第30話 気持ちの壁
普通のことを聞いただけ。そのはずだけど2人に良くない間が空いているのを感じた。
「え…はは、どうだろう、ね…」
「父さん、寂しすぎて変になってるし…お…わ私もママにいて欲しいなぁ…って」
「…ごめんね、まだ帰れない、かな。でもこうやって会うことはできるから」
今までの元気で適当だった時とは違う。人に怯えて目を逸らしながら笑う2人は親子でそっくりだった。
「そっそれより、あそこのテーマパーク! 今人気みたいだから行ってみない?!」
急に声を張る母親の指さした先には変で派手な建物だらけの場所がある。話をすり替えられていたが、レンはそれ以上聞き返さなかった。
それから変な乗り物たちで揺れたり走ったり落ちたりして、今は大きな車輪にぶら下がっている部屋に入ろうと並んでいる。観覧車といって高い位置からこの街の一番きれいな景色を見れるらしい。
『扉が開きます。最前列3名様、足元に気をつけてお入りください』
「あっごめん、ちょっとぉ…2人で楽しんできて!」
もう少しで乗れるという所で母親が列を抜け、慌ててどこかに行ってしまう。
気になって後ろ姿を見ていると誰かと連絡しているみたいで話し相手が一瞬だけ見えた。もう少しよく見ようとしたが、レンが黙って先に行ってしまったから急いで後を追う。
「…」
車輪が回って部屋はどんどん高く持ち上がり、人や建物は小さくなっていく。足元も透明だから良く見えた。
楽しい乗り物。そのはずなのにさっきからレンが外も見ないで今にも泣きそうな顔をしているから気になってしょうがない。やり取りを聞いていた感じだと母親が帰って来れないのが悲しいのだろうけど、そんなに思い詰めることだろうか?
「気分が悪いなら外を見れば楽になるかもよ」
「…んぅ」
返事がハッキリしない。今は話し掛けない方がいいのかと目を窓に戻した時…
「…ナナシはさぁ」
部屋がほんの少し揺れたと思ったら、向かい側にいたレンがすぐ隣にいた。
「自分の親に会って話してぇとか思わねぇの?」
俺の親? なんだ急にと思ったけど、今はそのまま聞くよりも少し慎重になった。
どうしてそんなことを聞いて来るのか。理由として考えられるのが、悲しさをどうにかする手掛かりを俺から探そうとしているのかもしれないってこと。でも、おかしい…レンにはもう俺の親はいないって話したはずなんだけどな…
「気になるけど、他の楽しいことをしていると忘れられる。それに今はやることがあるから、暇になって会いに行けて…気が合えば話し相手くらいにはなれるかも」
「ちげぇって! ナナシは神社に置いて行かれたんだろ? 何でそんなんしたんかとか、それでも親なんかとかだよ!」
いきなりガッと肩を掴まれた。
な、なんで俺に怒ってる? 考えて答えたのに…どうしたらいい?
「いっいや…親が子供を育てるかは分からないし…大人の気分を悪くさせるのは危ないし…それにレンみたいに色々言うと…気まずくなりそうだし…」
初めてこんなレンを見た驚きのせいで多く喋ってしまった。レンは静かになったが、下を向いて震える唇にギュッと力を入れている。そして真っ赤な顔に涙を溜めて「なんだよそれ…」と呟いた。
「ナナシだって母さんに変な奴だって思われてたんだぞ! 頑張って少しくらい笑えよ! それにあの服、すっげぇ恥ずかしかったんだからな!」
不味い、すっごい怒ってる。頬をつねられて無理やり笑った顔にさせられる。痛い。
「ごべん、わはらあかった。ひをふへるはらはらひへふれ」
(ごめん、分からなかった。気をつけるから放してくれ)
力では敵わない。こういう時は下手に何かしないで謝った方がいいと知っている。上手く喋れなかったが、気が抜けたように手がゆっくり離れて「わりぃ」と擦れた声が聞こえた。
ボロボロと大粒の涙が落ちる。
俺の答えたことが間違いだとするなら、全部『そうだ』と言えば良かったことになる。よく考えれば、それは今のレンの悲しみにも当てはまっていた。
もしかして…理由や手掛かりを知りたかったわけじゃなく、自分の気持ちと同じになって欲しかったのか。前にも自分と同じ風にさせて安心しようとしていた人を見たことがある。
「なんで母さん…帰ってきてくれないんだろう…」
「え…
安心させることを言いたかったが、もうどう言えば正解なのか分からなかった。
「お願いだから…あの指輪もいらないからさ…ナナシはずっと、どこにも行かないで…」
椅子に置いていた手に涙で濡れた両手が覆い被さる。そういえば指輪を渡した日も母親の話をしていた。今までの近すぎる距離、心配そうな眼、すごく臆病なところ。やっと大きな原因が分かった気がした。
「分かった、行かない。でも、指輪を返すのは泣かないで安心できるようになったらでいい。それでも不安なら頑張るから、何でも言って欲しい」
泣きすぎて鼻水が服に垂れそうになっていたから親指で拭き取って、ティッシュを渡す。
正直、ずっと一緒に居られるかなんて分からない。お互いにそうできない時があるかもしれないから、これは自分にも相手にも良くない嘘だ。でも、今がハッキリさせない方がいい時なのかもしれない。
「えっと……んぅ」
