第2話

 

 ねずみの紳士は足を止めてぼくを見ると、丁寧な口調で答えてくれた。


「ニンゲンさんが来たという話は聞いたことあるけど、実際に見たのはあなたが初めてですよ。帰る手段は分からないなあ……ごめんよ」

「そうですか……。ありがとうございました」


 やはり、簡単には解決への糸口は見つからないようだ。

 ぼくは道で出会うねずみさんたち1匹1匹に、元の世界に戻る手掛かりがないかをひたすら聞いて回った。

 ……まずは商店街のお店のねずみさんに。


「不思議なこともあるんだね。ニンゲンさん見たの、初めてだもん。ごめんね、力になれなくて」

「そうですか、ありがとうございます」


 ……森の中の小道ですれ違った学生っぽいねずみの女の子に。


「あらあら、帰れなくてチップちゃんたちの家で一緒に暮らしてるのね。残念だけど、私もわからないの。力になりたいけど……」

「いえ、ありがとう。忙しいのにごめんなさい」


 今度は“まなびや”で、授業の最中にお邪魔して……。


「そうか、マサシさんの家族の方、心配なさってるよね。どうしたもんかな……」

「先生でも、分からないことってあるんだね!」

「あの、授業を中断させてごめんなさい! ありがとうございました!」


 ついには列車に乗って1人でChutopiaちゅーとぴあ2120にいいちにいぜろにまで行き、ぼくはねずみ通りの多い場所で、道行くねずみさんたちに片っ端から声をかけ、尋ねてまわった。


「え!? 異世界から? そんな事ってあるんだ。おとぎ話でしか聞いた事ないよ」

「そうですよね、すみません!」

「あ! ちょっと待って。それでも帰り方を見つけなきゃいけないんだったら、今出来ることをやろうよ。知り合いに連絡するから、みんなで力を合わせよう!」

「あ……わざわざありがとうございます……!」


 ぼくは、Chutopia2120で出会ったたくさんの心優しいねずみさんたちに協力してもらい、パソコンのような通信機器で帰る手がかりを検索してもらったり、資料を集めてもらったりした。

 だがそれでも、帰るための手がかりはただの1つも、見つけることはできなかった。

 

「皆さん、一日中探してくれて、本当にありがとうございました。あとは、自分でなんとかしてみます」

「いえいえ、また力になれることあったら言って下さいね。はいこれ、連絡先だよ」

「見つかることを、ほんとに願ってますよ」


 ねずみさんたちは、本当に優しくて温かい。見ず知らずの人間に対しても、ねずみのみんなはまるで身内であるかのように気遣ってくれ、協力してくれた。


 さあ、本当にこれからどうしようか。やはりもうこの先ずっと、この絵本の中の世界で暮らしていくことにしようか。だって、本当に平和で温かくて、みんな幸せそうなねずみさんばかりが住む世界だから。楽しいし幸せだし、悩みも無いし、この世界ではずっとそんな感じで一生を過ごしていけそうだ。


 ぼくは妙に清々しい気分で、チップくんたちの家に帰ってきた。

 帰るなりぼくは、編み物をしているおかあさんに話しかけた。


「おかあさん……」

「あら、マサシくんおかえり。どうしたの?」

「もし帰る方法が見つからなかったら、この先ずっとここにいてもいいかなあ……?」


 祈るような気持ちで、ぼくはおかあさんに今の気持ちを伝えた。

 おかあさんは、笑顔を見せながら答える。


「もちろんよ。マサシくんもう家族なんだから」


 その言葉を聞き、ぼくの心の底から温かいものが込み上げてくる。思わずぼくは、おかあさんに自分の体をゆだねた。おかあさんはそのままそっと、ぼくを抱きしめてくれた。まるで自分の子供を愛おしむかのように——。


「ありがとう。うん、もう家族だよね、おかあさん」

「マサシくんは大切な家族だもの」

「ぼくも、おかあさんたちみんなのことは大切だよ。これからもよろしくね」


 それからぼくは、帰る手掛かりを探しつつも、9匹のねずみの“家族”として——、また、ねずみの街の住人として——みんなと力を合わせて暮らしていく。


 9匹みんなでいつものようにごはんを作ったり、秋の森へ木の実を集めに行ったり、みんなですごろくパーティをしたり。

 大きな木の陰で、お友達同士集まってのんびりおしゃべりしたり、他のねずみの子供たちの家に遊びに行って、みんなでお菓子を作ったり、早起きして商店街の道路作りをどろんこになりながら手伝ったり。

 おばあさんと一緒に子供たちの服のお裁縫をしたり、Chutopia2120にある大きな遊園地に9匹みんなで遊びに行ったり、木の上にハンモックを吊って星いっぱいの夜空を眺めて感動したり。

 ただただ、楽しい時間を過ごした。


 ところが——。


 この世界に来て11日目の夜のことだった。


「うーむ……」


 おじいさんが、少し驚いた表情で何かを読んでいる。

 ぼくは特に気にせず、そのまま挨拶をして寝ようとした。


「おじいちゃん、おやすみ」

「ああ、マサシくん、ちょっと待ってくれるかの。やっと……、やっと探していたご先祖様の書物が、見つかったんじゃ」

「ええ、見つかったの!? 良かった!」


 ずっと探していたという書物が、見つかったという。

 おじいさんは、再び書物に目を向ける。それは数十ページもありそうなボロボロの紙のまとまりで、少し褐色にくすんだ文字で何かがビッシリ書かれている。

 邪魔しちゃ悪いと思いながらも、気になったぼくは尋ねてみた。


「それ、どんなことが書いてあるの?」

「わしもまだ、良く分かっておらんのじゃよ。すまんが、待っててくれるかのう。まず、最後までちゃんと読んでみるよ」

「うん……」


 他のねずみたちは眠りにつき、おじいさんだけが居間のテーブルで、考え込んだり、書物を読んだりをひたすら繰り返している。

 時折、外からフクロウの鳴き声が聞こえてくるだけの、妙に静かな空間だ。

 しばらく経って、おじいさんは書物をたたんだ。読み終えたようだ。

 おじいさんは何かを決意した様子で、ぼくを見て言った。


「お待たせ、マサシくん。その、実はね」

「うん……」

「マサシくんが元の世界に帰る方法が、わかったんじゃよ」

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