第2章〜ねずみの大家族と〜

第1話

 

 ねずみのおじいさんの【ダン】さん、おばあさんの【サンディ】さん。

 ねずみのおとうさんの【ピーター】さん、おかあさんの【マリナ】さん。

 そして5匹きょうだい……【トーマス】くん、【モモ】ちゃん、【チップ】くん、【ナナ】ちゃん、【ミライ】くん。


 幼い頃に読んでいた絵本に登場していたのも、確かに5匹きょうだい、みんなで9匹のねずみの家族だった。だけど、ここに来て初めて、1匹1匹の名前を知った。


「さあ、お風呂を沸かしに行くよ!」

「行こう、行こう」


 トーマスくんとチップくんに誘われ裏口から出ると、住処の木の根元外側にくっつけるように作られた、浴室があった。

 木で作られた、3匹分は入れる大きさの風呂桶。その下にまきを入れて、沸かすようだ。

 浴室の壁の上半分は、縦に細長い柱が一定間隔で天井に繋がっていて、その隙間から外の景色が見える。

 半分に切った竹で作られた水道が、細長い柱の隙間に通され、風呂桶につなげてあった。チャポチャポと水が注ぎ込まれる音が、静かな空間に響いている。


「さあ、薪を入れるよ。マサシ兄ちゃんも一緒にやろうよ!」

「うん、やろう!」


 トーマスくんが次々に運んでくる薪を、チップくんと一緒に、オレンジ色に輝く炎の中にくべる。パチパチと音を立てて、風呂桶の中の水をあたためる炎。煙がぼくの方になびいて、思わずむせてしまう。

 早く入ってみたいな、薪で温めるお風呂。


 おじいさんも、薪をたくさん持ってやってきた。


「沸いたら、みんなで入ろう。お手伝いしてくれて、どうもありがとうね」

「いえいえ、お世話になるんですから、これくらいさせてください」



 日が暮れて、空が藍色になっていく——。

 湯気の匂いと、煙の匂いが混ざる。

 チップくんはお湯に指をつけ、温度を確かめていた。


「あちち!」

「あはは! ちょっと熱かったかな? 軽くかきまぜようか」


 トーマスくんがぐるりとお湯をかき混ぜた後、ぼくもお湯に指を浸してみた。うん、いい湯加減だ。


「マサシ兄ちゃんの着替えは、おかあさんが用意してくれたよ。タオルは……はいこれ」

「ありがとう、チップくん」

「それじゃあ、ぼくらは一足先に入ろっか!」


 ♢


 服を脱ぎ、かかり湯をする。包み込まれるような心地良い暖かさが、身体に沁み渡る。

 風呂桶に入り、ゆっくりと身体をお湯に浸していった。

 身体の芯からポカポカと温まり、ストレスでガチガチだった体がほぐれていく。とても気持ちがいい……。

 細長い柱の隙間から流れ込んでくる、涼やかな森の空気を吸いながら、ぼくはゆったりとお湯の中で体を伸ばす。


 おじいさん、おとうさん、トーマスくん、ミライくんも入ってきた。

 風呂桶が大きいから、みんなで入っても足を伸ばせちゃう。

 ざっぱーん! おとうさんが入ると、お湯が滝のようにあふれた。


「それー! いくよー!」

「わっ! ちょっとー!」


 チップくんが放った水鉄砲が、体を洗っているトーマスくんの顔に命中。末っ子のミライくんは一生懸命、おじいさんの背中を洗っている。

 肩まで浸かってぽかぽか温まった後は、ぼくも一緒に身体を洗った。わたあめのように石鹸をぶくぶく泡立てながら。


「マサシ兄ちゃんも、背中洗ったげるね!」

「チップくん、ありがとね」


 最近は湯船に浸かることもなくシャワーだけで済ませていたぼくは、ねずみの家族と協力して沸かし、一緒に入る薪のお風呂によって、何日分もの心と体の疲れが癒されていくのを感じた。


「さ、そろそろ上がろうか。ほら、夕ごはんのいい匂いがしてきたよ」

「さんせーい!」


 ♢


 お風呂でさっぱりした後は、おかあさんが用意してくれた服に着替える。

 シンプルな淡い水色のシャツとあったかいオレンジ色のトレーナーに、紺色のズボン。

 尻尾が出せるよう、シャツとトレーナーの背中部分に穴が空いていたが、違和感なく着ることができた。


 ぼくらは広間へと戻った。

 部屋じゅう、シチューの匂いで満たされている。思わずよだれが出そうだ。


「おかあさん、手伝いますよ」

「あら、ありがとう。じゃあ食器並べてくれる?」


 ぼくも、ねずみの家族と一緒に夕ごはんの支度をした。

 熱々のきのこのシチューが、ぼくらを待っている。


「わあー、おいしそう! えへ、マサシ兄ちゃん、おなかすいた?」

「すいたすいた! おいしそうだね」


 1階の居間の真ん中にある長方形のテーブルには、きのこのシチューの他にも、野菜の煮物、かぼちゃの煮付けなど、彩り豊かな品々が並べられた。

 準備も終わり、みんな席に着く。


「みんなそろったね。それじゃあ手を合わせて……」

「いただきまーす!」



 夕食の時間が始まる。

 ろうそくの温かな光が照らす1階の広間。テーブルを囲んで、ねずみさんたちと談笑しながらそれぞれ料理を口に運ぶ。

 ぼくは、シチューを一口食べてみた。


「あ……おいしーい!」


 とろーり、口の中できのこの味がクリームと混ざってとろけ出す。適度な塩味とクリームの甘さとうまみが、たまらない。


「ふふ、おいしいでしょ。おかわりしていいからね」

「するするー! あぐっ……もぐもぐ」


 家族そろっての食事なんて、最近は全くしていなかった。

 ぼくの家族はいつも帰る時間がバラバラで、いつもぼくは1人で食事をとっている。母や弟と一緒に食べることがあっても、会話は全くない。そんな窮屈で気まずい空間にいるよりも、1人の時間を過ごしたかったから、さっさと食べて自分の部屋に戻っていた。


 今は9匹の家族に混じって、みんなと話し、笑いながらの夕食だ。1人で食べている時とは、まるで味が違う。


「おかわり!」


 さすがは食いしん坊のトーマスくん、おかわり3杯目。負けずに食べないと、みんなトーマスくんが食べちゃいそうな勢いだ。


「ふふ、トムはほんとによく食べるんだから。みんなの分残しておいてね。マサシくんも、いっぱい食べてね」


 おかあさんはそう言って、トーマスくんの器に湯気が上がる熱々のシチューをよそう。

 ぼくも遠慮せずに、おかわりをお願いした。何杯でもいけちゃいそうだ。


「おかあさん、これ、本当においしいよ。また今度作ってるとこ、見せてもらえませんか?」

「おかわりこれくらいでいいかしら? ……ええ、もちろんよ。気に入ってもらえて嬉しいわ」


 何杯でも食べたくなるだなんて、作り方には何か秘訣があるに違いない。添加物のようなものは使わず、自然のものだけで作っているからだろうか。


 食べ終わると、またみんなで手を合わせる。


「じゃあ、ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした!」


 ねずみたちは、食べる前と食べた後にみんなで手を合わせて、いただきますとごちそうさまを言う。ぼくがそれをちゃんとやったのは、多分小学生以来だ。


 ぼくも手伝ってみんなで後片付けをした後は、今度は長方形のテーブルの隣にある一回り小さな丸いテーブルを、9匹みんなで囲む。

 夕食後は、今日あったことをみんなでお話する時間だそうだ。

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