両手を広げて俺に向き合う。ポーズだけでたまに頼まれるやつだとすぐに分かった。お互いに体を抱えて、しばらくそれが続く。レンは俺の匂いを嗅いで、よりギュッと力を強める。
これが何なのか前に気になって調べたら抱擁といって、触れ合ったり、くっついたりして仲が良いことを確認することらしい。相変わらずレンは心配性だ。でも、苦しいはずのそれが不思議と俺も少し心地よかった。
観覧車が一周し終わって外に出る。すると母親が笑顔でアイスを手に待っていた。どうなるのかと思っていると、レンは何もなかったみたいに「ありがとう」と嬉しそうに受け取る。理由や気持ちが全部わかるわけではないけど、顔を作っているのは何となく分かる。
せめて少しでも気分がマシになればと思って、ここを出る最後、損をさせないという約束で母親にディスクの的当てをやらせてもらった。
「凄い!ナナシ君、有言実行じゃん!」
「何で出来んだよ!」
ジョーさんとの練習のおかげだ。レンと母親に取った人形を渡すと大袈裟なくらい喜んでいて、さっきの気まずさを忘れていく。俺も気分がいい。他にも色々なゲームをして遊んだ。
そうしている内に時間はあっという間に過ぎて夕方になり始める。秘密の外出ももう少しで終わろうとしていた。父親がバイトから帰ってきてしまうし、母親もこの後に予定があるらしい。
帰ろうとして出口の門に着いた時、レンが「ごめん、少し待ってて!」とトイレの列が出来てる赤い方へ並ぶ。青い方ならガラガラなのに。
「カイさん、聞いていいですか?」
「ん、なに?」
「なんで皆、青い方には入らないんですか?」
母親はボーっとした後、笑いながら「えっ新手のセクハラ?」と聞いてきたが、俺の顔を見てすぐに説明を始めた。
「男と女で分かれている理由は?」
「あ~へへっ、なんでだろうね~」
適当な返事をすると母親はベンチに座ってリングの画面を見る。
分からないことにあんな多くの人が従うはずがない。言い辛いことなのだろうか。後でレンにも聞くことにして俺も隣に座った。
…
「ナナシ君ってさ…」
喋らずにいると画面を見ながら声を掛けられる。
「もしかしてレンレンの
「え…はい。一応、ペアで闘技大会に出ようとしてます」
「はは、やっぱり〜そうだと思った。時々意識してるもん」
俺とレンは自分たちがやろうとしている動きを先に考えて、たまにそれが合っているかの区切りを作る。お互いに目を見たり、わざと前に出て追い越したり、憶心の練習でずっとやっていたから普通の時も勝手にやってしまう時がある。でも、そう目立つことでもないはずだ。
「ヤになる時もあるかもしんないけど…レンレンに寄り添ってあげてね。あの子、私に似て少しビビりだからさ」
引っ込み気味で固い笑顔を向けられる。意地悪になってしまいそうで言い辛かったけど、変だと思ったからこそ聞きたくなった。
「カイさんは何で近くにいられないんですか?」
母親は少し黙って、鼻から息を吐く。そしてリングを触ってあるものを見せてきた。気の弱そうな顔の整った男の人と座った赤ちゃんの写真。男の人は観覧車の時に話していた人だった。
「可愛いっしょ、フウタっていうの。レンレンの弟、まだ1歳なんだけどさ、元気過ぎて動き回るから見てないと大変なんよね」
子供は大体が一組の雄と雌が作るものだと図鑑を見て知っている。多分、これは写っている男の人と母親の子供ってことだろうか。
「この子の面倒を見るのが忙しいってことなら、何でレンにそう言わないんですか?」
「それは…えっと、レンレンには言わないでね。いきなりはショッキングだから」
「ショッキング?」
「大人には色々あってだね~。出会いあれば別れあり、別れあれば憂いありで…」
「よく分からないです」
話が合わない。すると母親はふざけたような話し方をやめて家族はいるかと俺に聞いてきた。「いない」と答える。
「もし大切な人がナナシくんから離れようとしてたら、ナナシくんはどうする?」
「その人との時間が無駄にならないように頑張ります」
「あ~……大抵の人はさ、その人にそのつもりがなくても裏切られたって思って、悲しくなったり悔しがったりしちゃうんだよね。レンレンもそういうの、まだ受け止められないと思うからさ、陰ながらナナシくんが支えてくれたら嬉しいな〜っなんつって。子供にこんなこと頼むのも何だけど…ナナシくん、番だからさ」
裏切る…確か、途中で別の方を選ぶことだ。多分、母親がレンに対してで、だとすると悲しいや悔しいはレンが母親かフウタ君に対してだろうか。
あとで調べたけど、人間の子供は他の動物と比べて育てるのが大変だから、二人一組になって一緒に協力するという約束を普通はするらしい。母親は約束で父親とレンじゃない違う方を選んだってことになる。
別にどっちを選ぶかに決まりはない。でも、きっと選ばれなかった方は“困る”よりも凄く嫌な気持ちがするんだろうな。だからレンはあんなに泣いていて、父親はおかしくなっているのかもしれない。
最近の自分にも心当たりがある。
「…分かりました」
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