第5話 自分の力
‐ 万百貨店 5階 キッズコーナー付近 ‐
「どこ行くんだい、そっちじゃない」
早歩きの俺に婆がすぐ追いついて腕を掴んでくる。大人の一歩は大きいからずるい。
またあの子たちと顔を合わせるのはすごく嫌でその場に屈み込もうとするけど、そのまま引きずられて連れて行かれた。
婆は「何やってんだい、しっかり歩きな!」と畑の野菜を引っこ抜くみたいに俺を持ち上げてちゃんと立たせようとする。あんまりこうしているのも逆に目立つから仕方なく婆の陰に引っ付いて歩き始めた。
隠れながら…でも少し気になって見てみると、あの子達は何事もなかったみたいに楽しそうに遊んでいた。それはそれで嫌な気分になった。
動く階段に乗っている間、落ち着くために大きく深呼吸する。
「さっきは何して遊んでたんだい?」
婆は俺を見ると鼻で笑う。
「女の子たちが何かの役をやるだけ、楽しくなかったし、よくわからなかった」
「おままごと、女の子がやる家族の真似事だよ。まぁ、あの中でお前さんがあんなことになってたのは傑作だったよ」
「家族のマネ? 何が面白いんだ」
ずっとバカにしてくるから自然と俺の声も大きくなっていた。気分を落ち着かせようとしているのに何でこんな余計なことを言うんだろう。
「頭が回り始める年の子供は大人に従うしかないという鬱憤がある。だから憧れを自由にできる遊びをする。つまらないことはないんじゃないかい?」
「……ふん」
ニヤニヤした顔を避けてバッグから辞書を取り出す。
婆は俺の知らない言葉を平気で使う。分かりやすくも言ってくれないし、意味を一つずつ聞こうとすると逆に怒られるから自分で調べないといけない。
簡単に言うと『おままごと』っていうのは出来ることの少ない子供がなりたいモノになったつもりになるための遊びらしい。意味が分かって、そんなものに付き合って、しかも馬鹿にされたのかと思うとより悔しい。俺はペットになりたかったわけじゃない。
「俺は全然面白くなんてなかった」
「お前さんは不服だろうが、あっちは楽しんでたんじゃないのかい。知らないのに参加したのが悪い」
ムカムカする。何だよ『フフク』って、辞書をしまうのを見てわざとやっている。
少しでも言い返すといつもこうなる。婆は難しくて正しいことを言っているようで何も言い返せなくなっている俺を見て楽しんでる。最悪な気分だ。
- 6階 本&雑貨 -
だけど、それも今の階に着いて吹き飛んだ。目の前に沢山の本が並べられている。
本は婆の持っている図鑑とかが好きでよく見ている。それがこんなにあるって思うとムカムカがワクワクに変わってく。
俺は走り出していた。最初にあったのは人の顔が大きく写った派手な文字の本ばっかり。
人の顔の本ってどういうことが書いてあるのか全く想像できない。女の人の本を一つ取る。髪は黒く綺麗、目は大きくて、鼻は高くて、顔の周りがシュッとしている。思い出したくはないけど、あのマリちゃんって子と似ている。
隣の本にも女の人が写っていて、見ると不思議なことにまたあの子と似ていた。その隣も、その隣も、その隣も…全員が少しずつ違っているけど似ている…?
