第31話 選ばれたい


 - 30分後 立花駅 -



 列車に乗ろうと戻ってきた駅の入り口。母親とレンが抱擁して別れの時間を延ばしていた。


「お~よしよし。かぁいいかぁいいレンレ~ン、いつでも連絡してね。ママは寂しくって毎日したいくらいなんだから」

「…うん」

「ナナシくんも今日はありがと。レンレンをよろしくね」


 母親がレンから離れて俺の肩に手を置く。そして「アドバイス」と言って引き寄せられ、コソコソと耳元で呟いた。


「もうちょっと大胆になっていいと思うよ」


 その後、意味を聞き返す間もなく列車が来て、レンと手を振りながら母親と別れた。ガラガラの席に差し込んでくる日の光を背中で避けて座る。


「悪かった、今日は…いろいろ…」

「ん?…ああ」

「また、考え事してたか?」


 眩しい中、疲れた顔のレンがこっちを覗き込んでくる。


「少しだけ。そんな大したことじゃない」

「前もぉ…そんな風に考えてたよな…きぃっ気になるなぁ…」


 わざとらしい言い方。そういえば、交流試合の時もそんなことを言ってたな。


「あの時は…レンが強くて凄いのに俺は全然ダメだったのが気に入らなくて、どうしてなのか考えてた。それで今も考えてたんだけど、ペアを変えられそうになった時、怖くて必死だったのは俺も今日のレンと近い気持ちになってたのかもしれないなって…」


「ダメなんかじゃねぇよ!」


 腕に身体が引っ付くくらいレンは近づいてきて力強くそう言った。抱擁していないのに胸がドクドクいっているのが腕から伝わってくる。


「ナナシは強いし、なんでもハッキリ正直に言えっし、スゲェところいっぱいある。己の方が学校で気ぃ遣ってちゃんと話せねぇし、いつもハッキリしねぇし、ダメダメだ!」


 励まそうとしているのか、目を見ながら本気でそう言っているみたいだった。


 俺の思うこととは全く逆だ。正直をそのまま言うだけなんて誰にでも出来て、気を遣えたり、ハッキリ言わないことの方が凄いし、良いことに思える。良いことをしているのに堂々としていないのがレンと最初に会った時からの不思議だった。


 どれだけ憶心の練習をしても、お互いの事情を知っても、まだ気持ちは上手く分かり合えていない。ずっと分からないままかもしれない。


「それなら…レンのダメは俺がやるから、俺のダメはレンが何とかしてくれ」

「お……おう! 己はずっと、ナナシと一緒にいるからな!」



……



 レンはああ言っていたけど、あの母親と会ってみて不安に思ったことがある。


 あの人がレンの近くにいられない理由、新しい子供が出来たからというのは今になっての話だ。本当の理由は選べるものが多過ぎたからだと思う。


 街の中の男の人たちの母親を見る目は、ジョーさんが彩夢お姉ちゃんを見る目に似ていた。ただ歩くだけであんなにいたのだから相当多い。


 そして問題はレンがその母親の半分で出来ているということだ。


 今はそうじゃなくても人に慣れて、俺以外とも普通に話せるようになった時、レンも沢山を選べるようになるかもしれない。選べれば普通は良い方を選ぶ。


 だからその時に俺は良い方にならなければいけない。


 戦いに勝てるように考えたり練習したりは一人でも出来るし、父親にも聞けるけど、それ以外はよく分かっていない。そこで役に立ちそうな人は誰か考えた結果、こっそり母親に連絡することにした。レンのことで相談に乗って欲しいと言ったら、すぐに会うことが出来て、フウタ君とその父親の住んでいる家にも行くことができた。


「えーっとぉ…カイさん、この子なんなんですか?」

「娘の友達、ナナシ君って言うんだけど、来たいっていうから連れて来ちゃった」

「連れて来ちゃった…じゃないですよ! どうして?親御さんは?学校は?」

「ナナシ君がオールクリアだってよ。丁度、私も空いてて、フウタの遊び相手も欲しかったし、若者が愛について相談に来てんだから大人は乗ってあげないと」

「愛って…若すぎますよ」


 ジュンさん…写真で見た感じと同じでオドオド気の弱そうな人だった。


 どうしてこっちが選ばれて父親は選ばれなかったのかの原因が知りたい。フウタ君の面倒を見ながら、固まって難しい言葉を使われないように色々聞き出して、母親と2人一緒にいる時の様子を観察する。


 それでわかったのが、ジュンさんは何もしていないということだった。働いてないし、特別なことをしているわけでもなさそうだし、自分がなんで選ばれたのかも分かっていない。


 父親との違いは若さと戦いをしないこと、変になって人形と話さないことくらいだった。ということは、何もしない方が良いということなのか?


「まぁさ、そんな考え過ぎずに友達は大事にしていればいいって僕は思うよ。錬ちゃんもいつも通りのナナシ君が好きで一緒にいるんだろうから」

「あと前も言ったけど、大胆にね! 私の代わりに好き好きちゅっちゅっしてあげて」

「カイさん、それはちょっと…」


 もう一つ、ここの家族はとても楽しそうだった。レンはあの家でこんなに風に出来ていただろうか。母親というより、父親みたいにさせない方のが大事かとも思えてきた。


 結局、どれ何が正しいかはまだ分からない。だから一つずつ確かめて出来ることは全部やるつもりでいよう。母親にもらったお金で列車に乗り、心の中でそう決めた。


 そんな時、一つの画面が目の前にあった。


『みんなの家 家なき子たちの避難所』


 選べるものが増えるかもしれないのは俺も同じなのに何で俺は他を考えない?


 不安だからか、無駄にしたくないからか、番だからか。帰り道にずっと考えたけど、家に着いてもどれなのかはハッキリしなかった。


 玄関を開けるとレンの大きな靴がある。いつもなら学校から帰ってきてすぐ道場の方に行くのに。部屋で何かしているのか、話している声が聞こえてくる。


「召喚メルン!」


 扉を開けると珍しく姿鏡の前にレンが立っていた。見覚えのある服を着ている。


 フリフリヒラヒラのスカートとキラキラの石にでかいリボンがいっぱいの服。観覧車の時、俺の選んだ服のことで怒っていたけど、本当は気に入っていて父親に買ってもらったのだろうか。


 それに片足立ちで機械のステッキを振り上げたポーズ、言っていたセリフ…マーリィになったつもりで真似をしている? あぁ、女の子が憧れを自由にする遊び…おままごとか。レンもしていたとは意外だったな。


「ただいま」


 声を掛けると様子が変だった。ビクンとなって毛を逆立てたまま返事がない。ガクガク震えながら首だけがゆっくりこっちを向く。その表情はとんでもなく怖いものでも見たようなのに真っ赤だった。


「コ……アッチ…これは…ちゅっち…ちがくて…」

「それ、石が赤いから100話に出てきた格好だろ。結構、似てる」

「へっえ…そっ…そう…か?」


 前にも言っていたが、レンは見られるのが恥ずかしかったらしい。どうしてかと聞いたら、レンは答えなかったが段々と落ち着いて普通に戻った。


「かかって来い!マーリィ!」

「望むところよ。くらいなさい!プリティ・ギガンティック!」


 しばらく遊びに付き合い、父親が帰ってきて大急ぎで道場に向う。


 母親の方の家も楽しそうだったけど、こっちでも楽しませることはできる。分からなくても今は気分がいいのだから、いつも通り目の前の出来ることをやろう。

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