第17話 別れの時


 - 1週間後 那々氏神社 -



 ジョーさんたちは身の回りの整理だとかで忙しくて、俺は不安なんて忘れるぐらいの退屈をどうにかするので忙しかった。あれから婆もずっと地下にいるようになって、ご飯を作るのもシャワーを浴びるのも俺が寝ている間にやっているみたいで最近は顔も見ていない。


 家と畑と鳥を回る毎日に耐えて、いよいよ今日が約束の日。婆には何も言わずに今、神社という場所に来ている。


 高い階段を上がり、意味のない石の門を通ると狭い場所に柵が5コくらいあって、それを人が囲むように見ている。ご飯のお店も何個か出ていて楽しい雰囲気だ。


「ねぇ、あれ! キナリハムだって!」


 彩夢お姉ちゃんは子供より大喜びで、金色の毛玉みたいな動物が映っている柵に向かっていった。怖がっていたジョーさんが手を引かれていく。大人が興奮しているのを見るのは、少しゾワッとする感じがある。そして、俺は置いて行かれた。


 動物を見たいのだけど、騒いで写真を撮ろうとしている人たちが邪魔で見れそうにない。不思議なことに子供よりも大人が多い。それも若い大人。この町は年を取った人が多いのに。


「迷子かな、大丈夫かい?」


 いや一人だけいた。袖の広い変な服を着たお爺さん。見ていたらこっちに来られてしまった。


「大丈夫です。近くに一緒に来ている大人がいます」

「そうか、ならいいんだが…私は神社で働いとる駒井じいだ。よろしくな」


 俺はもう行こうとしてたのに何でか自己紹介をしてきた。なんなんだろう。ただ仲良くなりたいからというわけじゃないだろうけど、一応されたからこっちも挨拶しておく。


「ナナシです。よろしくです」

「おぉ、やっぱりそうか!こんなにデカくなって…まさしく光陰矢の如し」


 お爺さんは笑って首を縦に振っている。


 まただ。知らないお爺さんが俺を知っている。だから話し掛けてきた。またどうせ婆の知り合いで赤ちゃんの俺を見たとかっていうのだろう。


「実は坊やの婆さんとは知り合いでな。よくここの掃除に来てもらって、覚えていないだろうが坊やとも何度か会ったことがあるんだ」

「へぇ…本当ですか?」


 婆がわざわざ他の家を掃除しに行くなんて面倒くさいことをするわけがない。このお爺さんは何か騙されているか、騙そうとしているんじゃないか…そう思ってしまう。するとお爺さんは眉毛をあげて高く笑った。


「安心しとくれ、こう見えても神の奉仕者だ。子供を騙して食ったりはせんよ」

「……?」

「最近、町の住人たちがやたら坊やの噂をしていてなぁ。いつかまたここを訪れてくるような気がしていたらこの通りだ。やはり縁は結ばれていた」


 この人、婆と一緒だ。分からない言葉を平気で使って勝手に分かったような風で話を進めていく。噂って何のことだろう。


「カミの…エンはむす? どういうことですか?」

「おっと、すまんすまん。坊やには難しかったか」


 お爺さんが言うには何処かに神様というのがいて、知らないうちに俺たち人間を良い方へと連れて行ってくれているのだという。この場所はその神様の力が強くて、悩み事を聞いてくれたり、見守ってくれたりするらしい。


 そんなこと今まで聞いたことがなかった。俺がここで捨てられていて婆が拾ったっていうのも初めて聞いた。「チエさんは導かれて坊やと引き合わされた」という。


 もしそんなことが出来るのだとしたら、俺は神様のおかげで生きているかもしれない。それに俺を産んだ人もそのことを知っていてここに来たのなら、優しい人だったのかもしれないな。


「ナナシくーん! 離れちゃだめだよー!」


 離れていった彩夢お姉ちゃんとジョーさんが戻ってきた。


「げっ、駒井のジジイ」

「なんだ、倅の方じゃないか。随分と出世しおって、こちらの可憐な御嬢さんは?」

「大きなお世話だ、絡んでくんなよ」

「高憧です。すいません、ちょっとその子とはぐれちゃって」


 彩夢お姉ちゃんがジョーさんより前に出てピンと立った。俺との繋がりを説明して、お爺さんと楽しそうに話している。ジョーさんはお爺さんと知り合いみたいで、昔の恥ずかしい話をされて機嫌を悪くしていた。


