第9話 冒険へ
- 2日後 -
いよいよチャンスがやってきた。
出発の日、婆は太陽も上ってない朝早くに起きて準備をする。まだすごく眠いけど、俺も準備をしなきゃいけないし、婆がしっかり行ったかどうかを見なきゃいけないから頑張って起きた。
早い朝ご飯を食べて、婆はすぐ玄関に立った。分厚い服、大きなリュック、茶色い布を頭に巻いて首にはゴツゴツしたマスク。この格好の婆はいつもより強そうに見える。壁の向こうはそれくらい危ないのだろう。
「見送りなんて珍しいね」
「…目が覚めたから」
バレたら面倒くさい。わざとらしく目を擦り、大きなあくびをして眠そうなフリを見せておく。
「ふーん、じゃあ3日くらい留守にするからね。いつも通り倉庫は気を付けて漁りな。あと畑と鳥の世話はしっかりするんだよ」
「わかってる」
「あと妙なことも面倒ごとも起こさない。何かあったら?」
俺が家に一人になる時の決まり事、これまで散々言われてきたことだった。今はそれが胸にチクリと来て、一瞬だけ眠いフリを忘れてしまう。
「できるだけ自分で何とかする」
答えた後、婆はこっちをしばらく見てから「頼んだよ」と言って、家を出て行った。扉がゆっくりと閉まっていく。
…よし!
今、俺はこの家で一人になった。文句を言う人は誰もいない。
まずバックに水筒と袋に卵を入れて、分からないことを書くためのメモとペン、辞書とコツコツ集めたお金200枚を持って行く。これで大体のことは何とかなるだろう。あとはお気に入りの色が変わるお天気Tシャツとポケットの多いズボンに着替えて終わりだ。
早速、バックを背負って勢いよく家を飛び出した。畑に水を撒いて、鳥に餌を多めにあげて、見えなくなるまで続いている一本道を歩き始める。
今は7時くらい。出発には丁度いい。
空は太陽が昇って、雲一つない。お天気Tシャツも今の気分みたいにオレンジ色に変わっていく。いつもの空と海と草しかない景色がスッキリして見えて、どこまでも歩いて行けそうだった。
‐ 30分後 ‐
まぁまぁ歩いた。後ろにある家が玩具みたいに小さく見える。
まだ全然疲れたわけじゃないけど、さすがに歩きだけで町まで行こうとは思っていない。だから必要なのが乗り物だ。
車に乗っていた時、途中で赤い板を見た。あれはきっと乗り物がくる『停留所』って場所だ。町の中でも見たし、婆にも聞いた。まずはそこまで頑張って歩いて、乗り物を待つ。乗せてもらって町まで行く。完璧だ。
‐ 1時間後 ‐
おかしいな。そろそろ遠くに見えてきてもいいのだけど…
景色がずっと変わらなくて、少し飽きてきた。
‐ 2時間後 ‐
疲れた。同じ場所をずっと歩いている気分だ。
心配になってきて、少し歩く速さを上げる。
‐ 3時間後 ‐
もう無理…
足が痛くてゆっくりしか歩けない。お天気Tシャツも汗でブルーになった。
あとどれくらいで着くのかな。車の時はすぐだったのに。この変わらない景色が怖くなってくる。
もしかして歩いて停留所まで行こうとしたのは失敗だった?
