第22話 見えない期待
- 夜 極道場 極錬の部屋 -
自分の食器でご飯がもらえて、お風呂に入ったら自分のジャージに着替え、部屋を借りて自分の布団を敷く。頼み事をやると言ってからあっという間にここで暮らす全てが揃ってしまった。
この寝るのに使っていいと言われた部屋は最初聞いて驚いたのだけど、レンのためだけにある部屋らしい。そんな部屋があっていいのかと聞くと「ならどこで寝るんだ?」って聞き返された。言い方からして普通はあるみたいだから答えるのはよした。
それにしても部屋があるだけでもすごいのにここには色々なものがある。テレビに沢山の本と絵、固められたみたいな女の子の人形たち。お金がないと言っていた割に結構、物が多い。
隣の布団で鼻息の強いレンがその物たちをわちゃわちゃと引っ張り出す。これから寝るっていうのに落ち着かない。
「もうちょっと布団、離した方がいい? 別に嫌じゃなきゃ己はもう少し近くでもいんだけど…えっと、それかまだ起きてっか? 己の部屋、映画見れんだ。見たいやつがなけりゃオススメは劇場版プリティ・マーリィ。もし気に入ってもっと見たかったら一応テレビの溜めてあるのもあんぞ? 少し夜更かししちまうけど、大事な所までは一気に見れる。あぁ別に暫くここにいんだからそんな急がなくてもいっか。ゆっくり漫画から読むのもいいかもな。あっ、ここにいるのがマーリィで、こっちが友達のニャーニちゃんで、これが敵のキルブラッドで…」
よく喋る。ウキウキしながら説明がずっと続く。
レンはずっと失敗して辛い思いをしてきたのだと思っていたけど、自分の部屋があって、好きなものに囲まれてて意外と楽しそうにしているみたいだった。
そんなにこの固められている女の子たちの話は面白いのだろうか。笑顔で変な機械の棒を振り上げているのも何でなのか分からないし、俺はこのヒラヒラの派手な髪と布の多い服、名前…少し嫌なものを思い出してしまう。
「おら、布団入って早く見ようぜ!」
「その前にトイレに行ってくる」
後ろの「早く戻って来いよ」って、うずうずしている声から逃げてトイレに向かう。その途中、長い廊下の長いカーテンがゆらゆらと動いて人影が映っていた。
『あの子で大丈夫かなぁ最くん…私、心配』
「もう話し合ったじゃないか。今まで駄目だったのが珍しく上手くいきそうなんだ。多少のことは目を瞑るさ」
『でもぉ…』
一つ開いた窓の端にレンの父親が座って外を見ていた。隣には女の子の人形が座らせられていて、また一人で話すフリをしている。通りずらい。何も声を掛けず黙ってトイレに入って用を足す。
「ナナシ君、ちょっと話せないか?」
部屋に戻ろうとした時に捕まってしまった。
「レンに早く戻ってこいって言われてて…」
「すぐ済むから、こっちに」
人形を退かして座るようにと床を叩いている。ないとは思うけど、やっぱり出て行ってくれとか…それともまたやらされることが増えたり、レンと戦う時のことだろうか…
「…実は君で13人目なんだ」
少しドキドキしながら横に座って言葉を待っていると父親は空の星を見ながらボソッと呟く。何の人数なのか怖い。
「錬と共に戦える子を探して数少ない寄合を頼ったが…今時、徒手闘法なんか流行らんし、怯えられたり怯えたりで断られまくって散々だった」
とても疲れたみたいな言い方だった。
そんなことか。戦う時のレンは別人みたいに怖い顔でボコボコにしてくるから怯えるのは当たり前だ。それに普通に話すのも難しい時があるし、人と一緒に何かさせるのは向いていない気がする。
「レンなら強いから一人でも大丈夫じゃないですか?」
「…苦節三十年の己から見ても確かに錬は逸材だ。選ばず門を叩けば、向かうとこ敵なしだろう」
「じゃあ…」
「しかしだな、錬にも足りないもんは多い。それを補い、競い合う相手がいれば尚良いとは思わないか? というか、そもそもウチの流派は二人一組の
全くそんな相手になれる気はしない。それにまた居なくなられると困るという話か。何度も後ろから掴まれて引っ張られているみたいな感じだ。もう早めに他の場所を探し始めた方がいいかもしれない。
後ろを振り返るとまた父親は人形と話している。不気味に思いながら扉を開けるとレンが布団に包まりながらこっちを見ていてドキッとした。
「父さんと…話してたんか?」
「え…あぁ」
聞こえていたのだろうか。何を話していたか言わなくてもレンは「そうか」とだけ言って、布団の端で口元を隠して縮こまる。
