第16話 理由ない不安


 - 翌日 万百貨店 フードコート -



 指輪が出来上がって久しぶりに町に来た。これから彩夢お姉ちゃんの仕事が終わるのをジョーさんと待って3人でご飯を食べる約束をしている。


 俺のお気に入りのチーズバーガーをジョーさんに買いに行ってもらって代わりに俺は無料の水を取りに行く。


「あ、シラガッピーだ」


 コップを持ってテーブルの席に戻ろうとした時だった。


 この声はまたあの子だ。面倒くさいなぁ…


「もしかしてマリが来るの待ってるの? ここでよく会うけど」


 前に会った怒りっぽい女の子…マリちゃん。俺がよく町に来るようになってから顔を見るようになった。


 またペットをやれとか言われるのは嫌だからあんまり喋りたくはないのだけど、この子は知っている顔を見ると偉そうに話し掛けにいく癖がある。


「前もシラガッピーじゃなくてナナシだって言ったのになんで直してくれないの?」

「変な名前より可愛い方で呼んであげてるんだから、ありがとうじゃないの?」


 本当に俺と同じ人間なのか、こんなの普通に言えることじゃない。バカにされてるだけなのか、それとも自分が嫌われないと思ってるのだろうか。


「…あんまり好きじゃないな、その名前」


 そう伝えたらマリちゃんの顔がギッとこっちを見てくる。


「せっかく名前つけて仲間に入れてあげようと思ったのに何でそういうこと言うの? 一人で寂しそうだからマリ…優しくしようとしたのに」

「わかった、ごめん。シラガッピーでいい」


『決めつけや感情を吐き出してからでないと他人と関われない人間もいる。真面目に取り合うだけ損だよ』


 怒ったと思ったら急に泣き出しそうな感じがしてすぐ謝った。それでもまだ荒い息のままムスッとしている。


「ふん、別にいいもん。ペットの役なんて誰でもいいんだから!」


 口をとがらせて、また誰かの場所に変な走り方で行ってしまった。別にやらなくていいっていうなら嬉しいんけど、どうせあの子は違う日になったら忘れている。


「よぉ色男!」


 後ろから頭を叩かれた。少し水がこぼれる。振り返るとニヤニヤしたジョーさんがいた。


「妙に遅いと思ったら誰だよあの子」

「マリちゃんっていう女の子です。声を掛けられたから話してました」

「へぇ〜可愛かったじゃん。意外とモテるのかお前」

「…可愛くはないです」

「はぁーん」


 水を入れ直してテーブルの席に戻る。その間、ジョーさんはずっとニヤニヤしていた。席に座ってからもずっと。さっきから何がそんなに面白いんだろうか。


「お前、あのマリちゃんて子のこと好きなんだろ」


 …ん?


「そういえば前、『喜ばれる贈り物は』とか聞いてきたよな。あれってあの子にやるためだったりするだろ? 当たりだろ?」

「違う。どこでそう思ったんですか」


 ジョーさんの言う『好き』は『恋愛の好き』のことを言っていて、すぐに自分と同じ風にしたがる。俺の思っていることは全然違うのに。


「おまたせー、おばさんの話が長くて遅くなっちゃった…なに?」

「彩夢さん、ちょっと」


 嫌なタイミングで彩夢お姉ちゃんがやってきた。ジョーさんが口を耳に寄せてニヤニヤとする。多分、さっき違うと言ったはずの話をしてるんだろうな。あの顔は婆が人の不幸を見て笑う時と同じ顔だ。


「あーその子、化粧品エリアの管理の子だ。ナナシくんも苦労するねぇ」


 彩夢お姉ちゃんはマリちゃんのことを知ってるみたいだった。それにまた変な勘違いをされてる。


「本当に好きじゃない」

「じゃあ、贈り物ってのは誰にやんだよ。あの手には相当なプレゼントじゃないと振り向いてくれないぞ?」


 ジョーさんもふざけたみたいに笑って話を聞いてくれない。そんな疑われるようなことはしていないはずなのに、どうしたら信じてもらえるだろう。


「ごめんごめん、少しふざけ過ぎたね。プレゼントって、おばあちゃんにでしょ? ね?」


 考えていたら彩夢お姉さんがまた違うことを言ってきた。全部が違う。だけど今はそれで丁度いいからしばらく話を合わせる。


 そして、ご飯になっても婆に何をあげたらいいかの話が続いた。


「ナナシくんがあげたらおばあちゃん何でも喜ぶと思うよ」

「どうだろう」

「絶対大丈夫だよ。ねぇ、ジョーくんもそう思うでしょ?」

「ん? あー…そうだぞ。頑張れ」

「そういえば、私もナナシくんと同じくらいの時、お母さんに『なんでも券』とかプレゼントしたなぁ。懐かしい」

「なんでも券?」

「一回だけなんでも言うことを聞いてあげる券、家の手伝いとか、肩叩きしてあげるとか。あの時はお母さんも泣いて喜んでた」

「さっすが彩夢さん、俺なんて親にそんなんしたこともねぇわ」


 確かにあげられるものがない時とか、相手の欲しいものが分からない時は楽そうだけど…いつも俺は畑と鳥の世話もしているし、コーヒーも入れてあげてる。


「彩夢お姉ちゃんは昔、親と一緒の家に住んでいたの?」

「そう、今は大人になって別々に暮らしてるけど、たまに会いに行ってるよ」

「じゃあ、なんのために『なんでも券』をあげたの?」

「なんのためって…日頃の感謝を込めて大切な人にありがとうって伝えるの。家族は当たり前に傍に居過ぎて忘れちゃう時もあるんだけど、それってとても素敵で大事なことじゃない? ナナシくんもそうしたいからおばあちゃんに何かあげようとしてるんでしょ?」

