第21話 出来ること


 俺の何が変なのかを話し合いながら、お風呂を出てブカブカのジャージを着る。言われてみれば確かにと分からせられて草床の部屋に戻ってくるとレンの父親がテーブルに美味しそうなご飯を並べて待っていた。


「さぁさぁ、腹減っただろう。たんと食べろ」


 ニコニコした顔で御飯を出された。


 口の中に唾が溢れて我慢できなくなった俺は挨拶を言ってすぐ食べ始めた。「今日は豪華だな」と隣にレンが座る。


 食べながら色々と聞かれ、ここまでのことを言えることは全部説明した。だけど父親は俺がレンと会った時の話だけ真面目に聞いて、それ以外は興味なさそうにしていた。


「まぁ6歳が考えた話にしちゃ上出来だが早い話、帰る家がないってことだろう。別にいいぞ、家に置いてやっても」

「ホントか、父さん!?」


 俺が返すより早くレンが膝立ちでテーブルに手をついた。


 話は信じてもらえてないのに変に話が早い。嫌な予感がする。


「だが、己も一児の父親で守らにゃならんもんがある。君の問題に巻き込まれるかもしれんし、我が道場は万年経営不振、この格安出前ですら娘に豪華と言われてしまう始末だ。更に子供が増えるってなるとバイトを週3から4にしなきゃならん。もう師範というよりアルバイトだ」


 やる気のないような顔の父親は適当な言葉遣いで丁寧に話す。


 多分、今も困っているのに俺がいると困ることがまた増えてしまうって言っている。なのに俺を置いてもいいってことはやっぱり…


「代わりに何かをすれば居ていいってことですか?」

「良心では居ても構わんと言いたいところ、こっちにも色々あってな。ちっとだけ助けてもらいたいことがある。それ次第で飯も寝る場所も用意しよう。もちろん君のことは誰にも言わないと約束する」


 これは俺にとって良いことだ。ジョーさんの時と同じ、あっちも俺を使おうとしているなら信じられる。ただ気になるのは何をやらされるかということだ。


「助けるって、何をすればいいんですか?」

「うぅん、そうだな…まずナナシ君は錬を見てどう思ったか教えてくれ」


 自分の名前が出てレンのご飯を食べる手が止まる。


 なんでそんなことを聞くんだろうと思った。でも、それで家を使っていいなら答えるしかない。一度、レンの方を見て考える。間違えないようにしたいけど、どういう理由か分からないから正直に答えるしかない。


「…強そうなのに弱そうで、大人じゃないのに子供に親切で、人の気持ちを当てられて、会ったことのないような不思議な子だと思いました」


 それを聞いた父親はフフッと笑って「不思議な子だってよ」と少し赤くなってるレンに目を向ける。これが何なのか、ちゃんとした説明はなかった。また明日やってもらいたいことがあるから休めとだけ言われて夕ご飯が終わり、話も終わった。


 なんか、ずっと知らないところで試されているようで気持ちが悪い。一気に説明してくれればいいのに。



 - 翌朝 道場 -



 その場に寝た俺は草床の跡が顔から消えないうちに広い場所に連れてこられた。目の前には白い服のレンが立っていて一緒に体を動かすように言われる。


「そんじゃナナシ君、試練その2だ。どんなことをしてもいい、レンと戦って一本取ってみろ」


 ん? たたかって?


 この言葉、何かを比べて高い方を決めることだったっけ。力と背の大きさだったら勝てそうにないな。


「よーし、ほいじゃ始め!」


 向かい側でレンが「本当にいいのか」と不安そうに父親と話していた。どんな意味にしても、これで俺がここに居れるかが決まる。分からないままでやるわけにはいかない。


「あの、一本って何をすればッフ!」


 ほんの一瞬だった。


 しっかり聞こうとした途中、歯を見せた物凄い顔になっているレンと大きな足が飛んできているのを見たと思った次の瞬間、もう目の前は真っ暗になっていた。



 - 3分後 -



「わっ悪い…」


 気がつくと頭が柔らかい何かの上に載っていた。頭が痛くて目がチカチカする。この感じは…俺はまた気絶したのか。戦うって一本って簡単にこういうことだったのか。


 揺れていた目が収まってきて、レンの顔と天井がはっきり見えるようになる。さっきの思い出すだけで鳥肌が立つような顔とは別人みたいな目も見ようとしないシュンとした困り顔だった。婆と同じくらい変わり方が面白い。


 いや、ぼやけている場合じゃない。失敗したのだから何か言い訳を考えないと。知らなかったからとか、説明もなかったからとか。


「ほぉ~よかった起きてくれて、これ何本に見える?」


 近くにいた父親が指を立てて俺に見せる。体を起こしてそれに答える。


「大事なさそうだな。どうだ諦めるか、それとももう一度やるか?」


 もう一度?


 どこか言い方がわざとらしい。今の俺はクラクラのフラフラでまた戦ってもさっきより勝てるなんてことはないだろう。なのにもう一度なんて聞いてくるのは変だった。わかっていて用意していたみたいに思える。


 確かにレンは大きいし、体を強くするために色々しているし、俺が負けるのは予想できる。けど、それにどんな意味がある?