「ここの神主さんだったんですか。今日はとても楽しませていただいてます」

「そうですかい、それは場所を貸した甲斐があったってもんだ」

「でも神社に動物たちって…大丈夫だったんですか?」

「うーん、まぁ私も最初は悩んだんだがな。あん人らの熱意に心打たれたんだよ」


 深く考えたようなお爺さんの見る先には、忙しそうに機械を触っていたり、周りの人に何かを話していたりしている緑の服の人たちがいた。


 何の話か分からないし、退屈になってきた。俺は早く動物を見に行きたいのに、一人で行くと、また彩夢お姉ちゃんに怒られてしまいそうだからどうしたものか。


「育ってきた町が寂しい場所になりつつあるのが、どうも見るに堪えなくてなぁ。皆の中にある動物への恐怖や不安を解くことができれば、少しでも町に活気が戻るかと思ったんだ」

「…とても素晴らしいことだと思います」


 彩夢お姉ちゃんは苦しそうに笑っていた。これから町を出ていこうとしているんだから関係ないだろうし聞いていて退屈なんだろう。これは動物を見に引っ張っていくチャンス…


「そうだ、お二人さん。どうだい恋占いやってかないかい? これが私も知らないうちに若者たちから人気殺到でな」

「へぇ! ジョーくん、やってみようよ!」

「あっ、彩夢さんが言うなら…へっへへ」


 いいや、ほっといて行こう。気づいてないみたいだし、ちょうど動物の周りも空いてきているのがある。


 動物の柵にゆっくり近づいて見てみると、大きな…いや、長細い生き物が渦みたいになって寝ていた。海みたいな青と白の模様が入っていて手も足もない。多分、図鑑で別の種類を見たことがある。ヘビという動物だ。


「ナミイロヘビのミーちゃんでーす、よろしくねー!」


 急にうるさいな…


 さっきのお爺さんが見ていた人たちの一人、緑の服のおじさんが近づいてきた。きっと周りに人がいないのは、この人の大きすぎる声のせいだ。


 言っているのはヘビの種類と名前かな。お爺さんの話から考えると、この人たちが動物を連れてきたのだろうか。


「ミーちゃんは、このヘビさんゼリーが大好きなんだ! あげて仲良くなってね!」


 ゼリーというプルプルした物が渡される。手であげるのは危なくないのかとも思ったけど、ミーちゃんは元気がなくてあまり動かない。


 少しずつ目の前に出してみると、ぐったり頭をあげて食べ始めた。紐が地面の水を吸っているみたいだ。見ていて何だかすぐに死んでしまいそうな…こんなのが本当に壁を作るほどの危ない生き物の一匹なのだろうか。


「外にいる生き物なのに、これは危なくないんですか?」

「大丈夫、ミーちゃんは生体質を持っていないから安全だよ」

「え、ないって…どうしてですか?」

「私たちと動物さんたちが、友達になるためにミーちゃんは生まれてきたんだ。生体質があると、飼うためにもミーちゃん自身のためにも良くないんだ」


 飼う…ペットにするためにこの人たちは、ミーちゃんから生体質を抜いたってことなのか。生体質がないけど安全だから中でボーっとしていて…なんだか俺と似ているような…


『人間と動物の感情は違う。理解しやすいように自分の感情を宛がうのは危険だ』


 意味があって生まれてきたのだから、本当は俺とは違うかもしれないけれど、そんな気がした。しばらくミーちゃんをじっと見る。


「ミーちゃんは生体質を二度と使えないんですか?」

「ナミイロヘビは、口の袋に溜めた毒を吐き出したり、丸飲みにした獲物を仕留めたりする。また自分に対して毒を持つ獲物によっては、口の中で毒の種類を確かめ、解毒することも出来るんだ。凄いでしょ? でも可哀そうだけど、そんな力を持っていたら私たちと一緒にいられない。外の世界では必要だったかもしれないけど、平和な人間社会では必要がないんだ」


 最後に笑い掛けてくる顔と比べて、おじさんの説明は冷たかった。やっぱりこの人にとっても、動物は怖いものなのか。


「生体質をなくすって簡単にできるんですか?」

「あぁ! 私たちの技術があげれば難なくできるのさ」


 じゃあ、もしかして…


「無くせるなら、新しく生体質を持つこともできますか?」

「…それは少し難しいかもね。生まれる前に生体質を調整する研究なら行われているけど…何故そんなことを聞くんだい?」

「俺が生体質を使えないからです」


 おじさんは俺の方を見て、少し黙った。ジョーさんたちと同じような反応だ。本当に生体質が使えないっていうのは、珍しいことなのだと分かる。


「君が…そうなのか。でも心配はいらない。私たちNPAは、君が戦わずに済むよう日々リングビルの調整をしているし、動物の生体質を真似した商品なんかも作っているんだ。君みたいな子でも不便のない世界のため、これからも頑張るから安心して!」


