第34話 目的のため
‐ 坂道合技下段大会 準決勝 ‐
まさか今日、この時が来るなんて思いもしなかった。
交流試合のあの時、俺のせいでペアが負けてしまった、もっとよく考えていれば、気絶してカッコ悪いところを見られた…
寝る前やどうでもいい時に何度も頭に嫌な記憶として思い出される。
多分、本能が俺に『忘れるな、リベンジしろ』と言っているんだと思う。その鬱陶しさも今日で終わらせられる。
『ただいまより準決勝、極道場ペア 対 メローリップペアの試合を始めます。選手の皆さんは所定の位置についてください』
聞き取りやすい男の人の声で前に出る。大会の終わりが近いということもあってさっきよりも周りの声が大きい。
向こう側で双子が自分たちの剣の調子を確かめている。バカにするような笑いもしっかり忘れていない。気を抜いててくれればと思ったけど、まだ分からないな。
『ホイッスルで試合開始です。両ペアは構えてください』
二つの剣の先が向けられて、俺たちも構え、開始の[ビー]という音が鳴る。
俺たちが仕掛ける前に双子が動いた。
同じポーズだった2人が縦一列に並んで1人になったみたいに見えた瞬間、助走も脚を動かすこともなく物凄い速さで突進してきた。
来ると分かって俺はレンの手首を掴む。レンはすぐさま後ろに引くように俺を振り回し、俺は勢いに乗って突進してくる一人を横から殴りつけた。
双子の一人…多分、エンは左腕の小さな盾でそれを防ぐと、滑りながら床に剣を突き立てて勢いを弱める。
危なかった。突きがレンに当たるギリギリだったけど、何とかなった。
双子の生体質について何度かリングで調べたり、聞いたりした。確か『電磁力』とかいう能力で、読んでもイマイチよく分からなかったけど、自分とそれ以外の間に引き寄せる力と離す力を付けることが出来るらしい。最後のビリビリはそれで溜まった電気を使っているんじゃないかってことだ。
さっきのは離す力を使った突進…前はやってこなかった攻撃だ。見れなかっただけか、それともあっちも戦いの練習はちゃんとやってるってことなのか。
なら、こっちにも相手ペアが離れた時に使うつもりだった突進攻撃がある。今がそれだとお互いに分かって準備に入る。
俺が頭の上で腕を交差させるとレンは飛び上がって、開いた掌に足を載せた。屈んで生体質の力を溜めながらゆっくり前へ倒れ込み、双子のもう一人、ミラを見据える。
そして体が相手へ一直線になった時、俺も吹っ飛ばされないように全体重を前にやって交差を開きながら押し投げる。同時にレンは思いきり跳ねて身体を横に回転させながら飛んでいった。
一瞬で迫られ、慌ててミラは避けようと直線から逸れる。
流石に突進が速くても最初の動きを見られていたら避けられるかもしれないのは分かっていた。だから攻撃はもう一段ある。
レンは脚を振って床に手を突くと逆立ちになり、そのまま脚を開いてコマみたいな回転蹴りに繋げた。ロノイ君の技から思いついて2人で練習した技だ。
「ぬぐッ!」
蹴りは身体を守ろうとした腕に当たった。レンが本気なら腕ごと吹っ飛ばせるのだけど、上手く生体質を使って逆に回転しながら勢いを弱めていた。
惜しい。でも今なら痛がってるみたいだし、もう一方のエンが助けに入ろうと走るけど、俺の方が速く届く。そう思って全力で走りながら逆立ちのレンと目を合わせた。
レンが仰向けに倒れて上げた脚に飛び乗り、蹴り飛ばされながらジャンプした。そして回転しながら距離を取るミラに攻撃を仕掛ける。
いくら滑って勢いを減らせても今回転している逆の方向に蹴れば間に合わないだろう。
でも、あと少しのところだった。急にミラの体が準備の動きもなく移動して横蹴りが空振りに終わる。
着地して振り返ると双子がお互いに寄り掛かるみたいにして揃っていた。多分、躱すため急に引き寄せる力を使って加減を間違えたんだろう。
余裕ぶって馬鹿にしてきた顔に汗が垂れている。始まって早くもいい感じだ。
この調子で次はどう出よう…ん?
