第28話 立ち向かう
足と息が勝手に止まる。
「いや~娘はどうも神経質な所がありまして中々上手くいかんのですよ」
「なぁにそんなこと、どうとでもなりますよ。こいつも負けず嫌いで生意気な所はありますが、一緒にいれば時間が解決してくれます。それに今回、完璧とまではいかずとも息子にも手応えがあったみたいなので」
「はは、それがぁ…今は弟と組ませているもので…」
「失礼ながら弟さんでは体躯的にも技の段階的にも釣り合いが取れていなく、ペアとしてポテンシャルを持て余しているような気がしました。姉弟で息が合うというのは確かにあるのでしょうが、相応の成長し合えるようなパートナーを選んでやるのも指導者として大切なことですよ」
「…」
人の陰に隠れながら話を盗み聞く。分からない言葉も最悪な予想が意味を繋いだ。あの人は俺を退かして自分の子供とレンを組ませようとしている。
もしそうなったらと考えたら…全身に鳥肌が立つくらい怖くなった。
別にレンを追い越さなくてもいい、なんで焦る?
実は本気じゃなかった、なんで悔しい?
強くなりたいわけじゃない、なんで苦しい?
分からなかった今までの気持ち、もしかしたら簡単なことだったのかもしれない。
父親やレンは俺じゃないものを選べるのに俺は選ぶことが出来ない。それが不安で仕方ない。
「あ…あの、己…番はナナシがいるんで…」
「でもね、錬ちゃん。つり合いが取れないとパートナーにいらない怪我をさせてしまったりもするし、下手な意地で自分の可能性も狭めてしまうのも勿体ないだろう?」
あの時と同じだ。遠くを見るより、目の前に不安があるなら俺は出来ることをやるだけ。まずは声の小さなレンとハッキリ返事をしない父親の所へ急いで割って入る。
「すいません、戻りました」
「ナナシ!?」
話が通らないようにする前にレンが俺を見て飛びついてきた。
「平気か?!なんともねぇか?!わりぃ心配してたんだけど試合があって近くいれなくて。ペアも父さんが折角だからって他の人と組むことになって、それで…」
早口で慌てながら俺の顔や体を触ってきて鬱陶しかった。両手を掴んで「大丈夫。全部近くで聞いていた」と伝える。
「もう歩けるのか? 手戸の…医務室のお姉さんは?」
「どこかに行ったから抜けてきました」
「やぁ無事で何よりだ。それじゃ極さん、さっきの話、また改めて伺うんでよろしくお願いしますよぉ〜」
大きなおじさんは息子の背中を押してどこかに行こうとしていた。父親が何か答えようとしていたから、その前に声を掛けた。
「ペアは変えません」
大きなおじさんがピタリと止まった。振り向くと困ったような顔を持ち上げて仕方なく笑う。今は大人が子供を見る時の目だけど、その途中、暗い目があったのを確かに見た。
「うん、ナナシ君ていうのか。気持ちはよくわかる。お姉ちゃんを取られると思ったんだね。だけど、いつまでも甘えているわけにはいかないぞ? 自分でも分かっているはずだ。最後に辛くなるのは自分だって。男なら今は諦めて自分に合ったパートナーを探そうな」
肩にゴツゴツした大きな手が載る。
「断ります。今は辛くても何をしてでもペアはやめません」
「…私も一端の闘技者だ。釣り合いの取れていないペアは分かる。お姉ちゃんの足を引っ張りたいか? いっぱい活躍できた方が道場も君も嬉しいだろう?」
「レンはいいって言ってくれます。それにあなたの息子の試合を少し見ましたけど、レンよりも弱い」
息子が「んだとテメェ!」と俺に掴みかかろうとしてきた。それを大きなおじさんは「ゴラァ!!」の一言で止める。とても怖い顔で体の中に響いて震えるくらいの大きく低い声。一瞬だけキンと周りが静かになって兄は怯えながら引っ込んだ。
「それで?」
怖い横顔が俺の方を向く時には作り笑顔になっている。目は笑っていない。
「弱いってことはレンを使おうとしているってことだと思います。なら今までの練習を無駄にしないためにも俺でいいはずです。だから俺は知らないあなたよりも、レンを知ってる自分の方を信じます」
