第36話 捨て身
一歩一歩踏みしめて、どうするのが一番良いか、頭がまだ迷っている。
本当にレンを残してきてよかったのか。俺がいたところで勝てはしないし、レンを運んで逃げるのも無理だった。
それにアイツらは普通じゃない。試合でも解放場でもないのに生体質を使えていた。バレない方法でもあるのか?それともどうなってもいいと思ってるのか?
いや、考えても意味がない。どっちにしても残ってたら危険だった。俺の場合、重傷でNPAの病院なんかに運ばれたりしたら終わりだ。
俺が全力で走って、助けを呼びに行くのが一番…
「…」
一番…だけど、その時にレンはきっと無事じゃない。最悪、闘技大会には出れなくなるかもしれない。そうなったら約束を守れなくなって、道場に俺はいらなくなる。
やっとここまで…もう少し…あと少しなのに。
「はぁ…はぁ…」
でも、だとしても全部が終わるよりはいい。またどこかに住める場所を探して、何とか生きて、リング社の矢島って人を探す。
いつだって出来ることをただ頑張ってやるだけ。今、選んでいるのは俺だ。不安はないはず。レンも行けと言っていた。
そうだ…婆に言われた通りに生き残って耐えていれば次がある。次があれば今はダメでもいつかは…
…………いつかは?
彩夢お姉ちゃん、婆、指輪、レン…
いつかはって何なんだ? レンがいなくなって…何が残るんだ?
怖くなって、悲しくなって、また持っていかれるのかと悔しくて堪らなくなった。今まで重ねてきたレンとの思い出が溢れる。
抑えられない辛さが足を重くさせた。振り返ると廊下の角の向こうがピカピカ光る。吸い寄せられるように俺は走った。
倒れてうずくまるメローリップが一人、その奥に煙を上げて膝をつくレン。今にも止めとばかりに電気の玉が撃ち込まれようとしていた。
「?!…な…んで」
何とか右手が間に合った。レンの前に出てジンたちと見合う。
「気に入らない」
「え?」
「レン、お願いがある。今は…後ろにいてほしい」
レンを背にして鳥肌が立った。ハッキリ自分と本能が一緒になったような気がする。全部を出せって言われてるみたいに体の底から力が送られてくる。
この時、身体は慣れた構えでなく、どうしてか急に頭に浮かんだ構えを自然に取った。上に顔で隠した右拳、下に前の相手と取り組む左掌。最後に見た婆がやっていた構え。
今なら意味が分かる。あの時も…こんな感じだったのか。
「…全員で行け。右手に注意しろ」
ジンにそう言われて、オドオドと手前の左壁側にいた一人目が動き出す。掌に電気を溜めてボールを作り、こっちに向けようとしていた。
婆の動きを思い出す。憶心だけじゃない、思い通りにさせるみたいな動き…
飛び出して近づき、左手で振り払う。ボールは手と壁に潰されて消え、掌はべたんと壁に打ち付けられた。上から拳を振りかぶる。
相手は反対の手で顔を隠すけど、そこじゃない。
「がぁああぁあがぁ!」
壁に張り付いた手を思い切り殴った。めり込んで骨も折れただろう。今は相手も禁止を破っているのだから俺も守る必要はない。
続けて蹴りを入れたかったけど、右側から近づく音と光に気づいた。攻撃が来る。一人目を盾にして後ろに隠れ、二人目の持つ電気の槍の突きを避けた。盾は声も出さずに震えて気を失う。
「あっあぁ…間違えた」
この人たちでも電気は当たるのか。
盾の陰からパッと出て槍を右手で掴み、腹へ突き返した。痛がっている間に攻撃をしようとしているだろう残りの奴らの方を見る。
双子が使っていたような電気付きの剣が浮いて、こっちを狙っているのと、三人目が電気の紐に繋がった鉄の玉をグルグル振り回して構えている。四人目は剣を手に持ったまま動かない。
浮いた剣が飛んできて、何とか槍を持ち上げて弾き返す。すぐ次が来そうだったから、槍を引き戻そうとする二人目には、目を叩いて少し突き飛ばすだけにしておく。
そうしている内に電気の紐がこっちに飛んできた。槍で絡め取ろうとしたけど、先についた鉄の玉がスルスルと生きているみたいに避けて俺の左手に巻き付く。
棘に何度も肌を刺されているみたいな痛みだった。深く、熱く、痺れてくる。でも、気絶する程ではない。
さっき弾いた剣が今度は2本、それに動いていなかった四人目が剣を構えながら突進してくる。
痛みで萎えそうになるのに逆らい、腕を持ち上げて電気の紐を引っ張り返すと、三人目が踏ん張って頭を前に出した。そこへ槍を投げつける。肌に焼けた跡を残して紐が消えて鉄の玉が落ちた。
