第11話 終わり良ければ


「おい、もう来てる奴いるぞ。誰だ?」

「コーチんとこから道具も運ばないでなんで先にいんだよ」

「あんな髪の白い奴なんていたっけ?」

「俺、知らねぇぞ」


 見られている。聞こえてくる声で分かる。


 頭では話しかけに行こうとしていても、体が勝手に気づいていないフリをしていた。まだ前の失敗が頭に残っているのか。


「あっコーチ! あいつ知ってますか? 俺らの場所にずっといるんですけど」

「え? 聞いてないなぁ…」


 声がガヤガヤ多くなってるけど、あっちも怪しがっているみたいで近づいて来ない。そうすると足音が一つだけ下りてきた。


「こんにちは、君はどこの子かなぁ?」


 目の前にぬっと出てきたのは子供じゃなくてお爺さんだった。被っていた帽子を取って中腰でニコニコしている。


「こ、こんにちは…えっと、どこの子っていうのはどういう意味ですか?」

「うぅん? 君の家はどこにあるんかな?」


 どこに住んでいるかという意味か。そんなこと言ってどうなるのか。でも、聞かれて何も言わないのも変だし、適当に答えておこう。


「町を出たずっと先の方です」

「町を出た先ぃ…!?」


 お爺さんは顎を撫でて悩んだ後、何かを思い出したみたいに目をカッと開けた。


「まさかっ…あん時のチエさんが引き取った子か?!」


 ちえっていうのは確か婆の名前だけど、この人は婆と知り合いなのか。


「はい、みや八千枝の養子は俺です」


 本当の親ではない人に育てられる俺みたいな子供のことを『養子』というって前に教えてもらった。


「はぁ~そうか、白髪だったからまさかとは思ったが、あの赤ん坊がこんなにデカくなったのかぁ。こりゃたまげたな」


 お爺さんはとても驚いて喜んでいるみたいだった。俺のことも知ってるらしい。


 あれ…今思ったけど、これ不味いかも…


 このお爺さんと婆が知り合いだとしたら勝手に町に来ていることがバレるかもしれない。あと多分また一人でここにいることも怪しまれる。


「それでぇ…チエさんはいないのか?」

「婆は別の場所で用事があって今はいません」


 また一人でないと言えば何とかなるか、少し怒られるかで済むかもしれない。これで勘違いしてくれればいいんだけど…


「そうか、それで待ってるのか」


 上手くいった。もしかして人と話すのが上手くなってきている?


「コーチ! もういいですか?」


 上にいる白い服の子たちの中で一番背の高い人が大声で聞いてくる。


「おぉ悪い悪い、みんなもう来ていいぞ!」


 お爺さんが言うと子供たちが駆け下りてきた。また緊張が強くなる。


「暇してるなら発散して遊んでくか? ここでならワシが見てるから力ぁ使って大丈夫だぞ?」


 発散…今からここが解放場になるってことか。


 婆から聞いたことがある。本当ならいつも使われるはずの力は使わない時間が長く続くと弱くなったり、鈍くなったり、イライラしてきたりするらしくて、色んな場所に生体質を自由に使える解放場って場所があるらしい。


「俺…生体質がまだ使えないんです」

「えっ、君いくつ?」

「5歳です」

「うーん、遅発か……そうだな、じゃあドッジビーやるか? 楽しいぞ?」


 それから何も言わせてもらえずに丸くて平たい物…円盤を持たされて、知らない子とそれを投げ合うように言われた。投げ方は教えてもらったけど、そんなすぐにできるわけがなかった。


 変な所に飛んで行ってしまい、知らない子が何度も取りに行く。嫌な顔をされる。この辛いだけの時間が10分くらいも続いた。


 他の子たちは機械の出す赤い光の壁に囲まれて、人形相手に火や光線をぶつけたり、円盤を投げ合ったりしている。半分ずつ撃つ力と身体の力の二組に分かれているみたいだった。


「投げ方は大体オッケーかな? じゃあ、皆とやってみよう」

「えっいや、俺はもう…」

「ルールは簡単、このディスクを相手に当てたら勝ち。君はこっちのチームね」


 そんな調子で背中を押され、赤の四角い枠の中に入れられた。



 - 夕方 -



 今までで一番つらかった。


 念動力の子が投げたディスクは急に跳ね返ってきて避けられないし、俺が当てようとしても飛んでいる子や速い子にすぐ取られる。皆、自分の力を使って活躍してるのに俺だけが何もできなかった。


 しかも話しかけたら難しそうな顔をされ、居るだけでも揃って静かにされる時がある。はっきり受け入れられていなかった。


「まぁ、毎日練習して出来るようになれば楽しくもなるし、みんなとも仲良くなれるさ。これ入会金と月謝の案内、チエさんに見せてね」


 紙一枚を残して、皆は仲良さそうに騒ぎながら帰っていく。


「コーチ、なんかあいつ気持ち悪いよ。俺らに全部敬語だし、ずっと顔変わんねぇし」

「そうそう、せっかく楽しくしてるのにあいつ笑わねぇよな」

「あと白髪で爺ちゃんみたいに鈍間だったし」

「こぉら、あんまりそんなこと言うもんじゃない。あの子は可哀そうな子なんだ…」

「どういうことですか?」

「神社に置いていかれて、今はお婆さんと2人暮らしできっと苦労しとる。しかも前の町長に妙な名前まで付けられて…」


「「妙な名前って?」」


 お爺さんと子供たちの方からゲラゲラと楽しそうな笑い声がしている。俺の名前が聞こえたような…座ったまま耳を立てるけどよく聞こえない。


 結局、また年の近い子供とあんまり話ができなかったな。でも代わりに分からないことを知ることはできた。



 - メモ -


『しらないこたちにいやなかおをされずにはなすには』

『きんちょうがおこってしまう』

『いやなきもちをつくってしまう』

『やりたくないことをことわるほうほう』

『せいたいしつがないことがどれくらいいけないことなのか』



 多分、話をしようとした時を振り返ると、俺には生体質以外にも足りないものがあるような気が何となくした。これは後でよく考える必要があるな。


 町を見ると日が落ちて赤くなってきていた。大きな壁以外ない場所と違って、伸びている影が多い。不思議な景色だ、絵みたいに見える。


 もう少しで暗く…暗く?


