第39話 捗らない日々


 不得意、不利、どうにもこうにもならないと分かって、レンを頼った。俺をよく知っていて、酒口さんと仲良くなっているから、上手く誤解を解いてもらえるかもしれない。それが一番いい方法だと思った。


「えぇ~しっ仕方ねぇなぁ~ナナシは~」


 俺の顔をベタベタ触ってニヤニヤするレンを我慢し、酒口さんに謝って説明する機会を作ってもらい、なんとか悪い印象からは抜け出せた。


 でも、悪くなくなったからといって、良くなるというわけでもない。


「ねぇ見て! 景道の解放場でヤッキーダンス、スゴくない?」

「へぇスゴい! よく撮れたね。念動力の資格者の人いたの?」

「そうそう、親戚のお兄ちゃんに連れてってもらった」

「こんなの、俺なら一人で出来るじゃん」

「お前はダンス下手だから無理だよ」


 何もない時間に座っているだけでも、酒口さんが近くにいれば、勝手に人が集まって賑やかになる。皆楽しそうに笑っていて、俺とレンはそれに合わせて笑顔を作る。雰囲気を悪くさせないためにも、そうした方がいいからというレンからの提案だ。


 …


 まぁ、作っても変に思われている感じはある。悔しいが婆の言う通り、俺が味方を作るには、時間を掛けるしかないのかもしれない。


「レンはさ、いつも何してんの? 闘技の練習以外で」

「ふぇっ? あっ…えーっとぉ…」


 酒口さんの質問にレンが詰まっていた。質問に慎重になるのは分かるけど、聞かれているのは自分のことだ。正直に言えば間違いはない。


「レンはずっとプリでぃッ!」


 変に思われる前に、代わって答えようとしたら、椅子が反り返るほどの大きな掌打が俺の口を塞いだ。


「あッはは、ちげっ違うの。毎日、闘技の練習でヘトヘトになるからなんも出来てない」

「そぉ…なんだ…大変だね」


 …言うなってことか。


 一応、口を閉じた。レンの行動で俺が分からないことがあるとしたら、きっと『恥ずかしいから』だろう。後から聞いたらやっぱりそうだった。


 俺にとって恥ずかしいことは間違えること、自分のことは間違えようがないから恥ずかしくはない。だけど、レンにとっては違うらしい。


 少し怒ったみたいに俺の疑問に答えるのを諦めていた。別に恥ずかしいなら隠すのもいい。ただ、どうしてなのかだけは知っておきたかった。


 それからレンは俺が喋ることを嫌がるようになって、酒口さん含め周辺のグループは少しずつ俺を退けるようになった。酒口さんたちなら分かるけど、レンが俺と向き合わないのは初めてのことだ。


 心に暗い雲が掛かったよう。最近、読んだ架空の物語のあの言葉は、今の俺みたいな感じなのだろうか。学校に通うというのは最初、凄く魅力的に思えて、今でもそうであるはず。頭で分かっているのに、気持ちの悪い後悔が溢れた。


 いつもなら収穫と思える出来事も、立て続けに起こると気分が悪くなる。成績という仕組みを気にしない連中が、俺を呼び出して殴ってきた時のことだ。


 少し喋らせていると「生意気だ」とか「夜愛が~」とか、要するに俺が、酒口さんたちの近くにいることが気に入らないらしい。


 俺が酒口さんと同じ班でいる限り、どうしようもない話だ。誰にも、先生が決めたことを変える力はないと分かっているはず。つまり実際にどうこうじゃなく、嫌がらせ…もあるだろうけど、俺に示すためなのかもしれない。


『所詮は人間も動物だよ。圧力だなんだと言う前に、集団での優位性をまず握るんだ』


 ハサミクロサギは、食べるためでなく、見せるためにライバルを串刺しにして置いておく。動物の順位の示し方。図鑑で婆に説明された。例え嘘であっても、順位は高い程に身を守ってくれるのだと。


