第2話
夕食後、9匹とぼくは丸いテーブルを囲んで座った。
今日あったことを、みんなでお話するんだ。
「じゃあ今日は、マサシ兄ちゃんのお話ー!」
チップくんが真っ先に手を挙げると、みんなはパチパチと拍手をする。
「わあ、聞きたい! ニンゲンさんでしょ? ニンゲンさんの話聞いてみたい!」
「聞きたーい!」
ねずみさんたちは、人間のことを知っていたのだろうか。もしかすると、過去にこうして人間と一緒に話をしたことがあるのかもしれない。初めてぼくを見た時も、みんな全く動じなかったから——。
拍手が鳴り止むとチップくんは、ぼくと出会った時の話を始めた。
「んっと、今日野原へ行ったらね、マサシ兄ちゃんがお昼寝してたんだ。……ね、マサシ兄ちゃん!」
「うーん、お昼寝というか、気づいたらあそこで寝ちゃってたんだよね……」
ねずみたちみんなはぼくの方をじっと見ながら、興味深そうに耳を傾けている。
続きをどう話そうか迷っていると、ねずみのおとうさんが質問した。
「チップとナッちゃんは、マサシくんとすぐにお友達になったのかい?」
「うん、鬼ごっこして遊んだんだよね」
「ね! 楽しかったー!」
目をこすりながら話を聞いていた末っ子のミライくんも、可愛らしい声でぼくに尋ねてきた。
「ねえ、マサシお兄ちゃんってどこからきたの?」
……これ、どう答えよう。ぼくはしどろもどろになりながら、何とか言葉をひねり出す。
「え、えっと……、だからその、気がついたら、あの野原で寝てたんだ……。自分の家の自分の部屋で、寝ていたはずなのに……」
案の定、ねずみさんたちはみんな揃って、目を丸くした。
「ええー、そんなことってあるー?」
「不思議だねー! ねえ、一体どのくらい寝てたのー?」
「マサシお兄ちゃんのおうちはどこなの? お話終わったら、おうち帰るの?」
ねずみの子供たちは、口々に質問をぶつけてくる。ついていけるだろうか。
「うん、帰るつもりだけど……。ここは見たことない森の中だし……。どうやってここに来たかも、全然わからないんだ。だから、帰ろうにも帰れなくて……」
「うーん、それは困ったねー」
そうだ。ぼくはちゃんと元の世界に帰ることはできるのだろうか。
ここに来る前は、もうずっと別世界で暮らしたいと思っていたけど、やっぱり二度と元の世界に帰れないっていうのは困る。
友達にもまた会いたいし、自分の部屋には大事な宝物もあるし。
急にぼくがいなくなって、心配する人もいるだろう。
考え込むぼくを見ていたねずみのおかあさんは、ニッコリ笑いながら提案する。
「じゃあ、今夜うちにお泊まりして、明日ゆっくり帰り道を探しましょ」
その言葉を聞くと、今までこわばっていた体の力がフッと抜けた。
「じゃあ、そうさせていただきます。……ほんとに、ありがとうございます」
「いいのいいの。子供たちも喜んでるからね」
そんなわけで、ぼくはチップくんたちねずみ一家に、一晩お世話になることになった。
嫌な現実から逃げて、優しい世界へ行きたいという願いが、叶ったんだ。今夜はもう嫌なことを何もかも忘れて、ゆっくりと心と体を休めるとしよう。
「じゃあマサシ兄ちゃん、ぼくのベッド来てよ。いっぱいお話聞かせて」
「えー。あたしのとこ来てよ、マサシ兄ちゃん」
チップくんとナッちゃんが、ぼくを巡って争い始める。
「やだよー。今日はマサシ兄ちゃんにいっぱいお話聞かせてもらうんだから!」
「あたしだってお話したいもん」
どうしよう。きょうだいげんかを止めなくちゃ。ようし。
ぼくはナッちゃんの肩をとんとんと叩き、声をかけてみた。
「じゃあナッちゃん、また明日ゆっくりお話しよう」
ナッちゃんは、ぼくの服の袖をつかみながら上目遣いで返事をする。
「わかったよー、きっとだよ?」
「うん。やくそくだよ」
「うん! じゃあゆびきりげんまん!」
「ゆびきりげんまん! これでいい?」
「うん!」
良かった、ナッちゃんは機嫌を直してくれた。
やっぱりねずみさんたちとお話してたら、自然とほっぺがゆるんでくる。途端に、眠くなってきた。
ミライくんも、おかあさんに抱っこされながら、目を細くしている。
「ミライ、待っててね。チップたちが戻ってきたら、絵本読むからね」
「うん……」
おかあさんは棚から、何種類かの絵本を取り出した。
ぼくも子供の頃は、寝る前に絵本を読んでもらいながら、知らない間に眠りに落ちてたっけ。
「じゃあ、ぼく薪をくべてくるね。マサシ兄ちゃん、先に寝る準備してて」
長女のモモちゃんがお風呂に入りに行ったので、チップくんは薪をくべに裏口へと向かう。
ミライくんを待たせちゃいけないから、ぼくもさっさと歯を磨いて、寝る支度をすることにした。
風呂場の隣にある洗面所に行くと、外はすっかり暗くなっていた。
♢
「お待たせ、おかあさん。さ、マサシ兄ちゃんも一緒に絵本読んでもらおうよ」
「うん!」
はしごを上り、ぼくとチップくんとナッちゃんは2階にあるミライくんのベッドの周りに集まった。
おかあさんは、ミライくんを抱っこしながら絵本を開く。
「むかしむかし、あるところに、ちいさな子ねずみがいました。なまえは、ピースといいます。きょうはとてもてんきがよかったので、ピースはもりのなかへたんけんにいくことにしました……」
1匹のねずみの子供が、森を探検しながらいろんな動物と出会い、お友達になっていくお話だ。
そう——ぼくも小さい頃はこんな感じで——母や祖母に、9ひきのねずみの絵本を読んでもらっていたっけ。
そしてぼくが今いる場所は——その9ひきのねずみの絵本の中なんだ。
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