 やっぱり無理か、そんなことできるなら皆やってるよな。最初から期待はしていなかったけど…それよりこの人たちって、リングビルに関係していたのか。だったら婆と会ったりしてるのかな。


 それに…このTシャツ…人がトゲトゲを持っているみたいなマーク…


「NPAって人たちは、皆そのマークのTシャツを着てるんですか?」

「ん?あぁ、誇りある私たちのエンブレムだ。Tシャツはないけど、バッチくらいならプレゼントしよう!」

「いえ、いいです。似た服を見たので聞いてみただけです」

「……ふーん……そうだ、生体質の発現が微細で気づいていない可能性もある。一度、私たちのところで検査を受けてみないかい?」


 検査なら婆がやっている。注射を一日2回させられたら堪らない。俺はすぐに断って、お礼を言って、また別の動物を見に向かった。


 犬、猫、鳥、鼠…順番に見ていくと、体が人間より小さい動物だけなのがわかる。人と一緒にいるには、もしもの時に人がどうにかできなきゃいけない。だから『友達』じゃなくて『友達になるため』なのか。


「ナナシ! ほら見ろ! ベストカップリング賞だ!」


 はしゃいでいるジョーさんが、難しい文字が書かれている紙切れを見せてきた。その後ろから彩夢お姉ちゃんが「もう恥ずかしいってぇ」とモジモジしながら歩いてくる。どこにいるのかと思っていたら、まだやっていたのか。


 100個の質問に答えたら一緒が多かったとか、神様が自分たちを引き合わせているとか…まぁ嬉しそうにしているから別にいいのだけど…


 それから3人で小さなお店でご飯を食べて、もう一回動物を見て、彩夢お姉ちゃんの家の前に戻った。俺にとって今日この後が一番大事で、ジョーさんの車に乗って帰る前に聞かなきゃいけないことがある。


「2人がここにいる最後の日にまた会いたい」


 今ここで指輪を渡すのは気に入られなかった時が怖いし、長く2人に俺を覚えていて欲しいから、出来るだけギリギリが良い。


 すると彩夢お姉ちゃんは、後ろから俺を抱き寄せて、体をユラユラさせながら「もちろん、絶対に会いに行くよ」と言ってくれた。


 手を振って彩夢お姉ちゃんにお別れして、ジョーさんの車に揺られながら家に帰る。


 いよいよ2人ともお別れなんだと、夕陽を見ながら強く感じる。そのために色々と考えて指輪を作ってもらったのに、まだ不安と苦しさがある。


「ジョーさん」

「どした」

「俺、またジョーさんたちと会えるかな」

「…そうさな、しばらくして少し落ち着いたら会いに来てやるよ」

「来てくれるんですか?」

「ああ」

「本当に?」

「ホントだっつうの、何で疑ってんだよ」


 ジョーさんは俺を見た後、口をムズムズさせて前を向き直した。


「…お前がいたから、彩夢さんとの今があんだ。感謝してる。最初に会った時はすげぇ変なガキだと思ったが、今じゃこのドライブも悪くねぇよ」


 それは俺が町に行くためにした約束だからで、送ってもらっている回数で言うと感謝するのは俺の方だ。と思っていたら、変だと言われて『どらいぶ』が悪くない?


 さっきの話とどう関係してるんだ?


「…あれ? お前、もしかして伝わってない?」



 - 1時間後 海崖の家 -



 帰っても婆は、まだ地下から出てきていなくて、テーブルの上にソーセージパンと茹でた野菜だけがのっていた。干からびる前に口に入れる。


 家のご飯の味が薄いと思い始めてから、食べている途中でも退屈を感じるようになった。


 ポケットから指輪を出して考え事をする。


 人とお別れをする時は最後にどんな話をして、どんな挨拶をすれば一番いいんだろう。また町に行く方法も考えないといけない。


 一応、婆にも相談してみようかな。今日は遅くまで出てくるのを待ってみようか…


[ガン!]


 野菜にかぶりついていたら大きな音が鳴った。この音は地下に行く鉄の扉の音だ。婆が出てきたのか。でもそんなに急いでどうしたのだろう。


「ナナシ! 早くこっちに来なッ!」


 今までに聞いたことのないくらいの慌てた声で、婆が飛び出してきた。理由を口で聞くより先に鳥肌が立った。


 これからとても良くないことが起こる。そんな感じがした。

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