第29話 秘密の付き合い
- 翌朝 坂道 第4管区駅前 -
列車という遠くまで人を運ぶ乗り物。バスよりも速く、人も沢山いる。この町にあるのは知っていたけど、乗るのは初めてだった。お金は俺の分もレンがリングで払ってくれていて、前みたいにビクビク気にすることなく席に座りながら景色や中の様子を楽しめる。
「…なんだよ」
気になるのはレンが父親に嘘をついたことだ。いつも逆らわずで言うことは絶対に守っていたのに。俺を連れながら、そこまでして行きたい所とは一体なんなのか、とても気になる。家にいる時は教えてくれなかった。
「その服、いつものレンじゃないみたいだから」
いつもは汗かきだからって袖のない服かジャージなのに、今日は少しきつそうなスカートとシャツを引っ張り出して着ていた。髪も白のピンで整えてある。
俺もちゃんとした格好をしないといけないのかと、久しぶりにお天気Tシャツとポケットズボンを着て、右腕を見られないようにカバー、髪は黒くするのが面倒だから買ってもらった帽子を被った。
「変…か?」
「変ではないけど、俺がまだ慣れてないのかも」
隣で赤くなりながら服や髪を整え直しているレンを見ていると、何だか初めて会った人みたいなドキドキがある。見た目だけでこんなに違いが起きるなんて驚きだ。一旦落ち着いて目を窓の外に戻す。
「レン見ろ、あれ多分15話に出てきた鉄橋だぞ」
「えっどれだよ!?」
- 1時間後 華道 立花駅 -
沢山の窓に鉄の骨が飛び交って屋根を支えている広い場所、並んでいるキレイなお店たち。同じ駅でも最初の駅とはまるで違う。
レンは降りた途端に早歩きで階段を上り、キョロキョロと周りを見て何かを探し始める。何を急いでいるのか知らないけど、一歩が大きくてついて行くのが大変だから少し待って欲しい。さっきからずっと落ち着きがない。
「おーい、どこに…?!」
突然だった。足音もなく横からスッと知らない大人がやって来て、レンの目を避けながら後ろに立つとそのまま覆い被さった。
背中越しに「わっ」と驚いた声。
え、レンが知らない大人に襲われてる?
あまりにも思ってもないことが起きて、頭が驚きから助けなきゃに切り替わるのが遅れた。
クルクルした長い髪の毛で胸が出っ張っていたから女の人だろうけど…後ろから殴れば大丈夫かな…でもレンの後ろを取ったし、この人強いのかも…
「レンレン、だーれだ?」
「かっ母さん!」
母さん?
「もー、ママって呼んでよぉ」
「マッ…ママ、それ止めてく…止メテッテ言ッタデショ」
「だってー、久しぶりだからレンレンの可愛いビックリ顔見たかったしー」
女の人が変な喋り方になっているレンのホクロを指でつつく。
その人も同じ場所にホクロがあって、下がった太い眉毛と目とか、長いまつ毛とか、何となく顔がレンに似ている。背は普通の女の人より少し大きいくらいだけど、これが本当にレンの母親なのか? 雰囲気が全然違う。それに何でここにいる?
「ちょっと遅れちゃってごめんねー、ナンパがしつこくって…で、どちらさん?」
母親はレンの後ろに引っ付いたままグルッと俺の方を向いた。
「友達だよ。ここまで来るの不安だったからついて来てもらった」
「あら素敵、やるようになったじゃんレンレ~ン。カイちゃんでーす、よろしくー」
レンを離して俺の目の前に立つ。
大きさが合っていないのか、体の形がハッキリわかるパツパツのズボンとシャツの上に赤い革の上着、丸サングラス…しっかり見ると物凄く派手だ。通り過ぎる男の人たちが覗くみたいにして目を向けている。
「初めまして、ナナシです」
「ななし?…プハハッ、すごッ!え?那々市ってぇ、私が大昔に住んでた田舎と名前一緒なんだけど!」
「え!そうなんか?!」
多分、前いた町だ。レンにも言ってなかったのに、こんなところで出てくるなんて良くない偶然だ。
「そんな名前の町があるんですか。偶然ですね」
「ねぇ、ちょっといい?」
誤魔化そうとしていたら、何をとも良いとも言っていないのに、母親が俺の帽子を取って頭を触ってきた。
「わっ、ほんっと真っ白。アレかな?元々色がない人?」
急過ぎて驚く。そっちが始めた話の途中なのに、随分と勝手で馴れ馴れしい人だ。
帽子を取り返して被り直してから「そうです」と答える。名前の次は髪の毛。言われ慣れているし、どうせまたバカにされると思った。けど、そこはレンの母親だからなのかキレイだと褒められた。不思議で変わっている。それともただ適当なだけなのだろうか。