これはもしかしたらすごい発見をしたのかもしれない。婆にも教えてやろう。
「婆…婆? 婆!」
「なんだい、あんまり大きい声出すんじゃないよ」
「すごいこと見つけた。この人も、この人も、下にいた女の子も同じ顔している」
「……はぁ?」
婆は顔にシワを寄せて本の女の人を見た後、もっとシワを深くした真剣な顔で俺の方を見た。思ったより驚いていて、こっちまで少し驚いた。
「こいつらが全部一緒に見えるって、それなら私の顔とこれも見間違えるってことかい?」
俺に本と自分の顔を見比べさせる。
「いやそれはない。全部一緒じゃないけど、目とか鼻とか顔の大きさとか、この人たちの顔は似てる部分がある」
説明すると少し固まってため息を吐かれた。
「…まぁ、美人てのは私みたいに顔が整ってるからね。似たような特徴はあるだろうよ」
「なんで特徴があると美人なんだ? なんで美人が本に載ってる?」
持っていた本をパラパラ読みながら婆はゆっくり答える。
「人は左右対称の整った顔なんかが好きなんだよ。肌や目、体なんかに異常のない理想を選ぶ本能っていうもんさ。この本はそれを利用して客に読ませようとしてるってことだ」
知らない言葉を調べながら急いで意味を追いかける。
「ふーん、ホンノウかぁ。よくわからないな」
「お前さんも赤ん坊の頃、町に来たら美人ばかり見てたがね」
「え…そんなこと、ない」
婆は俺の恥ずかしいことも平気で言う。赤ん坊の時なんて覚えてないし、そんなこともないと思う。そう言い返そうとしたら婆は本を戻して先に進みだした。辞書を持ったまま後を追いかける。
「ねぇ婆、さっきの人は何で口が赤いんだ? それに鼻が高いのと目が大きいのが良いは何で?」
「良好な健康状態、成熟のアピールして興奮作用の誘発狙いで唇は紅い。鼻の高さは立体感が出て、空気も取り込みやすい。目が大きく開けば感情も分かりやすいし、視界もいい」
歩いて本棚をテキパキ見ながら、ダルそうな声で答えが並べられる。
人の顔だけでそんなに分かることが沢山あるのか。もしかしたらマリちゃんや他の子たちも俺の髪を見て何かを感じてたのかもしれない。
「俺の髪が白いのは変なのか? 女の子におじいちゃんみたいだって言われた」
「基本的に古い生ものは良く思われない。そう彷彿させるんだろう」
「なんで良く思わないんだ? どうしたらいい?」
「人は常に人を選んでいるんだよ。勝手に選ばせればいい」
質問し続けて答えてくれるけど、眉毛のしわがより深くなっていく。
「選ぶってなに…」
「もぅやかましい、少し静かにしていろ」
ここが限界みたいだ。一度にたくさん聞いてしまうと婆の機嫌は悪くなる。まだまだ聞きたいことはあるけど、仕方なく口を閉じた。
『絶高真空から見る別世界の可能性 著:コロチャグス・ハウン』
急に足を止めて婆は本を一つ取る。本には知らない文字があり過ぎて何て書いてあるか分からない。
「私はここにいるからお前さんも好きなとこ行っといで」
眼鏡を取り出すついでに追い払うみたいな手でそう言われた。
「勝手に売っている本、読んでいいのか?」
「あぁ、みんな読んでるだろう」
どうしてかも気になったけど、走ってまず見たい図鑑のある本棚に向かった。
色々な種類の図鑑とパズル、模型がたくさんある。ここに置いてあるものは俺の読める文字で書かれてあってとてもいい。
目立つところに置かれた図鑑を順に見ていく。
壁外生物図鑑、競技選手名鑑、
どんな生き物にも生体質っていうものがあって、それぞれ自分の中にある力を自由に使える。それが普通のことだと知ったのが婆の力を見た時。力を使ったことを誰にも言わないという約束で見せてもらった。物が粘土や水みたいに形を変えて違う物になっていくのはとても驚いたし、それとは違う凄い力を外の皆が持っているというのも最初は信じられなかった。
今見ている図鑑にはそんな人間の色んな生体質の説明が書かれている。
火を出せる人、速く動ける人、物を浮かせられる人、傷を治せる人…
悪い人や危険な動物と戦う強い人たちの集まりがDST《でぃすと》っていうらしい。
目に見えない力を撃ったり、空を飛んだり、俺にとって分かることのできない感覚だったけど、その分だけ頭の中の想像が大きくなる。
そうして頭が自分の目に帰ってきた時、またあの疑問がやってくる。
自分の生体質について…
こういう本とか、テレビで天才と呼ばれている子供を見たりしていると羨ましくなって思い出してしまう。
婆や今周りにいる人、壁の向こうの生き物にも凄い力があるのに俺にはまだ何もない。普通なら生まれてすぐどんな力を使えるかが病院で分かるらしいのだけど、婆に聞いても『お前さんは捨て子だったんだから、私が知るわけがないだろう』と言われるだけ。
それでも何とか聞き出せたのが『力の発現が遅い子供もいる』ということだった。だから今までそれを信じて、自分の生体質についてあまり深く考えないようにしていた。別に力がなくて困ることもないし。
ただ図鑑に気になることが書いてあった。
『この種類の生体質を持つ人は、こんな場所で活躍しているよ』
働いている人の絵と仕事の名前があることを考えると、外の人たちは自分の生体質を使って仕事をしているということだろう。
逆にない人はどうしているのか、それを考えると胸が急にざわっとした。
「ナナシ、もう行くよ」
婆が来た。もうあの難しそうな本を読んだらしい。
「もう少し…」
「我がまま言うと置いて行くよ。私は困らないからね」
俺は困る。仕方なく図鑑を置いて、シワシワの婆の手を掴むんで一緒に歩く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます