第8話 一人の決心


 - 海崖の家 -



 車から出て、ずっと固まっていた身体を伸ばす。


 婆が運転手の男の人から預けていた荷物を受け取っていた。また重たくて辛いのは嫌だなぁ…バレないように家の中へ向かう。婆なら余裕で持ててたし大丈夫だろう。


「ほれ」


 簡単に追いつかれて目の前で一番重たい荷物を渡された。


 力んで勝手に声が出る。また重さでガクガクになって、婆がお構いなしに通り過ぎて家に入っていく。


「……クッ」


 奥の倉庫に着く頃には息がゼーゼーで、手が肩から抜け落ちるんじゃないかというくらい限界だった。でも、まだ買ってきたものを出して種類ごとに置いていかなきゃいけない。これを手伝わないと俺はご飯が食べられない決まりになっている。


 それも終わって、やっとキッチンで休もうと思っていたら…


「ナナシ、こっち来な」


 地下に降りていく途中の婆に呼ばれた。来いって地下に? 珍しい。もしかしたら何かまた手伝わされるんじゃないか。あと少し、5分くらい休んでからでも…


「早くしな!」



 - 地下 研究室 -



 前と変わらず変な機械と薬がきっちりと並んでいる。奥に進むと、婆は机にある画面の前に座って指を動かしていた。


「なんだよ、婆」

「ここに座りな」


 機械の隙間から折り畳まれた椅子を出して机の前に置く。


 言われた通りに向かい合わせになって座ると、銀色の鞄を開けて何かを組み立て始めた。色が黒と銀で何個も穴の空いたボールから骨みたいな棒が幾つも伸びている。形だけだと使い方が全く分からない。


「今からお前さんの生体質を調べる」

「…え?!」


 あんまり簡単に言うものだから固まってしまった。


「いくら発現が遅くともお前さんの年がピークだ。疾患なのか、気づいていないだけなのか。どちらにせよ、何か問題が起きてからじゃ面倒だ。区の更新もあるし、いい加減に調べておこうと思ってね」


 今日も本屋さんで自分の生体質について考えていた。いよいよ分かるのか、ドキドキする。もしかしたら凄いことができる力かもしれない。


 ウキウキして待っていると、婆がバックから袋に入った何かを取り出した。


 悪い予感がした。あの形は…


「腕出しな」


 やっぱり注射だ。針を刺して血を抜く恐ろしいもので、前にもやられて嫌いになった。体の血が一気に中心へ逃げていく。


「それって病院って場所で調べられるんじゃないのか?」

「町の設備なんて高が知れている。それにお前さんは親の身元がないから検査の金もバカみたいに取られる。自分でやった方が詳細で効率的で金銭的にもいい。ほら、分かったらさっさと出しな」


 せめて先送りにする作戦だったけど失敗した。言い返すことができないのでゆっくり右手を出す。袋を破って針が当てられる。見たくなくて目をつぶった。


 血を抜き取った後、婆は組み立てた機械を俺の頭から首、背中に着けて、そこから延びる線を机の画面に繋げた。時々、映る数字と波を見ながら、筒が二つ並んだ機械に目を当てて血を覗いている。こんなにも真剣そうな婆の顔は久しぶりに見た。


 置いてあった鏡で自分の姿が見える。首の後ろを機械の穴から出る赤い光が動きまわっている。少し気持ち悪い。


「婆、わかった?」

「……反応が出ているということは確実に外界神経の欠損ではない。では何故、値に変化がないのか。条件があるのか…いや、やはり実現先がナナシ自身ではない…」


 ボソボソ言っていて聞こえていないみたいだ。婆はたまに独り言がうるさい時がある。こうなったらしばらく声を掛けても聞いてくれない。



 ‐ 1時間後 ‐



「もう取っていいぞ」


 やっと終わった。この機械、着けた時は重く感じなかったけど段々肩が痛くなってくる。なのに少しでも動くと婆は怒ってくるから本当に辛かった。


「わかった? 俺の生体質」


 我慢できたのも全部、それを知りたかったからだ。期待して婆を見るけど、ため息を吐くだけで中々話してくれない。


「……わからん」


 え?


「なんで! 頑張ったのに」

「うるさいね」


 婆は早くも片付けを始めた。


「わかったことはある。病院で検査を受けた時は要因不明の遺伝疾患だと言われたが、明らかに脳から伝達信号が出ていて身体も呼応している。普通なら必要な時にしか発せられない。疾患なら尚更、使われずに衰えていくはずなんだが、何故か持続的に出ている」

「どういうこと?」

「簡単に言うとお前さんは今もずっと生体質を何処かで使っているということになる」


 急いで自分の体をよく見てみるけど、特に変わったところはない。


「それが何なのかは今後詳しく調べていかないとわからない。まぁ、無意識に周囲の気温を下げていたり、高い音を遮断していたりの微細なものも稀にある。だから期待しないでいた方がいい」


 なんだそれ、物凄いモヤモヤだけが残る。


「さてと…じゃあ、飯の準備でもするかね」


 最高の一日になるはずだった今日は、婆のその一言を最後にいつもと変わらない一日に戻った。晩御飯、缶詰とパンを食べて、お風呂に入って、歯を磨いて、あっという間にもう寝るだけになる。


 毛布を食器棚の一番下から引っ張り出してテーブルの下に敷く。寝転がると今日は重たい荷物を持ったせいですぐにでも目がくっつきそうだった。


 目が暗さに慣れてきて、テーブルの裏側がぼんやり見えてくる。このまま寝てもいいのだけど、今日は色々あったことを忘れないようにちゃんと思い返してから寝よう。


 まず俺の生体質については…どうしようもないとして、外の人と話したことについてだ。


 運転手の男の人、カラフルな場所にいた女の子たち、お肉をくれたお姉さん。今、思い返したら練習したのに怖がったり、慌てたり、知らなかったりして失敗しかなかった。やっぱり頭の中と本番は違う。


 でも、まだ怖がったり、慌てたりするのは慣れればどうにかなりそうな気がする。考えなきゃいけないのは知らないこと…婆が言っていたみたいに悪役にされたり、馬鹿にされたりすることだ。きっと気づいてすらいないこともある。


 今、頭に残る嫌な出来事をまた起こさないために何をしたらいいか。考えていると一つだけ、危なそうだけどワクワクすることを思いついた。


 一人で町に行く


 婆と一緒で助かったこともあったけど、人と話すのも町を見るのも、どうしても時間が足りない。一人なら自由だし、図鑑も読めて、お姉さんにも会える。駄目だと言われそうだけれども、婆はもうすぐ壁の向こう側に行ってしばらく帰ってこないから、その隙に行けばバレない。行った方がいい理由がいっぱい見つかっていく。


 もう殆ど気持ちは固まっていた。

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