第33話 闘志
『球技教室ペアの試合放棄により、極道場ペアの勝利です。選手の皆さんは所定の位置に着いてから各自控室にお戻りください』
女の子がため息をついて「ん~」と俺にボールを返せと手を伸ばしてきた。投げて渡し、男の子がこっちに人懐っこく手を振って、2人は帰っていった。そんなに悔しい顔もせず、仕方がないみたいにして笑い合っている。
最初から最後まで他のペアとは違う。あんまり手応えがなくて、ぼんやりと控室に戻った。
「なんだったんだろうな」
「わっかんねぇ、でもすぐ終わってラッキーじゃん。己も人蹴らずに済んだし…」
「お疲れさん! よくやったよくやった。2人とも体は?」
父親が飲み物を手にして寄ってきた。女の子の生体質を受けた腕のことも全部を合わせてほぼ無傷だと伝える。
「相手の生体質が分からない内はもう少し慎重になってもいいかんな。次のことも一応、頭の片隅に置いといてくれ?」
「はい」
「じゃあ、己は次の試合の抽選に行くから、もう一回コンディションお互いによーく確認しとくように!」
ずっと慌てている様子だった。ここまで勝ち上ってきたことの興奮と焦りなのか分からないけど、こっちまで緊張するから落ち着いてほしい。
父親は大会の偉い人たちの場所へ行き、俺たちはベンチで休みながら身体の調子を見る。
「腕…ホントに大丈夫なんか?」
レンは何気なく俺の道着に手を突っ込んでカバーをめくり、右腕をむき出しにした。心配するのを理由にしていつもみたいにしつこく腕を撫でてくる。
今じゃほとんど肌色が残っていなくて肩まで真っ黒になっている。痛みを感じる部分が減って良くもあるけど、隠し辛くもなってきて、レンに触り心地がいいこともバレてしまった。
「…なんでだか、なんともない」
女の子は白い膜の玉をボールに入れて操っていた。俺の腕も後になってボールみたいにならないだろうか。そう不安になり始めていたら…
「おっ、イチャついとる」
横から声を掛けられた。レンを陰にして急いで右腕のカバーを戻す。振り向くとそこには、さっきまで戦っていた球技教室の2人がいた。
「こんちゃ」
半笑いの女の子が片手を上げて挨拶してきた。急で驚いたけど一応、挨拶を返す。レンも固まって俺の後ろから小さくそれに続いた。
「リオンがどうしてもアンタらに会いたいっていうからさ」
「なぁ、お前らの動き、凄かったな! なんであんな咄嗟に連携できるんだ?」
女の子の困ったような説明の後、男の子が目を大きく開いてグイグイ寄ってきた。また武器を取るのは卑怯とか言われるのではないかと構えていたのだけど、そんな様子でもなさそうだった。
逆に俺たちの動きを合わせる方法を出来れば教えて欲しいという。
正直、何となく動いていたらああなった、そういう練習をしている、としか答えられない。父親が奥義とか言っていたから答えていいのかも分からないし、どうしても知りたいのなら父親に言った方がいいと教えてあげた。
女の子の名前はガラグハ、男の子はリオン。色々話を聞いていると、2人は元々人を倒す戦いではなく、ジョーさんみたいに遊びを本気でやる競技をやっていて、この大会にも「対人の奴らにバカにされた仕返し」のために参加していたらしい。
「えっ最後のって、アンタが何かしたって思ったけど違うん?」
「何もしてない」
「なーんだ。じゃあホントは俺っちの勝ちだったかもしれないのか」
「かもしれない…それより後で腕が吹っ飛ぶとかはない?」
「集中してないと力は勝手に散るし、そんな陰気臭いことしないよ」
2人は俺が顔を作らなくても、自然と会話が出来るようなとても楽な人たちだった。ロノイ君以外に戦ったことのある話し相手、しかもペアでは初めてだ。
どういう練習をしているとか、パートナーが調子の悪い時はどうしているかとか、ためになる話を思いつくだけした。
「ガラグハたちはどう連携してるんだ?」
「アタシたち大体フォーメーションとポジションでやること決まってるからさ。後は相手の生体質を見てどれやるかって感じね」
「まぁその場のノリだったり、たまにサイン出したりもする」
「ふーん、俺たちと似てるところもあるんだな」
聞かせてもらったことを飲み込んでいると、ガラグハの目が俺と黙って縮こまっているレンとの間を行き来しだす。
「…ねぇ、アンタたちってホントに姉弟なの?」
大会に出るための嘘を指されて少しドキッとした。
「どうして?」
「顔似てないし、雰囲気的に?」
「良くないよ、ガーグ。そういう風に土足で踏み込んじゃ」
「えー、なんでよ。聞いときたいじゃん?」
ガラグハの目がこっちに留まってニヤッと笑った。知り合いになろうとしているのだから、自分たちについても話した方がいいのだけど、俺のことを色々教えるのは危ない。
そうだな…まだ姉弟ということにして、それらしい説明をしておこう。
「そ」
「姉弟じゃ…ねっな、ないよ」
え?
