第4話 敗走


 ‐ 万代百貨店 ‐



 床は婆が掃除した廊下みたいにキラキラで、数えきれない眩しい電気の色、ずっと流れている変な音楽。人の数も多くて、もうどこかしらがずっと動いている。まるで別の世界みたいだった。


「口を閉じてさっさと来な」


 婆が立ち止まっている俺の手を引っ張った。そういえば口を開けてるとバカに見えるからやめるようにと前に言われたことがあった。


 口を閉じて進むと見えてきたのが動く階段。前にいた人たちが階段に乗って上の階に運ばれていく。人が物みたいで面白い。


 そのまま俺たちも列に並んで階段が目の前までやってきた。片足を上げる…


 …あれ?


 思ったより動くのが速い。上手く合わせられない。


「少し待って」


 お願いしても婆は俺の顔を見るだけで止まりはしなかった。


「待っ、っ!」


 繋がった手にそのまま引っ張られて一歩足が出た。胸がバクバクいって体が固まる。ゆっくり目を開けると階段の上にいた。


「婆! 危ないって!」


 少し待っててくれれば普通に乗れたのに。グンとムカムカが湧いてきた。


「お前さんが遅いのが悪い」


 ニタニタとバカにしていた。待ってくれなかったのもわざとだ。こういう誰かをからかったりする時は偽物じゃなくて、本物の意地悪そうな笑顔だからすぐに分かる。



 - 5階 -



 丁度、階段にも何とか乗れるようになってきた頃、1階とも違う変な感じの場所に着いた。


 気持ちの悪い人形やおもちゃが置いてあるお店、美味しそうに見えないお菓子のお店、古い機械や部品の置かれたお店。そんな見た目も置いてあるものもバラバラで変なお店たちが小さく雑に並んでいる。婆の用事はここにあるみたいで階段を降りた。


 こんなところで一体何を買うんだろう。


 お店たちを見ながら考えていたら、それを全部通り過ぎて奥へ奥へ進んだ。だんだん色々な高い叫び声が聞こえるようになってきて怖くなってきた。


 それで着いたのが怖さが全くない目が痛いくらいカラフルな場所。柔らかそうな四角い椅子と床があって、俺と同じくらいの子供が沢山いる。


 叫んでいる声がうるさくて耳が痛い。ここに用があるなら早く終わってくれないかな。


「私は用があるからお前さん、少しここで待ってな」

「…え!?」

「お前さん、他の子供と話したことないだろ。これも経験だ、行って来な」


 俺の背中をポンと押して婆は機械の怪しいお店に消えていった。


 急にそんなこと言われても…すぐには動けない。しばらく考える。


 正直、この中に入るのは嫌な気がする。でも婆と違う人、しかも自分と同じくらいの子供と話すっていうのはどんな感じなのか、試してみたいとも思う。


 入るとして、どの子と、どんな風に、何を話そうか。子供たちの様子を一人ひとり見る。すると少し分かったことがあった。


 全員はバラバラに騒いでいるわけじゃなく、別々の塊で遊んでいる。男の子の塊は小さく自由に暴れまわって、女の子は端にあるキッチンのおもちゃを囲って皆で遊んでいる。


 まず男の子は無理そうだ。取っ組み合いなんかで泣いている子もいる。痛いのは嫌だし、ちゃんとした話もできそうにない。丁度よさそうだった塊になっていない男の子にも話し掛けたけど、ちゃんと口をきいてくれなかった。


 そうなると残っているのは女の子の塊だけ。相手は大人数、近づき辛い感じがあって、怖い気もする。だけど、ここは頑張ってみようと思う。


「こんにちは」


 まず一番手前にいた髪を結んだ女の子に声を掛けてみた。すると俺が珍しいのか、一気に全員がこっちを見てくる。


「ッ…一緒にお話させてもらってもいいですか?」


 皆の目が見えない力になって俺の身体を動けなくしてくる。それでも無理やり息を吸いながら何とか頼んでみた。


「えーどうする?」

「だぁれ?」

「見てあれ」


 話をしたいだけなのにしばらくザワザワしていた。そんなに俺が怪しかったりするのだろうか。


 すると中心にいた女の子が立ち上がって近づいてくる。


 よかった、一人くらいは話してくれるみたいだ。


「こんにちは、俺は…ん?」


 女の子は何も言わずに俺を一周じろじろと見てくる。よく見れば周りの子よりもキレイで多く布の付いた服を着ていた。目が大きく鼻が高い顔だ。


「なにぃ? その髪ぃ? おじいさんみたい。だけどいいよ、マリは優しいから仲間に入れてあげる」


 腰に手を当てながら笑ってそう言った。なんだか婆に笑われた時と少し似た感じがする。いい感じではない。


 それより髪…多分、俺の髪が白いことだろう。前まで婆も白いから普通のことだと思っていたけど、どうも違うらしい。なら偶然に婆と一緒なのかと思ったけど、人は年を取ると髪が白くなるってことだった。女の子の言い方からして、子供なのに白いのは珍しくて良くないことみたいだ。


「ありがとう、それじゃあ…」

「今は男の子で出来る役が空いてるのないからあなたペットね」


 途中、押し付けるみたいにそう言われる。


 役? 空いてない? 何の話をしているのだろうか。しかも『ペット』ってなに?


