第10話 充実した時間
- 万百貨店前 -
道は車から見てたから迷うことなく余裕で着くことが出来た。
[ウィーン]
ガラスの扉も勝手に開くことを知っていれば驚くこともない、余裕だ。
前と同じでヒンヤリ涼しくて、電気がキラキラしていて、変な音楽も流れてる。違うことがあるとしたら人が少ないことくらいか。
まずどこからいこうかな…本屋さんには絶対行きたい。あとはあんまり気が進まないけど、話す練習のためにもカラフルな所もまた覗いてみよう。
それと…そうだな…あのお肉をくれたお姉さんがいたところだ。別にお姉さんがいるからってだけじゃなくて、あのお肉が食いたい。
よし、じゃあ最初は本屋さんに行って、その途中でカラフルな所を覗いて、お肉を食べに行く。そう決めて進んでいると、あの動く階段が見えてきた。前は苦労したけど、まぁ途中からは乗れてたし、これも余裕だろう。
- 5分後 -
またいつ乗っていいか分からなくなった。前は一緒に手を繋いでいたから出来た気になっていただけだったのか…
諦めて普通の階段を探し回った。そうしていると変な扉があるのを見つけた。開いた中は狭くて何もない行き止まりになっているはずなのに、そこに緑のエプロンをしたお兄さんが入って扉を閉める。
何がしたいのか全く分からなくて不思議だった。見ていたら今度は腰の曲がったお爺さんが来て、横のボタンを押す。
[ピンポーン]
音が鳴ってまた同じ扉が開いた。
「?!」
信じられないことが起こった。さっき中に入って行ったお兄さんの姿が消えている。画面の映像で見た『脱出マジック』みたいな凄い事が本当に起きてる。
一体どこに消えたんだ?! 凄く気になる。俺も入ってみたい。
閉まりかけている扉まで走った。間に合わないかなと思った時、ギリギリでまた扉が開く。
「キミも乗るの?」
中からお爺さんにそう聞かれた。扉を開けてくれたらしい。でも『乗る』ってことは行き止まりは乗り物なのか?
「はい…ありがとうございます」
中は古い変な臭いがしていて、壁に何個かついているボタンが1つだけ光ってる。
「キミ、一人?」
またか。一人はそんなに変なのだろうか。だとしたら言い訳を考えないと…
「本屋さんにいたんですけど、間違えてはぐれちゃいました」
この乗り物がどう動くのかは知らないけど、何処かに連れて行ってもらえるのなら本屋さんまで一気に行けるかもしれない。
「えーと、本屋は…6階?」
お爺さんはボタンの上にある表を見ている。なんだか驚いてるみたいだ。
「キミ、ダメじゃないか! お母さんとお父さんが心配するだろ、勝手にこんなに離れちゃ!」
え、怒られてる。何か間違えた?
いや、話が長くなると不味い気がする。早めに謝っておいた方がいいか。
「すいません」
「気を付けるんだよ」
いい考えだと思ったのに中々上手くいかないな。でも、これで行き止まりの謎がわかる。
『上へ参ります』
お爺さんがボタンを押すと壁の中から女の人の声が聞こえてきた。
「うぉ」
なんだこれ?! 疲れてもないのに体が下に引っ張られる。勝手に膝が曲がる。
『6階です』
また女の人の声が聞こえてきて扉が開いた。向こうにはもう本屋さんがある。一体、あの不思議な感じがある短い間に何が起きたんだ?
「それじゃあ、キミの親御さんを探そうか」
「えっ?」
考えているとお爺さんにそう言われてハッとなった。
「…あっ、お母さんいました」
一瞬で頭の全力を出して、行き止まりから走って逃げた。お爺さんはついて来ていない。危なかった。面倒くさいことにならなくて良かった。
あの行き止まり…きっとバスの中みたいなもので女の人が運転して階段を上がってるんだな。そうだとしたら『ありがとうございます』と言うのを忘れていた。今度乗るときには言ってみよう。
また一つ、自分の頭が良くなった気がする。それにもうここは本屋さんのある階、とても気分がいい。そのまま図鑑の場所に向かう。今日は急かされることも邪魔されることもないからゆっくり読める。
‐ 2時間後 ‐
「ふぅ…」
面白かった。もう知らないことないんじゃないかなってくらい頭がタプタプだ。
架空の生き物の図鑑も最初は読む意味がないと思ってたけど面白かった。役に立たないのに普通の図鑑よりも細かく書いてあるんだよな。婆の見ていた本も少し気になったけど、大人の読む本は難しい字がいっぱいだから、もう少し言葉を覚えてから読むことにしよう。
一つ一つ思い出して楽しい想像をしながら、また行き止まりの乗り物まで戻った。
次に行くカラフルな所はここから1つ下がった所。上の数字を見ながら考える。今が6だから…1つ下で5だな。
よし、女の人を呼ぼう。多分、壁についてる矢印のボタンを押せば来るのかな。ボタンは背の小さい人用の位置にもあって簡単に押せる。
[ピンポーン]
またこの音が鳴って扉が開く。中には誰もいない。
『下へ参ります』
「よろしくお願いします」
上に行くときは引っ張られる感じがしたけど、下にいるときはふわっとくすぐったい感じがした。ホントにこの乗り物は面白い。
『5階です』
開くともう目の前にカラフルな所が見える場所だった。だけど、子供が誰一人いない。前はうるさいくらいいたのに…今日はみんな家にいるのかな?
