第35話 優しい兄


 気絶した双子が機械たちに運ばれていき、舞い上がる声たちに囲まれながら試合は終わった。


「ナイスガッツ。だが、まずは足だ」


 いつも通り一番に父親が駆け寄って来て、屈んでレンの足を診る。


「辛うじて折れてはないな。ナナシ君の方は?」

「俺は大したことないです」


 そう教えると父親は唸りながら少し考え、俺たちの肩にポンと手を載せた。


「このまま続けるかは医務室の手戸さんのお許しとお前たちの意思に任せる。試合に出れないでもチャンスはまだあるから心配はする…」

「すいませーん、救護ボット足んなくて。そっち大丈夫っすか~?」


 格好良く言い切る前に気の抜けた声が割って入る。見ると青と黄色の服を着たお兄さんがヘラヘラ近づいてきていた。父親はムッと口を閉じ、「大丈夫です、こっちで運んでくんで~」と偽の笑顔で返す。


「ならよかったっすわ。丁度、今から関係者方に連絡事項があって、最さんにも来て欲しいって言われてたんですよ」 

「あぁ…娘を医務室に連れて行ってからでもいいですか?心配なので」


 笑っていても少しイラついているのが声と顔の固さで分かる。レンを覗くと何となく申し訳無さそうな顔だった。今まで父親が大会の色んな人に擦り寄ろうと頑張っていたのは俺も知っている。


「俺が医務室まで連れていきます。だから最さんは行ってきてください」


 父親は最後まで悩んでいたが、後で医務室に集合する約束をして階段を昇ってった。


 足元に気をつけながら少しずつ医務室に向かう。さすがのレンでもさっきの試合の後でぐったりと動きが弱い。


「さっきの双子のやつら、医務室にいっかな…な、なんも言われねぇといいけど」


 俺が様子を見ているとキョロキョロしながら無理に笑って話を切り出した。


「大人がいるから何もしてこないと思う。話し掛けられるのが嫌なら俺がレンの耳を塞いでおくから大丈夫だ」

「わ…ありがと」


 2人きりなのにどうしてか緊張を感じる。試合で憶心が上手くいかなくなったことのせいだろうか。


 疲れているレンにそれを聞くのはあまりしたくないのだけど、次の試合があるかもしれないし、今話しておいた方がいいか。


「…なんで焦ってたんだ?あの時」


 聞かれるのが分かっていたのか、いつもみたいに聞き返してこなかった。少しして「わりぃ…ごめん」と下を向く。レンの癖だ。何より先に謝ってしまう。


「己にも分かんなくて…なんかしねぇとって急になって…前に出てて…」


 声が泣いてるみたいになってる。いや、泣いてるのか?


「俺も気づけなかったから謝らなくていい。今は平気なのか?」

「おぅ…次は平気」

「レンでも気持ちが分からないことがあるんだな」

「そんなん、あるだろ…ふつう」


 残念とか困るとかよりも…レンにも俺と同じことがあるのだと、まだ知れることがあるのだと少し嬉しかった。


「また後で考えよう。それと俺の前以外で泣くのは我慢してほしい。負けそうなのがバレる」


 レンが小さく返事をして話は一旦終わった。もう少しで医務室に着く。


「ちょっと~!」


 すると、入口の前で交流試合の時もお世話になった手戸のおばさんが、青と黄色の人と言い合いをしていた。


「うちの救護ボット3台、戻ってこないんだけど」

「それがぁ、メローリップ…ガドル家側の人たちが身内はうちの医療班で診るって言って…」

「なに?!私が三流資格者だとでも?」

「いや、俺に言われても…」

「もういい!私が直接取り返してくるわよ。一緒に来て!」


 どうやら双子は部屋にいないらしい。レンの心配事が一つ減ったのはいいけど、勢いに押されて声を掛ける前にどこかへ行ってしまった。


「…部屋で待たせてもらおうか」

「おう」


 扉に手を掛ける。


「君たち…」


 じっとりとした声が後ろから聞こえた。薄っすら陰が伸びてくる。どうしてなのか、とても背中がゾクっとした。首を振り向かせると、背は高いが猫背でボサボサの薄赤い髪の男がいた。控室で一度会った双子の兄だ。


「何か困ったことでも?」


 聞かれていることは普通の親切だけど、不気味な感じがする。とりあえず、レンと一緒にぐるりと回って正面を向いた。


「控室でも会ったよな。メローリップのガドル・ジン、エンとミラの兄だ。試合、前列で見届けさせてもらった。見事だったよ、まさか弟たちの秘策が通用しないとはな。電撃が通らなかったのは君の能力だったのか? それとも…」