「けど、なっナナシは家がないから…己ん家に住んでて…すっげぇ仲良いいから、大会も出てる…」
聞き違いかと思えるくらい、レンはパッと立ち上がって球技教室の2人を見下ろし、オドオドと俺の秘密がバレるだけの話を口走っていた。
「へぇ…そうなんだ」
ガラグハは大丈夫そうだったが、リオンは怯んで困っていた。雰囲気がおかしい気がする。
レンの言葉を誤魔化すか? いや、変に疑われるのも面倒くさいし、合わせて別の理由を取ってつけた方がいいか…
「…あ~、めんどくさそうなヤツら来たなぁ」
言い訳を考えていたら、ガラグハは何かに気づいてそう呟いた。
「リオン、戻ろ」
「え、もう行くの?」
「いいから。じゃあね、また話そ。錬とナナシ」
「んぅ…今度、道場に連絡するから練習教えてくれー!」
後ろの扉から出ていくガラグハとリオン。それとすれ違って、2人組が数人を引き連れて近づいてきていた。白に黒い線の入った同じ服を着ていて、胸にトゲトゲの枠の中に模様の入った剣のマークがある。
「赤土なんかと口を利いていたのは、やはり極道場の2人だったか」
「ふっ、蛮族同士で気が合うのかな?」
めんどくさそうなヤツら。誰かと思えば見覚えのある…いや、忘れもしない相手だった。
交流試合の時に俺を電撃で気絶させた双子。前に会った時みたいに怒ってはいないようだったが、今はバカにしてくるくらいの余裕がある態度だった。わざとクサいと思うくらいに。
「何か用かな?」
俺がそう聞くと左が鼻を上げて答えた。
「この前は誰かが寝てしまったせいで、挨拶もなしに失礼してしまったからね。今回は態々僕たちの方から来たというわけだ」
「再会早々に残念なお知らせだが、極道場の次の対戦者は僕たちになった」
「それと、この部屋は今からメローリップで使うことになったんでね」
「小者の父親が来る前にさっさと立ち退いて、反対側に回ってもらえるかな?」
双子は決まって左から右の順番で話す。
その話が本当かは分からないが、この自信満々で勝ったつもりの顔が、態々間違いを言いにくるようには思えない。それにずっと絡まれるのも面倒だし、向こうは大人数だ。
「分かった。でも、この前みたいに引き離されないよう俺たちも考えてきている。だから気をつけた方がいい」
油断してくれるかもしれないと思って、そう言い残してから静かに荷物を持った。笑ってからかう双子たちを避けて、レンと後ろの扉に向かう。
「見てください、ジン兄さん」
「恥も分からない、あの惨めな姿を」
「ぁ…あぁ…」
後ろにいた周りより少し背の高い人。薄赤い髪もボサボサのまま俯いて、元気が抜け出ているような感じ。あれが前にレンが勝ったっていう双子の兄なのか。もしかしたら、しつこくバカにしてきたのは兄にそれを見せるためだったかもしれないな。
まぁ、だとしても…
「勝ちたいな」
「う…おう」
廊下に出ると慌てて俺たちに部屋が移ったことと、対戦相手が決まったことを父親が伝えてきた。本当は違う相手で部屋もそのままのはずだったが、急に大会の偉い人から変更があったと言われたらしい。
俺たちは反対の控室に移動して試合が始まるのを待った。
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