風が起こったと思ったら、間を空けずにレンが双子に向かって走り出した。
体勢を戻される前に勝負を決めようってことか。何の『合わせ』もなかったのが少し気になったが、急いで後から俺も続く。
レンが走りながら両足に生体質を使って力を溜め、片足で大きく踏み出して距離を縮めるともう片方で蹴りを入れようとする。
ちゃんと立つことも出来ないまま双子は危険に気づいて急ぎ生体質を使う。離す力でお互い反対方向に滑ってレンの蹴りを躱した。その間を風を切る音が通り抜け、寄せる力を使いながら後ろへ下がって集合する。
攻撃は外れて体勢も整えられてしまった。こっちも一回、仕切り直したい。だけど、レンは生体質を使った攻撃を続けて止まろうとしない。
「?」
どうしてなのか、急にレンのやろうとしていることが分からなくなった。最近じゃ珍しいのに今に限ってなるなんて…とにかくこういう時は焦らずに合わせを直す。2対1で攻め切られる前に急がないと。
一発ずつが生体質で強められたレンの攻撃。俺でも避けるのが難しそうなのに双子は離す、寄せる、滑るを上手く使い分けて躱していた。褒めるのは悔しいがキレイな連携だった。
「レン!」
声を掛けて動きが止まり、その隙に打ち込まれそうになっていた突きを横から蹴りで弾く。目を合わせたらアワアワと開いた口をまた食いしばって攻撃を続けようとしていた。
ここで感じていたことがハッキリした。レンの意識が変な方向に集中している。
緊張が高くなり過ぎた時、攻撃を当てられた時、どこかに行って中々戻ってこないことは前にもあったけど…
そうならないために始まるついさっきも気分や身体、注意の確認はし合ってた。なのに、この短い間に何があった? 何が原因…いや、それよりもどうやって意識を連れ戻すかだ。今のままじゃ相当マズい、生体質を使い過ぎている。
レンの生体質は使い過ぎると痛みに強いレンでも動けなくなるくらいの痛みがやってくる。汗が煙になって、すごく息が荒くなっているのがそうなる前触れだ。
そして限界がすぐに来た。続けて出した二発目の飛び蹴りが躱された時、動きが止まって苦しむ顔がこぼれる。
助けに走ったが、それを見逃さなかった双子の方が速かった。離す力でミラが真っ直ぐ飛び出し、エンの寄せる力で曲がりながら回転して勢いづくと剣を横に大きく振り下ろした。
「あぐッ!」
レンは生体質の横蹴りで迎え撃ったが、痛みで押し切れずに吹っ飛ばされた。間もなくエンが追い打ちを掛けようとしている所に急いで割って入り、全力以上を出すつもりで剣ごと殴り飛ばした。
「レン、動けそうか?」
「ははっ、へっ平気…まだ…己、頑張れるから」
ぼんやりした目で下を向きながらヒビの入った脛のプロテクターを押さえていた。俺のことが見れていない。まだ何か余計なことに意識が持っていかれている。これじゃあ、動けても同じことの繰り返しだ。
どうすれば焦らせず冷静になってもらえるか、どう伝えるのが一番早いか。考えている間も双子はこのチャンスで勝負を決めようと次々攻撃してくる。レンを守りながら食らって防いでがやっとだ。
それを見てまたレンが無理に生体質を使おうとしたギリギリに思いついた。
「召喚メルン!」
攻撃の間を抜けて拳を突きあげ、大きな声でそう叫んだ。双子は警戒して離れていき、レンはピタっと動きを止めた。
「プリティ・ギガンティック!」
俺は恥ずかしさを振り切って、技の名前を言いながら戦った。レンの様子は後ろで見えないが伝わっていることを願った。
双子は段々苛ついたような顔になって攻撃をより激しくさせ、俺の顔面に突きを撃つ。
避けきれなくて最悪、意識が飛ばないよう踏ん張って覚悟した時だった。
「…ライトニングガード」
後ろからスッと手が伸びてきて剣を掴む。レンが歯を食いしばりながら防御に加わった。生体質は使っていない。戻ってきてくれた。