「……皆は俺が一緒にいても大丈夫ですか?」


 とりあえず分からないことは置いといて一応、周りの子にも聞いてみることにした。


 すぐには答えが返ってこなかったけど、手前の一人が「いいよ」と小さい声で答えたら、それにつられてバラバラに「いいよ」が返ってくる。


 よし。それじゃあ、『ペット』についての話に戻ろう。そう思って、さっきの子の方を向き直したら…ムスッとした顔でこっちを見ていた。


「マリがいいって言ってるからいいのよ! それよりペット早くやって!」


 とても怒っていて驚いた。なっ何で急にこんな怒ってるんだろう…。


 急いで『ペット』という言葉を調べるために手提げバッグの中から辞書を取り出す。こんなこともあろうかと持ってきていたのだ。


『家庭で飼育できるように改良された動物の別称 例:鳥、犬、猫』


 ペット…ペットをやって…どういうことだ?


 調べてもピンとこなかった。確か『役』と言っていたから、そのマネをすればいいのだろうけど、それにどんな意味がある?


 でも、また怒らせると面倒くさそうだし…


「鳥やります。ピーピー」


 鳥なら卵をもらうために家で見てるし、前に鳥と話が出来るか試した時に口笛ができるようになっていたから丁度良かった。


「ふん、さっさとやってればいいのよ。じゃあ、おままごとの続きしましょ」

「ピーピー」


 座って鳥の鳴きマネを続ける。周りの何人かの子は「すごーい」とか「じょうず!」と褒めてくれたけどマリちゃんって子が睨むとすぐに別のことを始めていた。


「あなた、今日のご飯は目玉焼きとピーマンですよー。しっかり全部食べて下さいね」

「あーマリちゃんの料理はおいしいよ。パクパクパク」


 何かが始まった。


 よく見れば男の子も中にいて、マリちゃんと一緒におもちゃを食べるマネをしている。遠くから見た時は普通に話をしているように見えていたけど、こんなことをしていたのか。


「メイドさんたち、今日はパーティーをするから準備をしましょう」

「どうしましょう、お皿が足りないわ」

「パーティーに間に合わないわ」

「早くお鍋に火を付けなきゃ!」


 周りにいる女の子たちもわざとらしい言い合いをしながら、おもちゃのお皿と食べ物を一列に並べていた。


「ピー、ピー、ピー」

「悪い子! 静かにしなさい! 今日は旦那さんとの大事なパーティーなんだから」


 本当にこれは何なんだろうか。


 間違ったのか、何が起きたら成功なのか、鳥のマネをする意味とは何なのか、今起きていることを分かろうと頑張って考えていると…


「ぷッ…ククク」


 どこかで誰かの吹き出し笑いが聞こえてくる。


 その時、つい考えてしまった。


 あの子の態度…飼育された動物…このモヤモヤする気持ち…周りから笑い声…


 急に連れてこられて、ずっと頑張ろうとしていたから気づかなかった。もしかして、今の俺って…


 すごく恥ずかしいんじゃないか?


「ククク」


 また誰かが笑っている。ものすごく恥ずかしくなってきた。


 カーッと顔が熱くなって、もう床を見るしかできない。なんでもっと早く気づかなかったんだろうと前の自分に文句を言いたくなる。


 こんなことすぐにやめて大人しく婆が帰ってくるの待っていよう。


 そう思って前を向くと…


「どうしたらそうなるんだい」


 外側に銀色の四角い鞄を持った婆が立っていて、馬鹿にしながらそう聞いてくる。さっきからしていた笑い声は婆のものだった。


 俺はゆっくり立ち上がる。


 婆の笑い声、片言で喋っている女の子たちの声、周りのギャーギャーうるさい声…。恥ずかしいを通り過ぎて、お腹からムカムカする感じが上がってきて喉に詰まる。


 どうすればいいか分からない、我慢できない。


「ピー!」


 嫌なものを全部吐き出すみたいに思い切り鳥のマネをした。すると自分でも驚くくらいの大きな音が出た。気づくとキーンと音が一つもなくなって、周りの真ん丸になった目たちがこっちを見てくる。俺はすぐにここを出た。


「わっ、わー、ペットが逃げましたわよ」

「奥様、また新しいペットを飼いましょうか」

「そうね、そうしましょう」


 後ろではまた片言が始まっている。


「勝手に抜けてきていいのかい?」

「いい」


 次にどこへ行くのかは知らないけども、面白がってくる婆の横を通り過ぎる。じゃないとムカムカよりも恥ずかしさが勝ってきてしまいそうだったから。

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