「…人形に話しかけてた?」
「あー…うん」
黙って下を見ながら息を吐く。
「父さん、母さんが出て行ってから寂しくてずっとああなんだ。だからっ…別に、変なんだけど…怖がんないでくれ…」
何か気まずそうな感じでそう言われた。
やっぱりレンはすごい。俺が不気味だと悪い風に思ったことを見抜いて、それを説明で解こうとしている。
「……ほしい」
人の気持ちや感じたことが分かるなら今までの困ったり悩んだり恥ずかしい思いをしたりをしなくて済む。まさに生体質に代わるような俺が探していたもの。レンみたいに人を気にし続ければ手に入るのだろうか、コツみたいなものがあるのだろうか。
「え?」
「いや、なんでもない」
「じゃあ、見ようぜ。シリーズ版の一話からだ」
少しでも手掛かりを探すため、レンがずっと見ているという女の子が変身して戦う話に遅くまで付き合った。それから夜になると毎日、断る隙なく本や映画、話や人の説明を見せられ聞かされる。
逆に朝と昼は父親の相手をしなきゃいけなくなる。最初にレンと戦った広い場所、道場というらしいけど、そこで夕ご飯になるまで教えられて覚えてを繰り返す。
身体を柔らかくするだとか、力を入れる楽な位置だとか、思った通りの動きをするためのバランス、身体を強くする方法、他にも人を殴る、蹴る、投げる、締める、折る、崩す、倒す、躱す、騙す…頑張って覚えるけど、何度やってもレンにはボコボコにされる。
朝も夜も親子揃って捕まえてくるからここじゃない場所を探す暇もない。そういう作戦なのかもしれない。今のところ俺は追い出されないために一度レンに勝つ方法を考えるしかなかった。
でも身体を強くしようとすればするほど、覚えたことが多くなればなるほど、あの夜に父親が言った通り、レンはとてつもなく強くて大きな差があるということがはっきり分かってしまう。
手加減してもらえないかと頼んだのだけど、すぐにバレるから無理だという。この時、俺はやっとこの約束は割に合わないと気づいた。
どうすればいいのか、普通に戦ったら負ける。父親に相談したら「錬と同じことで競ったら、そりゃ負ける。君が競えることを考えるんだ」とだけ言われた。大人は一番教えて欲しい大事なことをいつも言わない。
仕方ないので一人しばらく考えていると意外なものからヒントをもらえた。今もレンと見ている『プリティ・マーリィ』だ。
『もう逃がさないんだからッ、ガウロハウンド!』
『へへへぁ~、何度やろうが同じこと。俺様の攻撃を見切れはしない!』
『それはどうかしら。パワス、いくわよ。キラリンフィールド!』
『なっなんだッ?!俺様の不可視の衣がッ!』
『もう不覚を取ることはない、覚悟しなさい!』
『これが完全体のワイとマーリィの力。この光が包んだ場所は闇の力を弱らせて光の戦士の力を強化するんじゃボケェ!』
主人公のマーリィは横にいる小さな人間と一緒に技を出した。前回の話で一度負けて特訓したら絆の力で小さな人間が強くなったらしい。
「この技もっと見てぇんだけど、後2回しか使われないんだよなぁ…」
肘がくっつくくらい近くにいるレンが寂しそうに笑った後、「あっ次、己が好きなとこなんだ」と少し強めの力で俺の腕を掴んで揺らしてくる。
戦いが終わってマーリィが変身を解いたら、お気に入りの男の子に正体を見られてしまった時のことだった。新しい技で凄く盛り上がっていたのが一気に暗い雰囲気になる。
『待って逃げないで!マーリィが光の戦士なんだろ?』
『騙しててごめん……ガッカリしたよね、本当はこんなので…全然可愛くもないし、地味で暗いし…』
『何言ってんだよ!謝るのは僕の方だ。君がこんな大きな責任を一人で背負っているのに無神経なことばかり言って…本当にごめん。これからは少しでも君の役に立ちたい…それに僕は戦っているマーリィも今のマーリィも両方好きだよ』
『リアムくん…』
リアム君が『大きな』という言葉を出した瞬間、腕を掴む手がビクッと固くなって痛かった。毎回のこと、レンは大きさに関わる言葉があるといつも固まる。
「どっ、どうだった?」
「リアム君がマーリィを好きな理由が分からなかった。だからかも知れないけど、騙そうとしているようにも見える。レンも騙されないように気をつけた方がいいぞ」
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