「お腹空いたでしょ?ランチにしよっか」
そう言われて駅の中にあるコップのマークのお店に入る。
「いいんですか? 俺の分まで」
「いいよいいよ、レンレンのボーイフレンドなら大歓迎」
「ありがとうございます」
なんでこの場所に来て、なんで母親がいるのか。ヒラヒラした服の店員さんが持ってきたハンバーグを食べながら話を聞いた。
母親は家を出て行った後もあの解放場の裏にレンを見つけては何度か会っていて、レンがリングをもらってからはリンク機能というもので話をして会う約束をしていたらしい。夜にコソコソ文字を打っていたのはそれだった。
「え~? 何も説明しないで連れて来ちゃったの?」
「だって家も人がいる中も話し辛いし…」
「でもそれでついて来るとかナナシくん、めっちゃレンレンのこと好きじゃーん」
ニヤニヤした顔でツンツンと指さされた。多分、俺をからかうような感じだ。この人もジョーさんと同じで『恋愛の好き』にしたがる人だったりするのかな。
「レンの好きな所はあります。でも、もし恋愛の好きのことを言っているなら俺はまだ分からないので答えられないです」
「…君って真顔でそういうのハッキリ答えんのね」
ハッキリ答えない方が良かったのかと聞くと、世の中にはそうした方がいい時もあるのだと教えられた。ずっと変に黙っていたレンが爆発したみたいに邪魔しなければ、もう少し詳しく聞きたかった。
「もう変な話やめてく…ヤメテヨ!」
「たはは、ごめん。じゃあ、もう出よっか。埋め合わせするから。ナナシ君も付き合ってね」
ご飯屋さんを出て、階段を上り、次に連れられたのは服のお店だった。レンたちは楽しそうに服を見ていたが、それより俺は顔無し人形たちが並んで見ている大きな窓の方が気になった。
一本の広く長い道路がずっと向こうまで続いて、行きつく先に雲よりも背の高いピカピカの塔が建っている。リングビルよりも大きいかも。両側に並んでいる建物たちも万百貨店と同じくらいある。
それだけじゃない。数えきれないくらいの車、掃除をするロボット、肌が赤かったり、髪が色とりどりだったり、変な格好をしていたりする人たち、面白い飾りと大きな光の画面たち。
正直、今日ここに来た目的を聞かされて別に俺はいらないんじゃと思ったけど、見るだけでも楽しいから来れてよかった。
「ねぇレンレン、ちょっと…ナナシくん、もしかして怒ってるのかな? 凄くつまらなそうにしてない?」
「え、いや機嫌よさそうだよ」
「そう…なの?」
後ろからレンが「おーい」と手を振って呼んでいる。何かと思えば、母親がどれならレンに似合いそうかと服を選ばせようとしてきた。着るのはレンなのに何で俺に聞くんだ。
一応、真面目に選んで服を渡すと、母親はそれと一緒にレンを鏡のある部屋に押し込み、しばらくしてカーテンを開ける。
「うぁ、レンレン可愛い! マーリィみたいじゃん」
「こんなの外で着れねぇよ!」
着替えたレンが恥ずかしそうに屈んで立っていた。フリフリヒラヒラのスカートとキラキラの石にでかいリボンがいっぱいの服。知る限りの好みに合わせたつもりが失敗だったか。
確かにこうしてみるとマーリィに比べて足と腕、背が大きいから服が小さく見えて変な感じだ。母親は喜んでいるようだったけど、これは俺がまだまだレンを分かっていないということを言いたかったのだろうか。
結局、レンは母親と相談しながら、地味なカーペットみたいな色のワンピースという服を選んで買ってもらっていた。父親も言っていた誕生日プレゼントというヤツだ。
買い物が終わり、繋いだ手で袋を持って、レンと母親が機嫌良さそうに道を歩く。後ろから2人を見ていて、婆と町に行った時の事を思い出した。確かに仲が良さそうって言われれば見える。
これは羨ましいという気持ちなのだろうか。何もしなくても親2人から貰える物があって、好きな物に囲まれていて、それに戦うのも強い。俺もいつかこんなにも多くを持てるようになれたらと、何となく考えてしまう。
「今日はレンレンのしたいこと何でも遠慮なく言っていいからね~」
母親に体を擦り寄せられながらそう言われると、レンは遠慮しているみたいにして、そっと口を開いた。
「あぁ…じゃっじゃあ……いつ家に…戻ってこれる?」
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