引き返す…でももう沢山歩いてきちゃったし…
色々考えながらトボトボ歩くけど何も思いつかない。なんか、泣きそうになってきた。
そんな時、青と緑と道以外のものを頑張って探してたら、海の端に黒を見つけた。走って近づくと、それは岩たちが何個も集まってできた地面の出っ張りだった。そこからはずっと柵が立っていて、地面も土じゃなくなって、反対側には…
「あっ赤!」
間違いない、停留所の板だ。やっと見つけた。さっきまでキュッとなっていた胸がふわっと広がる。大急ぎで向かった。
『
板には何か文字が書いてあって辞書で調べてみる。途中は分からなかったけど最後の言葉は、分かりやすく突き出た地形っていう意味らしい。出っ張ってる場所にいちいち名前を付けているのか。
[ブルルルルル ゴォォォォォ]
少し地面が揺れていて、音も一緒に聞こえてくる。重い機械みたいな、車みたいな音。町の方からだ。見ると大きな四角がこっちに向かって来ている。多分、あれが町の停留所をグルグル回っている『バス』って乗り物だ。こんなに着いてすぐ来てくれるなんて運がいい。
バスは空気の抜ける音でピタッと止まる。大きなものが近づいてくる怖さで、体が後ろへ勝手に下がった。ドアが開くと一番前の席に、眉が太いお爺さんが1人いて、それ以外に乗ってる人は誰もいない。
「おや? 坊や、一人か?」
乗り込もうとしたらお爺さんが丸い目でそう聞いてきた。人数を聞くのは多分、イスの数が決まっているから数えているんだろう。
「はい、そうです。乗ってもいいですか?」
「そりゃ構わんが、このバス始発だぞ? どうやってここまで来たんだ?」
乗っていいそうだ。でもシハツってなんだろう。
お爺さんがとても不思議そうにしてる。別に変なことをしているつもりはないし、ここはとにかく怪しまれないよう普通に答えよう。
「歩いてきました」
そうすると細くなった目がこっちに寄ってくる。
「歩いてって…こっから町まで大人が歩いても2時間半は掛かるぞ」
「そうなんですか」
…………
なんだ? 何でお爺さんはずっと俺を見てるんだ?
普通に答えたはずなのにどうしてこんなに怪しまれてる?
まだ何か言った方がいいのか、もしかしてどこか変だったのか、バスに乗せてくれないのだろうか、胸がドキドキいって手から汗が出てくる。
「こんな危ないところに一人で来たら駄目だぞ。出発するから座りなさい」
「え?…はい」
何とかなったのか? お爺さんはまだ難しい顔をしている…
乗れるみたいだからよかったけど、どうして危なくて怪しまれたのかは考えないとな。婆に遠回しにでも聞いてみよう。
‐ メモ ‐
『ひとりでいるとあぶない』
それにしてもバスの中は広い。多分、家のキッチンよりも広い。
ドアが勝手に閉まる。早く席に座らないと。どこがいいか…よし、一番前の高い席。大きな窓から外とお爺さんの運転が見えるし、ここがいい。
俺がちゃんと席に座るとバスは動き出した。輪になった道でグルっと頭を町の方にして走り出す。運転は見ていて面白いし、車と違って窓が大きいから自分が速く走っているみたいに見え…ん?
バスの天井からぶら下る画面に何か数字が書いてある。
商店街入り口:250
マルタ産婦人科医院:300
町内会館:350
…
いや、まさかと思うけど…
「すいません、上の数字はなんですか?」
「これはぁ料金表。降りられる場所でお金が違うんだ」
一番近い場所でも250、俺が持ってるのは200。全然足りない。焦りで注射の時より血が体の奥に引っ込む。
どうする…どうしよう…お金ないとどうなる?
「坊や」
「ハッ…ィ!?」
「ん? もうそろそろ次のバス停に着くけど、どこで降りるんだい」
まずいな、食べたものを戻しそうだ。ここは少しでも安いとこで降りなきゃ。
謝れば…どうにかならないかな…
「次の一番安いとこで降ります…」
そう言うとバスは1分くらいですぐ止まった。まだ心の準備が出来てないけど、もう正直に話すしかない。
「すいません…これだけしか持ってないんです」
「あーはい、じゃあ次からはちゃんと持ってきてな」
- 那々市町 商店街入口 -
「ありがとうございました」
簡単に許されてしまった。バスはお金なんてどうでもいいみたいに出発する。
どういうことだったのだろう?
‐ メモ ‐
『ばすのおかねがたりなかった』
さてと…やっと町に来れた。
どうしようか、どこに行こうかと一気にワクワクが溢れてくる。でもやっぱり最初に行きたいところはもう決まっている。
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