「すいません。話すのもいいですが、今パートナーが怪我をしていて早く休みたいんです。だから用がないなら俺たちは行きます」

「失礼、少し待ってくれ。見たところ資格者は出払っているようだ。良かったらメローリップに医療班がいるから案内させてもらえないかい?」


 理由の分からない親切は受けない方がいい。でも、今は少しでも早くレンを診てもらいたいし、案内してもらえる場所に手戸のおばさんがいるかもしれない。それにここなら変なことは起きないだろう。お願いしてついて行くことにした。


「弟たちはコンビネーションで初めて遅れを取ってしまったと、君たちをかなり意識していた。対策を考える時間も一番多かっただろう。天才肌に見えて、実は努力家でな。自信を失った俺などを気に掛ける優しい弟たちだ。少々辛辣ではあるが、誤解してやらないでくれ」


 背中越しで俺たちの顔も見ず、聞いてもいないのによく喋る。歩くのも速い。聞く感じだと弟たちをいい人だと言って、俺たちと仲良くさせようとしているのだろうか。


「2人はレンがジンさんを倒したことに凄く怒ってました。嫌がらせをしようとしていたなら、止めてくれると助かります。それとも、ジンさんもまだ怒っているんですか?」


 レンが目を見開いて少し声を漏らす。


「…確かに、こちらが胸を貸すつもりの勝負で敗北したのは、受け入れるのに時間がかかったよ。しかし、それは単に俺の驕りと未熟さによるもので、腹を立てるのはより惨めになるだけだ」


 最悪な予想と違って、ジンは背中を萎ませただけで落ち着いていた。俺とそんな年も離れていないのに知らない言葉を使ってきて何だか大人に見える。


 余計な心配だった。そう思っていると、廊下の角に5人が集まって立っているのが見えた。控室で双子を囲んでいた人たちだ。さっき通り過ぎた扉にもメローリップのマークが貼ってあったし、場所はそこを曲がった先か。


「本当に頑張っていたんだ、弟たちは」


 急にジンがそう呟いた。


 さっきも聞いた。なんで同じ話をするのだろう。


 その疑問と結びつくように廊下の角の先を見て、心がざわざわし始める。


 暗くて薄っすらホウキや箱が置かれているのが見えるだけの行き止まり。医療班なんてどこにもいない。道を間違えたとも別の道があるとも考え難い。


「あの、どういうことですか?」


 ジンは足を止めて振り向き、5人がその後ろにつく。


「俺は落ちこぼれても、期待されなくてもいい。だが弟たちはダメなんだ。ガドル家を背負って立っている。だから、敗北は許されない…」


 ブツブツ言いながら暗い目が鋭く向けられる。普通じゃない。悪いことが起きているのだとすぐに分かった。


「修正しなければならない…恨んでくれて構わない。蔑んでくれて構わない」


 レンを持ち上げ、急いで反対方向に走った。


「…ッ!!」


 眼の前が一瞬光り、全身がビリビリ痺れて床が眼の前に迫ってきた。


「逃げられないぞ…もう闘技者として立つこともない」


 何が起きてる?

 生体質を使った?

 解放場じゃないと、すぐにバレて怒られるんじゃないのか?


 疑問が多く湧いた。でも目の前ではもう起きている。あっちは6人でこっちは2人。しかもレンは怪我をしていて、生体質を使わせる訳にはいかない。戦ったら絶対に負ける。


「わ…かりました。俺たちは…戦いません。大会もやめます」


 右腕を立てて何とか体を起こし、上手く動かない口で話し合いを試してみた。すると周りの人たちがジンに呼びかける。


「ジンさん、もう…ヒッ」


 ジンは何も答えずに、ぶらんと下げた掌を後ろへ向けてバチバチと電気を見せる。それに怯えた一人が手を伸ばし、俺たちの後ろに青い膜を張った。逃げ道が塞がれた。言うことを聞くふりだけでもと思ったけど、話し合いも無理みたいだ。


 どうにかする方法が思いつかない、どうしたらいい、何かないか…


「…ナナシ」


 必死に頭を働かせていると、レンがフラフラと立ち上がる。


「己が…前に出っから…父さんに伝えに行け」


 そう言って、回し蹴りで青い膜を蹴り破った。ビリビリ音が鳴って、レンの足から焦げた臭いがする。


 確かに走れるのは俺で、時間を稼げるのはレンだ。何も間違っていない。いないのだけど、足がなかなか動かない。


「行って…くれ!」


 レンが構えて声を張る。俺は何とか走り出した。

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