なんとか攻撃も受けきれるまで体勢を持ち直し、今度は逆に押し返す。調子が上がって、やる気も戻ってくる。
そんな俺たちを見て、双子たちはより苛ついた顔で鏡合わせのように剣を構えた。強力な一撃が来そうで身構えていると、二本の剣は俺たちの間に差し込まれ、不思議な感覚の後にすんなり背中合わせの双子に割って入られた。その次の瞬間、凄い速さでレンから離されていく。
何が起きたのか、考えるより先に足の指だけが床に擦れる感覚で自分が浮かされているのに気づいた。俺を浮かした後、離す力でツルツル押し出している。
こんな便利な技を隠していたのか。でも、今になって使ってくるってことは勝負を決めようとしているってこと。それにレンと引き離された…あの時と同じだ。
エンは俺を突き飛ばしてミラへ手を伸ばす。やっぱりだ、電撃が来る。
悩んでいる時間はなさそうだった。すぐにレンの方へ真っ直ぐ拳を向けて合図を送る。俺たちはこの時のため、『引き離されないように』と『引き離されたらどうするか』を考えて練習してきていた。
だけど、それにはレンの生体質が必要になる。こっちへ飛ぼうとして想像できないくらいの痛みに耐えているのは見るまでもない。
目の前に揃った双子の掌同士が合わさり、重なった剣からビリビリと光と音が出始めた。
その時、俺の拳の先に風が当たる。そして当たると同時に拳を開き、次に手の甲から腕、肩、そして反対側へと転がるように伝ってレンが着地した。最後に[バチン]と拳同士が重なって音を鳴らす。
双子は構わず電気付きの剣を突き出した。まず、その二本の剣先を右手で掴んでやる。前の時はまだ右腕が全部黒くなかったから出来なかったけど、今なら俺に電気が届くことはない。しかも双子は俺の生体質のことを知らない。
「?!」
驚かせることはできた。でも2人の力に対して俺は腕一本、このままじゃ押し切られて身体に当てられる。ここからが反撃だ。
俺は大きく前に踏ん張って右肘を後ろに突き出し、レンは後ろ飛びから床に手を着いて助走の体勢になる。そして俺の肘へ飛び込んで両足を置くと、また生体質で蹴り上げる。
最後の全力を出すレンに応えて俺も歯を食いしばった。レンの力が腕を伝って、それに合わせて剣を押し上げる。
滑る生体質を使う隙も無い。双子は短い声を上げて枠の端まで吹っ飛んだ。
受け身も取らずに倒れ込み、動かなくなる。俺の手の中には2本の剣だけが残る。多分、衝撃を逃がせずに2人の腕は外れるか折れるかしていただろう。腕が黒くなってなかったら俺も只じゃ済んでいない。
『選手は動かないで下さい。資格者が確認に向かいます』
始まりの時と同じ音が鳴ると医務室の機械たちと一人の大人が双子の様子を見に来て試合が止まった。動くなと言われたが、もう動いている途中で止まれなかった。
「脚、痛いか?辛いか?」
「ハァハァ、だいじょぶ。それより…試合」
全身凄い汗と熱だった。右足のプロテクターを外すと双子にやられた痣が痛そうに腫れている。とても大丈夫じゃないのだけど、レンが気にしている通り、試合に勝つにはこっちが続けられるように見せなきゃいけない。今は耐えてもらって、後は双子次第だ。
『判定によりメローリップが試合続行不可能となりました。よって極道場の勝利です』
息がしづらい中で待っていると男の人の声が俺たちの勝ちをハッキリ言った。やっとリベンジが出来た。また目的に近づけた。
「やった、勝ったぞレン」
片足で無理に立ち上がろうとしているレンに肩を貸して、嬉しさが余って分かったことを繰り返した。レンもホッとした顔で「わりぃ…」とだけ言って寄りかかる。
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