肩の手が離れていき、顔が優しく語りかける高さから見下す高さに上がっていく。
背中に寒さが登ってきた。前にも何度かあった、大人が何をしてくるか分からないというこの怖さ。でも本当に悪い大人は、見た目が変わってて皆から外れていたり、大勢でバレないようにしていたりする。今はレンと父親がいるし、周りに大人もいる。大丈夫だ。
震える体を無理やり固め、目を見ながら返事を待つ。
「…大した玉を持ってる。確かに今のこいつにゃ役不足かもしれないな」
おじさんは鼻で笑って、父親に「2人のペア、次を楽しみにしてますよ」と言い残しながら息子を連れてここを出て行った。勝手に息が抜けて力も抜ける。
「ナイスだ、ナナシ君。あの人、昔っから強くて怖ぇんだ」
今度はニヤニヤ顔を止めた父親の手が肩に載った。後から教えられたけど、最初からペアを取り換える気はなかったという。婆もやっていた建前というやつだった。だったらもっとそれっぽくして欲しい。俺には決まっていなくて揺れているみたいにしか見えなかった。
やっと安心できて一気に体の疲れを感じた。早く帰りたかったけど、父親が挨拶回りをするとか、先に帰りづらいからとかで結局、最後まで残っていた。子供は中身も親に似るというらしいけど、レンの考える順番が自分より他人なのは父親からだった。
- 極道場 夜 -
帰って反省をするかと思ったら、それはまたにしてお祝いをしようということになった。
「ジャンジャカ食べろぉ。ナナシ君と錬の個人戦全勝と仕事がドンと増えて貰いもちぃーっとばかし増えた己のバイトリーダー昇進を祝して」
焼かれた大きな肉、色々な具が混ぜ込まれている黄色いお米が沢山、煮た魚、ドロドロした野菜たちが届く。このご馳走分の何かが俺に出来たとは思えないけど、父親の気分が良さそうだったから遠慮なくバクバク食べた。
「それと錬、明日ぁ誕生日だろ。今年は金があるから欲しいものがあったら言いなさい」
「えっホント?! じゃあ後でリスト送っからお願い!」
目の前のご馳走を食べるのを止めて、レンは嬉しそうにリングを開く。
「タンジョウビって何?」
「え? ナナシ、誕生日知らねぇの?」
「知らない」
「明日は己が生まれた日ってこと」
初めて聞く言葉だ。図鑑で生き物が親の中から増えていくのは知っているけど、いつ自分が出来上がったかなんてどうやって分かるのだろうか。
「生まれた日のこと覚えてるのか?」
「いや覚えてねぇけど、父さんたちが知ってる」
「あぁ…そうか」
「毎年お祝いしてもらって、たまにプレゼントも貰えんだ」
お祝いっていうのは、外に出るようになってからよく聞く言葉だ。婆とずっといた時は知りもしなかったけど、ジョーさんや彩夢お姉ちゃんの記念日とか、レンの誕生日とか、皆は思ったよりもお祝いが好きらしい。
……あっ
「なにか欲しいものあるか?」
「へ?……へへへっへ」
聞くとニタニタされた。分かりやすく言っているのに見透かしたみたいに何も言わないのが少しムカつく。
「そうだなぁ…あっ父さん、明日ナナシと遊び行っていいか?」
「ん、仕事だから送ってやれねぇよ?」
「大丈夫、近くで遊ぶから。いいよな、ナナシ?」
「え…うん」
なんでかレンは物凄くウキウキしていた。結局、欲しいものは何なのかと聞くと、ただ一緒に来てくれればそれでいいという。いつもレンが俺に頼むことはそんなことばかりだ。確かに俺に出来ることやあげられる物はあんまりない。最初は楽でよかったけど、石を運んでいた時みたいに溜まった不安を減らせないのが焦れったい。
お祝いが終わって、明日に備えて早く寝るんだと、珍しくマーリィの話も見ないまま部屋が真っ暗になった。まだ眠くはなかったけど、布団で静かに目をつぶる。
…
幾らか経った後、瞼越しに薄く青い光がパッと点いた。またレンが誰かと文字で話しているんだろうか。前に見掛けてから隠れて何度かしている。知られたくないのだろうから聞いてはないけど、ずっと気になっている。
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