後のページ。“夜にいつものように眠り、目が覚めたら、なぜか私は野原でねずみの子供たちに囲まれていた。ここがどこだかも分からない。私の体も小さくなり、何が起こったか全く分からない。どうやっても元の世界に帰ることが出来ない。最初はとても怖かった。しかし、この世界のねずみたちはとても心優しかったのだ。ねずみたちと交わるうちに、この世界は素晴らしい世界だということを知った。ここでの体験は、私の人生を変えた。温かく迎えてくれたねずみの皆様には心から感謝している”。これは、不思議な客人本人の筆じゃと思われる」
「まるでぼくに起きたことと、同じだ……」
おじいさんは真剣な眼差しで、話を続ける。
「ところがの、その客人はある日、何の前触れもなく突然去って行ったんじゃ。それからその客人とは、もう会うことはなかった」
「……その人は、自分の家に帰ったの?」
「このご先祖様の書物に書いてあることに従っておれば……、無事に帰ったはずじゃよ」
どういうことだろう。一体この書物には、何が書かれているというのか。
「その書物に書かれていることって?」
「ほれ、ちょっと読んでみて。“ニンゲンが何故この世界にやって来るか”についてが、色々と書かれているんじゃよ」
おじいさんはボロボロの書物を、ぼくに手渡した。ずっしりと重い。
「ふむふむ……って、何て書いてあるかこれじゃ分からないよ」
書物の内容を読もうとしたが、ミミズのような途切れ途切れの文字で、ぼくには全く解読できなかった。ぼくが首を傾げていると、おじいさんはそっと書物を手に取り、ゆっくりと音読し始めた。
「神の望みし世界は
「えっと、……?」
「マサシくん、ここに来る前……とても苦しい思いをしていたんじゃないかな?」
訳の分からない言葉の連続に頭の中が整理できないまま、ぼくはおじいさんの質問に答えた。
「た、確かにそうだったよ。この世界に来る前は、毎日不安だったり、自分のことが嫌いになったりして、ほんとに押し潰されそうで……。でもこの世界に来てからは、忘れていた自分らしさというか、生きる喜びを取り戻した感じがするよ。もう、何年振りかの感覚かもしれない」
「そうなんじゃ。マサシくんも自然の一員としての人間の生き方に目覚めるために、ここに呼ばれたんじゃ」
「そうだったんだ……」
自然の一員としての生き方。それはきっと——自分を支えてくれる存在に感謝しつつ、やりたいことをのびのびやる生き方。ぼくはねずみの世界に来てそれを実感したし、この世界のねずみたちもみんな、そうやって生きているように見える。
「ニンゲンの世界、とても大変で生きにくい世界じゃったんじゃな。もうマサシくんは大事な家族じゃ。大変な事があったら、いつでもここにおいで……、と、言いたいところなんじゃが」
——と、ここで言葉を詰まらせるおじいさん。ぼくは何となく察した。とても悲しい事実を、告げられることを。
「うん……」
「この書には、ここに呼ばれたニンゲンは、この世界に来てから14日が経つと、みんな去って行く、とある」
「じゃあ、ぼくももうすぐ……?」
「……ああ。そして一度この世界を去ると、もう二度とこちらの世界には戻って来れないんじゃよ……」
「え……」
「あの不思議な客人もおそらく、14日目に去って行ったんじゃろう。そして、再び会うこともなかった」
ぼくは一瞬、頭が真っ白になる。
もう二度と戻って来れない? 嘘だろ?
ぼくはこの世界に来て何日目かを、回らぬ頭で必死に思い返した。
「……ぼくがここに来て、今日で11日目だ」
「ということは、あと3日で、ここを去らねばならなくなる」
突然、突きつけられた、悲しい宣告。
ぼくはすがる思いで、おじいさんに聞いてみた。
「どうしても、どうしてもその日に帰らなきゃいけないの?」
おじいさんは、再び書物を開き、ゆっくりとその内容を読み上げた。
「一四日目の夕刻、目に見ゆる神が
「全く分からないよ……。どういうこと?」
「この世界に来てから14日目の夕方、日が沈むまでに、野原の向こうにある大きな川沿いの道を、夕日に向かって真っ直ぐ歩いて行くと、元の世界に帰ることができるんじゃ」
「日が沈むまでに、川沿いの道へ行かなきゃいけないの? どうしても? ぼく、みんなと永遠にお別れだなんて嫌だよ。何とかならないの?」
涙があふれてくる。
ぼくは必死におじいさんに訴えかけたが、おじいさんは再び書物の内容を無心に読み上げる。
「汝、其の選択を
「ねえ、話を聞いてよ、おじいちゃん!」
訳の分からない書物の内容を読み上げたおじいさんはしばらくうつむいていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「14日目の夕方、日が沈むまでに川沿いの道に行かなければ、わしらが住むこの世界は、そのニンゲンの視界からは消えてなくなり、ニンゲンの世界において、そのニンゲンの肉体も消えてなくなる」
「……どういうこと?」
「つまり、そのニンゲンの一生はその時点で終わってしまい、
「……嘘だ。そんなのやだよ!!」
つまり、14日目にこの世界を去らなければ——ぼくの命も、そこで終わってしまうということだ。
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