第32話 あと少し


 それから少しでも不安を取るため、レンにとって良い方に近づくため、どんな小さな約束も絶対に守り、お互いの気持ちを話しながら沢山のことを一緒にやった。


 ディスクの投げ方を教えてあげたり、一緒に自転車に乗れるようになったり、プールで泳げるようになったり、こっそりレンの学校や父親のバイト先を覗きに行ったりもした。


 もちろん憶心と戦いの練習も欠かしていない。


 息継ぎや足の運び、力を入れて抜く順番なんかの癖、弱点と丈夫さの耐えられる時間、好き嫌い、御飯の楽しみ方まで、どちらが先に相手を理解できるかの競争になる。


 強くなって勝とうとするほど、理解すればするほど、お互いの顔と体に傷が増えていった。


 でも、相変わらず勝てるのは10回に3回くらいで、父親に禁止されることも多い。勝つためにはまだ色々試してみるしかなかった。


 大切にしている物を盾にしたり、急所なんかを狙ったりするのはダメ。音や光、その場にあるものを使ったりなんかは大丈夫。


 正直、今でも分け目がどこにあるかはよく分かっていない。だけど、レンはそれが俺の良いところだとも言っていた。その意味が分かったのはしばらく後のこと。


 レンにも分け目はあって、憶心を守りに使っても騙しやそれ以上には使わない。それは最初、必要ないだけだと思っていたが違った。そうじゃなくて出来ないのだと、戦っている中で気づいた。


 外の人を見ても、必要なのにやらなかったり、必要ないのにやっていたり。よく分からない分け目が沢山ある。確かにこれは使えると思った。レンには毎回驚かされる。



 - 一年後 対人武館 坂道合技下段大会 -



 少しずつ、一歩ずつ、前へ進んでいた。


 体の耐える力は強くなり、レンとの合技と連携にもついて行けるようになって、小さな合技大会で優勝できるようになった。


 家が燃え、婆が消え、殴られ蹴られの散々だった時から、自分でもよく頑張ったと褒めてやりたい。


 まだ矢島って人や婆についてとか、NPAがどうして襲ってきたかとか、大事なことについて何一つ分かっていなくて、人前に出る時はいつもコソコソしなきゃならなかったけど…それも後もうちょっとでどうにか出来るようになるかもしれない。


「よしっ! 苦労して勝ち取った町の推薦、ここで結果を出せば上段での待遇も良くなる。上段の次はいよいよ示皇陛下がお見えになる闘技大会だ。焦らず、油断せず、普段通りやれば勝てる…お願いだ、勝ってくれ!」


「「はい!」」


 もうすぐ俺たちの試合が始まろうとしていた。いつものように父親が俺たちに肩を寄せて円を作る。目標に近づいているという感じがあってやる気も上がる。


 大きな大会だからか、強そうな人が多く、観客席も場内まで増えて沢山の応援する人がいた。声同士が建物中に跳ね返って、振動が自分に入ってくる。嫌でも気が立ってくるみたいだった。


 体を動かしながら前を向くと、これから戦う相手が同じように準備をしている。


 赤い短髪の男の子と黄色い髪に赤い肌の女の子、2人とも同じ様に髪の毛を編み編みにしている。黒いボールを手でクルクルさせたり、楽しそうに話していたり…気を抜いていて余裕って感じだ。わざとそう見せているのだろうか。


 比べて今、隣のレンはというと…少しずつ良くはなってるけど、やっぱり人が沢山いるから顔が固くて、あまり前を向こうとしない。汗ばっかりかいている。


 試合が始まれば変わるのだけど、もし出遅れてしまったら困るから、そっと左手を後ろ向きに出す。そして、汗ばんだ手をグッと握りながら名前を呼ばれるのを待った。


『ただいまより第3試合、極道場ペア 対 球技教室ペアの試合を始めます。選手の皆さんは所定の位置についてください』


 聞き取りやすい男の人の声が、周りから響いてくる。枠内に入り、相手と向き合った。まだニタニタとボールを蹴って投げて遊んでいる。


『ホイッスルで試合開始です。両ペアは構えてください』


 やっと腰を落として構えたと思ったら、片手にボールを鷲掴んだままだった。もしかして武器ってことなのか。投げて攻撃するにしても、ボールじゃあまり痛くなさそう。赤い肌の人は強い念動力を使うらしいけど、何か関係があるのか。


 自分たちも構えて[ビー]という音で試合が始まった。


 相手がどんな攻撃をしてくるのか予想し辛い。俺もレンも最初は動けず様子見になった。すると、それを分かっているみたいに、相手は余裕を持って動き始める。


「セット!」


 掛け声で男の子から投げられたボールを女の子が受け取り、体の中心で掴むと両手が離れていってボールが浮いた。掌から白い光の膜のようなものが小さくなってボールに入っていく。念動力を溜めて撃ち出すつもりなのだろうか。