「俺が負けると知ってて何でもう一度やらせようとするんですか?」

「…言い方を変えよう。また錬と戦えるか?」


 負けるのが分かっていたのは合っていたみたいだ。でも答えてくれずにまた聞き直してきただけ。しかも何が変わったのか。


 こうなると考えるのは意味より自分のことだ。もしボコボコにされるのが嫌でこの家を出たとして、またこれだけ必要なものが揃うかは分からない。なら今は我慢して痛いのが続くようならまた考えればいいか。レンに友達になるから手加減してほしいと頼むとか、ここに居ながら他の場所を探すとか、最悪はレンに勝つ方法を本気で考える…


「約束を守ってくれるならやります」


 俺がそう言うと父親はニヤリと笑った。普通に喜んでいるのか、バカにしているのか、何を考えているのか分からなくて少し怖い。


「とりあえず試練2はいい。説明するから楽にしててくれ」


 すると何だかコロッと変わって、その場にゆっくり正座した。


「戦うやり方ん中でも極道場うちは代々続く由緒正しい徒手…まぁ主に体だけで戦う。見ての通り人気も金もないが、それでも叶えたい悲願がある」


 父親がそう言うとレンも隣に正座して俺と向き合った。適当に言っている感じに聞こえたけど、最後の言葉は大事なことだったみたいだ。


「極流双闘術を世に知らしめるため、レンと闘技大会を目指してほしい。結果によりゃ国から認められて準継族候補くらいになれるかもしれん。そうすりゃ我が家は貧乏脱出、ついでに日の目を浴びずに失われた威厳も少しばかり取り戻せる」


 頼まれ事が増えたのは分かった。別に俺のやることは変わらないし、すぐに返事をする。


 そうしたら、すぐ俺の布団や歯ブラシなんかを買いに行くことになった。負けただけでまだ何もしていないのに随分親切だ。最後の頼まれ事はよっぽど大変で時間の掛かることなんだろうか。


 ならこっちも頼みごとを増やそう。車に乗っているから丁度いい。そう思った。



 - 第4リングビル付近 ゴミ集積所  -



 棘に上着を被せて鉄柵を乗り越える。階段を上るとそこはもう見たことのある鉄ゴミとタイヤの山がある場所だった。


 隠れながら進み、アイツが住んでいる大きな鉄の箱をそっと覗く。大量の毛とゴミ、タイヤと黒くなった毛布が一枚。すごく汚い、酸っぱい嫌な臭いのする。


 外の音をよく聞きながら周りを漁っていると錆びた缶の中に光るものが見えた。色のついたキレイな石やガラス、身に着ける物が入っていて、探していた指輪もその中に入っていた。全部、俺にしたみたいに誰かから盗ったものだったりするのかもしれない。


 急いでポケットにしまって外に出るとアイツがいた。前に俺が出てきた水の流れる場所にカクカクしながら降りていく。まだこっちには気づいていない。


 そのまま帰るつもりだったけど、こっそり上から様子を見た。手であの臭い水をすくって飲んでいる。


 今が丁度いい。俺はそっと近くにあった大きな鉄の筒を頑張って持ち上げた。そして思いっきりアイツに投げつける。


[ゴン!]

「がゥッ…ッばぁわ…た…」


 頭に当たって水の中に落ちた。最初、聞こえていたバシャバシャという音が段々と静かになって浮いてきた背中が水に流されていく。


 やることは終わったので待たせている車の所に戻った。


「困りますよ、一般車両は進入禁止なんですから」

「面目ない。娘とのドライブが盛り上がってしまいまして」

「娘…?」

「いやーそれにしてもここは何の施設なんですか?」


 青い服のおじさんが車の中の父親と何か話していた。後ろの窓から俺に気付いたレンがそこで待つようにと手を動かす。


「父さん」

「…わかった。それじゃあすぐ帰りますんで失礼しました」


 車が逆を向いてこっちに来た。急いで乗り込む。後ろでおじさんが怪しんでるみたいに見ていたけど、車は走り続けた。


「ありがとうございます。終わりました」

「本当に一人で大丈夫だったか」

「はい、迷惑が掛かるかもしれなかったので」

「…君に何かあっちゃ己たちも困る。事情があるなら深くは聞かんが、そうじゃないなら迷惑だなんて考えず相談してくれ」


 父親に低い声でそう言われた。


 まだ頼み事をやってないし、服なんかも買ったばかりで居なくなられたら損をするからだろう。危なかったし、一人の方がこっそり動けて良かったのだけど、いらない心配をさせてしまった。今度から気をつけると伝えて謝る。


「聞いちゃダメか?…何してたのか」


 隣のレンがチラチラ様子を気にしながら聞いてきた。


「探し物と、ついでにやった方が良いと思ったことをしてた」

「探し物って?」


「…別に面白い物じゃない」

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