「……あ」


 まずい! 帰れない!


 来るまでの道には電気がなかった。今から走っても絶対間に合うわけないし、一本道だけど崖が近い暗い所を歩くのは無理だ。だからって帰らないと御飯もシャワーも寝る場所もない。


 心細くなりすぎて気持ち悪くなってきた。歩いて自分を落ち着かせながら頑張って考えを出そうとする。


 だけど…何も思いつかないまま辺りはどんどん暗く寒くなっていく。お天気Tシャツも全部真っ青になった。沢山焦るほど太陽は早く落ちていって、いよいよ見えなくなる。


 電気で照らされる凸凹の坂の上で足を温めながら、今は真っ暗な周りを見ないようにするしか出来なくなった。このまま朝まで待つしかないのかな…ここでちゃんと寝られるだろうか…



「あれ、ナナシくん…かな?」



 俺の名前が聞こえた気がした。それもどこかで聞いた声で。


「やっぱりそうだよね。私のこと覚えてるかな?」


 暗いせいですぐには気づけなかった。あのお肉をくれるお姉さんだ。


 なんでこんなところに? いや、川の方へ来たのはお姉さんを見たからだから、別におかしなことではないか。よりによって、こんな最悪な時に…


「…」

「ん?」


 頭の中が絡まって、ぼーっとなっていた。何か言わなきゃ、お姉さんが笑ったまま顔を傾けている。


「はい、ナナシで合ってます。あの時はお肉美味しくてありがとうございました…」


 立ち上がってちゃんとお礼を言うつもりだったのにまた言葉がおかしい。大人と話すのは慣れてきてたと思ったのに。


「ふふっ、どういたしまして。こんなところで何してるの? もう暗いし、危ないから家に帰らないと」


 それは俺も今どうしようか困っているところだ。そう正直に言うわけにはいかない。でも、どうやって答えていいかが出てこない。


「…もしかして帰れない理由があるとか?」


 えっ? どうして分かった?!


 いや、違う。どうしてとか思ってる場合じゃない。この後の言葉をよく考えなきゃ。


 大人は俺みたいな子供が一人でいるのを良く思わない。しかも今はお金もなくて帰れない。多分、それがバレてしまうときっとよくない。色々とたくさん怒られて婆まで伝わってしまうかもしれない。


「えーとぉ…婆が別の場所で用事があって、それを待ってるだけです」

「別の場所? おばあちゃんがここで待っててって言ったの?」

「…はい」


 お姉さんはゆっくり屈んで目を合わせると怖いくらいニッコリ笑う。


「君、今嘘ついてるでしょ」


 えっ!?


「顔には出てないけど私ね、男の人が嘘ついてる時ってすぐに分かるんだ」


 なんだそれ。生体質なのか?


「うーん、そうねぇ…」


 お姉さんは人差し指を顎に当てて何か考え始めた。


「河川敷で途方に暮れてるところを見るに…家出かしら?」


 イエデが何だかは知らないけど、嘘がバレてしまうならもう正直に話すしかないか。


「婆がいない隙に一人で町を見てみたくて…でも今からじゃ暗くて遠くて帰れなくなったんです」

「…要するに迷子なのね。家はどこなの?」

「リングビルっていう大きな壁の近くです」

「リングビル?…ナナシくん、また嘘はダメよ」


 これは嘘ではない。なのにどうしてか信じてもらえていないみたいで、お姉さんはわざと眉毛を吊り上げた顔をしていた。嘘が分かる力…使える時とそうじゃない時があるのか。


「いや、嘘じゃないです。本当です」



「…そういえば、壁の近くに住んでる人がいるって聞いたような…あのお婆さんがそうだったのかしら…」


 ブツブツ独り言を言っている。その間、どうしていたらいいのか分からなくて、何となくお姉さんを見ていた。俺と違って髪は黒くて長くてサラサラ、目はただ大きいんじゃなくてキリっとしてて服もなんだかお肉を配っていた時よりもヒラヒラしていた。やっぱり美人だって分かる。


「お家の電話は知ってるかな?」

「知ってます。けど電話しても3日くらい婆はいないんで誰も出ないです」

「お父さんかお母さんは家にいる?」

「いないです」

「……なるほどね」


 お姉さんは片手で頭を抱えて悩んでるみたいだった。俺が困らせているのか?


「そうねぇ…じゃあナナシくん、もしよかったらなんだけど…」

「はい」

「家に来る?」


 最初どういうことか分からなかった。だから頭の中で、何個か予想して一番そうだったらいいなと思うことを聞くことにした。


「それは…お姉さんの家を朝まで貸してくれるっていうことですか?」

「そうね。そういうことになるかしら」


 手が勝手にギュッとなるくらい嬉しかった。だけど…


「俺、お金とか持ってないです…」

「そんなこと子供なんだから気にしなくていいんだよ」


 もう断る理由もない。


「ありがとうございます」



 ‐ メモ ‐


『うそがわかる』

『こどもだから なんで』

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