 防ぐのは得意だから女の子の方は俺が注意しておいて、後ろに回り込んだ男の子の方を見るレンと背中合わせになる。


「スタート!」


 撃ち出すんじゃなくて、ボールは俺たちの頭上へ投げられた。これは中々面倒くさい。注意しなきゃいけない点が3つになった。


 ボールと男の子の方はレンに任せて、俺は前を引き続き見張る。だけど、女の子は距離を空けたまま攻撃してこようとしない。妙だと思っているとレンに左外腿を叩かれる。


「シュート!」


 見ると男の子が走って飛び上がり、空中でグルグル回転すると、不自然なカーブでやってきたボールを思いきり蹴った。


 その生体質の正体を考えるより先に、レンの前に出て、俺は右手で防御の構えを取る。


「…ッ!」


 ボールが飛んでくる位だと思っていたが、想像以上だった。レンの突きくらいの衝撃がある。油断して吹っ飛ばされそうになったのをレンに支えられて助かった。


 その反動を使ってレンの肩に乗る。


 理由は分からないけど、あいつら直接攻撃してくる様子がない。なら手段を奪う。バネになってくれたレンから大きく飛び跳ねて、空中のボールを捕らえた。


「ブロック!」


 着地に入ろうとした時、声と一緒に強い風が体に吹きつけてきた。男の子が回りながら俺に何かを投げつけるような動きをしている。ボールが変に曲がったのも今のこれも、風を起こす生体質のせいか。


 でもそんなことをしても無駄だ。着地に失敗したとしても下にはレンがいる。意地でもボールは離さない…?


「ゔっ!」


 しっかり掴んでいたのに物凄い力でボールが勝手に動いて、女の子の方へ飛んでいく。ついでに俺の顎がやられた。


 レンが俺をキャッチして、すぐ2人で構え直す。


 女の子が最初と同じようにボールに白い膜を入れる。同時に挑発なのか合図なのか、口笛を吹いていた。何にしても少し腹が立つ。


 一度、自分を落ち着かせて考える。多分、あの女の子がしているのはボールの中に力を溜め込んで、それを後から操れるっていうようなことだろう。入れ直している所を見るに、使えるのは一回ずつ。騙しかもしれないが今はそう考えておこう。


 女の子は大きく振りかぶって、俺の足元へボールを投げてきた。目で見えたのは一瞬で避けるのもギリギリだった。ボールの中に力を溜めてても、投げる時は直接力を使えるのか。


 ボールが俺たちを通り過ぎ、風で舞い上がる。男の子が空中で俺たち目掛けてボールを蹴り、弾き返したら今度は捕られないよう風で回収される。それだけなら何度きても簡単だが、女の子との二段攻撃は防ぐのが難しくて、どうしても当たってしまうことがある。


 このままじゃ倒れなくてもポイントで負けになってしまう。すぐ距離を空けられて勝負しに来ないし、相手側もそれを狙っているだろう。


 隙を見て一気に攻めたとしても、2人とも素早くて身軽だから面倒だな。


 やっぱり、あのボールを奪うのが手っ取り早い。次に女の子が生体質を使うタイミングで仕掛けよう。攻撃を防ぎながらレンと目を合わせる。問題は空中だとボールを取る前に男の子に吹き飛ばされそうってことだけど…


「ブロック!」


 その時が来て、レンが俺の構えに乗って高く打ち上がり、弾かれたボールと風で舞う男の子の間に割って入った。予想通り、男の子は邪魔者を地面に叩き返そうと強い風を放つ。


「…マジで?!」


 だが、レンはそれを生体質の一蹴りで掻き消した。男の子が引きつりながら笑っている。気持ちはわかる。毎回見ている俺からしても半端じゃない。


 そして、誰の手からも離れてボールが落ちてきた。後は真下から取ればいいだけだったが、当然それを許さない女の子がこちらに向かってくる。白い膜の玉を左手に、狙いはボールじゃなくて真下に着いていた俺だった。


 退くわけにはいかず、右腕で白い膜の玉を受けて立つ。女の子の左手が迫ってきて、強い衝撃が来るのを覚悟した。


「…?」


 何も起こらない。目の前の女の子も驚いていたみたいだった。よく分からないけど、ボールを取って、前蹴りで女の子を飛ばす。


 女の子はきれいに受け身を取って、そこに心配した男の子が駆け寄っていく。


 さぁ、ボールは俺たちの手にある。どうするのか様子見をしていると…


「すいませーん、ギブアップしまーす!」


 試合が終了した。

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