いないんじゃあ…練習できないなぁ。しょうがない、お姉さんがいたところでお肉でも貰いにいくかな、しょうがない。そうと決まれば、もう一度女の人に頼もう。
「すいません、間違えました。もう一度お願いします」
今度行くのは地下だから1の下…
『下へ参ります』
…
[ピンポーン]
地下じゃないのに止まって赤ちゃんを持った女の人が入ってきた。そうか、途中に乗る人がいても止まるのか。女の人はボタンを押さない。一緒の地下に行くみたいだ。
『下へ参ります』
このふわっとするのにも慣れてきて今気づいたけど、知らない人と狭い中にいるって何だか分からないような変な感じがするな。心配なことはないはずだけど。
「…」
それはそうとして…さっきからすごい赤ちゃんに見られている。
「あうあー、あーあー」
初めて見たけど、丸々していて面白い。こっちに手を伸ばしてバタバタしているのを女の人がヨシヨシとしている。今はもう覚えていないけど、婆も俺をこんな風に世話をしてたりしたのかな…大変だったかな。だとしたら色々と面倒くさそう。
『地下1階です』
扉が開いてすぐ美味しそうな匂いが鼻にやってくる。
「ありがとうございました」
「?……ふふふ」
行き止まりにお礼を言ったら女の人が俺を追い越しながら笑っていた。いや、俺が笑われた?
「ご試食いかがでしょうかー!」
あっ、向こうからあのご飯を配っている声がする。きっとお姉さんもいるはず。
「すいません、一つくださ…い?」
角を曲がるといたのはお姉さんじゃなくて太ったおばさん。場所を間違えたかな。でも、お肉を配ってるし、ここだよな…
「はいどうぞ~、熱々だから気を付けてねぇ」
おばさんは必要以上にニッコリ笑って、棒に刺さったお肉を渡してきた。
「…ありがとうございます」
受け取って食べる。美味しいけど俺は少しガッカリしていた。お肉を食べるために来たはずなのになんでだろう。自分のことが分からないなんて初めてかもしれない。これもホンノウというやつなのかな。
‐ メモ ‐
『いきどまりのおんなのひとにありがとうがわらわれた』
『おにくをたべたのにもやもやするりゆう』
行きたい所も大体回って万百貨店を出ることにした。外の道にも面白そうな小さいお店が順番に並んでいて見るのが楽しい。
服、玩具、魚、時計…いろいろある。特にご飯がガラスの中にあるお店。匂いや味がなくても見ただけで美味しいと分かる。
[グゥゥゥ]
お腹が空いた。あのお肉一つだけじゃ足りない。バックに卵があるけど、目の前のものと比べるとガッカリがすごい…見なければよかった。
座って食べる場所を探す。だけど中々なくて結構歩いた。いい場所がないか聞こうにもあんまり人がいない。
万百貨店に戻ろうかと歩きながら考えていると、見覚えのある道が横にあった。並んでいた建物が途切れて、海へと大きな川が流れる。車からお肉のお姉さんを見たところだ。
このまま先に行っても町を出てしまうから行ってみることにした。お店の間を抜けると、そこはとても広い場所だった。
川は大きなくぼみに囲まれていて草が沢山生えている。奥には大きな橋が掛かっていて、お店たちの汚れた背中と草のない四角い場所、それに降りたところに長いイスが見える。丁度いいや、あそこで休もう。
凸凹した坂道を転ばないようにゆっくり降りて長いイスに座る。
持ってきた卵を3つ、角で叩いて中身を食べた。味はまぁまぁだけど、お腹が減るよりはいい。それに卵のいいところはすぐ食べ終われるし、殻を踏んで楽しく捨てられるっていうところだ。
ご飯も済んだから町をまた見に行きたいけど、イスと体がくっついて立ち上がれない。歩きすぎて足が痛いのと、ここの風が気持ちいいせいだ。
こういう動かない時間は目に入る景色についてとか、書き溜めた『後で考えるメモ』について考える。正しいかどうかは分からないから無駄ではあるんだけど、想像するのはまぁまぁ楽しい。
例えば、あの大きい橋…作ったのは図鑑にもあった念動力者って人か、それともクレーン車ってやつかな。ふざけるなら架空の生き物図鑑にあった巨人とかが本当に居たらすぐ作れそうだな。
そうやってしばらくイスに座って景色を見る。
もうそろそろいいかな。町の皆もご飯を食べ終わって家から出てくるかもしれないし、探検に戻ろう。足も言うことを聞き始めて、背伸びしながらどこに行こうか周りを見回す。
すると、橋の方から変な人たちがこっちに歩いてきていた。
白い服を着て、俺よりも少し年上くらいの子供が何人も。それに気づいてからか、どうしてか体が固まって動かない。今までいい気分だったのによく分からない緊張でビリビリする。
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