痺れは残るが休む暇はない。飛んでくる剣2本を右手で弾き、何かあるだろう四人目を迎え撃とうと構える。
「ッ!」
気づいたら脇腹を突かれていた。動きが急に速くなって見切れなかった。息ができない。我慢して殴りかかったけど、それも簡単に避けられてしまう。飛んでくる剣はジンので、四人目は早く動ける生体質か。
一度、下がって立て直したいけど、レンが狙われるから引くわけにもいかない。浮く剣2本と四人目…受けきれなくても今は相手をよく見ながら耐えるしかない。
そして少し動きが読めてくると、四人目の動きが段々鈍くなっているのに気づいた。その瞬間、四人目は剣を捨てて俺の右腕にしがみついてきた。放っておいた三人目も手探りで俺の足を捕まえてくる。
身動きが取れない。飛ぶ剣が次々来て、焼けた左腕で防ぐが物凄く痛い。早く両側の2人を何とかしないと。
「いぎぃッ!」
右手で四人目の余り切った腹をつねった。肉が取れて離してやり、顎に一発と足元の三人目に蹴りを一発。これで残るのは一人だけだと前を向いた時、もう目の前にジンが向かってきていて、大きな剣を振り上げていた。
右腕で防ぐが、両手の一撃が重すぎて左手で支えなきゃ受け止めきれなかった。電気じゃないのに足がビリビリする。
次は横、次は斜め下。どれを避けても大振りの隙を埋めるように浮く剣がやってくる。中々反撃できない。でも、見ているうちに剣を振る方向によって浮く剣にパターンがあるのが分かった。重心の取り方も浮く剣に頼っているせいなのか変な時がある。
狙いをつけるのは得意だ。次に振ろうとしているのは縦だから、きっと浮く剣の一本目が左なら二本目は右上からくる。右手で弾く方向を調節して顔にぶつけてやった。
ジンは大きく仰け反った。この隙は逃せない。息を止めて何発も何発も殴って蹴る。中途半端に剣で弾こうとしても電気で怯ませようとしても絶対に止めはしない。
「うッ、がぁああああ!」
けど、ジンは攻撃を受けながら力任せに剣を振り回して俺を吹っ飛ばした。受け身を取ってまた向き合うと、向こうはゼェゼェ言いながら剣を構える。
攻撃は途切れたけど、また同じことだ。浮く剣のパターンもあるし、憶心で動きも読めてきた。勝てる…そう思った瞬間、宙にあった剣2本が[カコン…]と地面に落ちて力がなくなる。
代わりに両手に持っていた剣から青い光、電気が出始めた。ジリジリだったのが段々綺麗にまとまって眩しく強くなり、まるで切れない剣から青い刃が生えて一回り大きくなったみたいだった。最後にやることは兄弟で一緒か。
電気が溜まりきって、剣を振りかぶりながら猛突進してくる。
「がぁああ! いい加減にしろよッ!!」
攻撃の範囲が広い、間に合わない。避けるより防いだ方がいい。
すぐに右腕を前に出して弾こうとした。だが、青い光は腕をすり抜けて肌の部分近くにまで来てしまう。直接触れなくても小さく散る電気が体に入ってきた。電気の紐が巻き付いた時より強い感覚が全身に広がった。
「ナナシ!」
マズい、レンの声が遠くに…力が抜けていく…意識が…な…
『情けないねぇ、なんて様だい』
…
今…見られたら、きっと…そう…婆に言われる気がした。
瞼の上の目玉を引き戻してしっかり相手を見る。拳を握って息を吸い、右腕に乗っている剣を押し返した。
ジンも顔を引きつらせると、歯を見せてより力を込めてきた。でも絶対に負けない。体が踏ん張れと、底から送られる力が振り絞られる。
「ぐっ!」
一気に剣を弾き飛ばし、また上下に手を構えた。
ジンは体勢が崩れても無理やり縦の大振りを仕掛けようとしている。必死だ。お陰でよく見れば避けられて思い通りに出来る。
痺れる足で前に出ながら、右手で逸した剣を伝い、相手の勢いも使って思い切り顎に掌底を入れた。相手の体が少し宙に浮いて、後ろに仰け反る。
多分、限界を超えられるのはこれが最後。決めないと終わる。
「ッンゥゥゥッ!」
倒れ落ちていく顔面に掴み掛かり、全力で床に叩きつけた。俺の気力がなくなるまで殴って押さえつける。
「ハァ…ハァ…」
力が入らなくなって手を退かす。ジンは白目になったまま動かなくなっていた。
「ナナシ!」
毎回同じ。少しでも安心が入り込むと力が抜けて急に眠くなる。
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