「そういうことなのか」

「お前ん婆さんだって老い先短けぇんだから、ちゃんと大事にしてやれよ」

「ちょっとぉ、また一言多い!」


 彩夢お姉ちゃんに肘で突かれ、ジョーさんが慌てて謝っていた。さっきの嫌な勘違いもなくなったし、俺が贈り物を渡そうとしているのもバレてない。一安心だ。


「あっそうだ。ナナシくん、動物って見たことある? えーと…」


 急に彩夢お姉ちゃんがそう言って指の輪っかから光の板を出した。そこには図鑑で見たことのある小さな動物達が映っている。


「来週、神社で動物ふれあいイベントってやるみたいなんだ。これから私たち引っ越しで忙しくなるだろうから、その前にどうかな」

「あん時のやつ…ほんとに行くんすか?」

「ほらっ、かわいいぃ! 大丈夫だよ、最近は動物と一緒に暮らしてる人もいるんだし、見る目を変えるいい機会だと思わない?」

「まぁ…彩夢さんがそういうなら…」

「ねぇ、どう? 行ってみない?」


 ウキウキしている彩夢お姉ちゃんとは反対にジョーさんは難しい顔をしていた。可愛いかどうかは分からないけど、板に描かれている動物は間が抜けていて危なそうには見えない。人間じゃない形をした生き物を見るのは気持ち悪くて怖い感じもするのだけど、覗いてみたい気持ちもあるから不思議だ。


「うん、行ってみたい」



 - 海崖の家 夕方 -



 動物を見に行く約束をして家まで送ってもらった。


 最近は太陽がすぐ沈むから前より長く町にいられない。もう町に行くようになって沢山の日にちが経ったってことだ。そのせいなのか、家の中が狭く感じる。鳥の卵も味が薄くて食べた気にならない。やることもなくてすごく暇。婆が帰ってくるのは明日の朝だから検査もない。


 早いけど、テーブルの下に毛布を敷いて寝転がる。こういう時はいつもの考える時間だ。


『なんでも券』『老い先短い』


 頭に浮かんだのは今日の彩夢お姉ちゃんとジョーさんの言葉。


 生き物はいつか死んで動かなくなって消える。図鑑の説明で見た。婆がそうなったら俺は別の場所に行くことになる。それを考えた時からあの忘れられてしまうのが嫌というのと似た気持ち悪さが少ししていた。不安という言葉が合っているかな。


 彩夢お姉ちゃんも不安だったから母親に物をあげようとしたのかもしれない。確かに俺も指輪のための石を運んでいる時、ほんの少し楽になった気がしていた。


 それで…何となくやろうと思った。


 解放場のお爺さんにもらった紙を千切り、文字を野菜のネバネバでくっつけていく。


『なんでも1いうことをやるケん』


 なかなかキレイにできて最初は嬉しかったけど、後の方から段々とやらない方が良かったかもしれないっていう心配が大きくなる。


 きっと婆なら『くだらない』って言うだろうし、もしそうじゃなくても俺のやらされることが増えるだけなんだろうな…



 - 朝 -



 シャワーの音で目が覚めた。


 気づいたらもう朝で婆が帰ってきている。知らないうちに眠っていたみたいだった。


「あ」


 ない、『なんでも券』がない!


 机の上に置いてあったのに…婆が取っていった?


 急いで探すけど見つからないまま、頭を拭きながら婆が洗面所から出てくる。


「……」

「なんだい?」

「…なんでもない」


 気づかれてないのか婆に変わった様子はなかった。


「検査だ」



 - 海崖の家 地下 研究室 -



 婆がいなかった分の検査を受ける。


 アレがどこにいったのかでそれどころじゃなかったのだけど、遅れるとまた怒られるから行くしかなかった。床にも落ちてなかったし、もしかしてゴミだと思われて捨てられたのか。気になって仕方ない。


「…婆、テーブルの上に紙が置いてなかった?」

「…」

「バラバラの文字が貼ってある紙」

「体の動きに変わりはないかい?」


 聞いてないな。


「別に…変じゃない」

「肘を動かしてみな」


 言われた通りに肘を曲げて伸ばす。見ると前より


 いつだったか検査の時に何となく鏡を見ていたら肘の下が黒くなっていることに気がついた。婆がよく自分の能力で消している『ほくろ』か『シミ』だと思っていたのだけど、段々と黒い模様みたいになってきている。


「本当にこれ大丈夫なのか?」

「不可解だが至って健康だ」


 一応、聞くのだけども痛くも困ることもないし、もう慣れて気にならなくなっていた。今ではこの黒い部分が触っているんだけど触ってないような面白い感じがあって癖になっている。いつか頭まで広がって髪も黒くしてくれないかな。


「テーブルの上に紙、置いてなかった?」

「しつこいね、捨てたよ」


 婆が黒い所に棒を当てながら答える。


 思った通り捨てられていた。これでよかったはずなのに何かが引っかかる。また不安が戻ってきたのか。


「なぁ、婆」

「なんだい」

「婆は…俺から何かもらったら嬉しいのか?」

「……前にも言っただろう。子供の施しなんて高が知れている」


 そう言われたのが最後で今日の検査はすぐに終わった。


 婆はまた地下に閉じこもる。やっぱり彩夢お姉ちゃんの母親と婆は違うということなんだろう。別に喜ばせるために作ったわけじゃないし、不安をどうにかするためだからいい。


 というか、この不安は何なんだ。忘れるんじゃなくて死ぬんだから意味がないし、自分のことでもないし、分かっていることのはずなのに。

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