 生体質でなく、数で殴ってきているということは、今はメローリップの時と違って、使用許可範囲に連れ込まれたわけじゃない。素手なら俺の方が有利。俺の自己紹介をちゃんと聞いてなくて助かった。


 分かりやすく同じ示しをつけると、殴り掛かかられることはなくなった。だけど、冷たく睨んでくる人、何となく俺を避ける人は増えた。示しは効いても、周りに話を染み渡らせる力は、あっちの方が強いってことだろう。望んだ訳じゃないけど、殴られる以上が起きた時の対策を色々考える必要がありそうだ。



 ‐ 小道 風通商店街 レイル球技教室 ‐



 授業が終わって、本来の目的である闘技の練習をしようと、学校に問い合わせたら、最さんに特別な施設で指導をする資格がないとかで、学校に入れないことが判明する。


 予想外のことで、一時間くらい門の外で悩み続けていた。そうしたら偶然、下段大会で戦った球技教室のリオンと再会した。なんと同じ学校の上の学年の人だった。


 どうしたのかと聞かれて、そのままを説明したら…


『練習いくとこなんだけど、暇なら遊びに来いよ』


 他に当てがなく、ついて行った先で紹介されたのが、リオンの親戚のレイルさんだった。


 レイルさんは、子供たちに球技を教えるために教室をやっていて、会ってすぐ下段大会から大ファンだと言って歓迎してくれた。以来、闘技の練習で場所を少しだけ使わせてもらっている。


 いつものように、運転手のいない車『オートリンク』で登録してあるレイル球技教室へ向かう。錆と汚れと締め切られた家たちの先、子供の手形や落書きだらけの看板をぶら下げた倉庫のような建物に到着する。


 戸を開けると、広くて外より明るく、清潔な球技のコートの中で、白い服の子供たちが騒がしくボールで遊んでいた。多くが赤膚の…ヘンリャーという遠い国から来た人、もしくはその子供。ここの近くには、そういう人がたくさん住んでいるらしい。


「もういっそのこと、正式にうちで講師やってくれません?」

「そっそんなぁ、私はただの…廃れた道場のしがない師範でして…」

「最さんのお陰で皆の動きが見違えるようになりましたし、是非お願いしますよぉ」


 端にレイルさんと、溶けたようにニタニタした最さんがいる。ここを使わせてもらえるようになってから、最さんは教室の雑用をしたり、子どもたちの動きに助言をしたりを始めた。申し訳ないからと言っていたが、最近はそっちの方が目的になっているような気がする。俺たちの練習をみるより、レイルさんと話してる時間の方が長いからだ。


『こんなやる気に満ちた跡取りがいれば、道場も安泰だな』


 他人事みたいな言葉を聞かされた時、信じられなくて顔でなく、肩に乗った手の方に目がいった。悲願は悲願じゃなくなって、練習の意味は俺のやる気が支えなければいけなくなっていた。俺はいつも、あの時の感覚を信じて、やる気を出す。


「よっ、ナナシ」


 割と強い力で背中を叩かれる。振り向くと、ガラグハがニヤニヤして立っていた。その後ろでは、リオンがボールで小さい子たちと遊んでいる。


「今日は勝ってよぉ? アタシが応援してあげてんだから」


 今日は増強じゃなくて、解き組み手をやる日だ。決まって、みんな勝手に勝負を予想をして楽しんでいて、ガラグハは負けが多い俺をからかいにくる。


「…いつも勝つつもりでやってるよ」

「へへっ、じゃ頑張って!」


 ガラグハは俺の尻をポンと叩いて離れていく。


「…どうした?」

「ベッ別に」


 少し怒りと冷たさの混じったレンの視線、ガラグハと喋るといつもだ。別にペアを変えようなんて考えてないと伝えても、全然安心してくれない。


 最近は、変化が多くて番なのに分からないことが増えている。人間には、成長で何段階かの心の変化もあるらしいから、そのせいなのかもしれないが、まだ原因も対処も調べている途中だ。


「あっ!ナナシたち来た!」

「悪者だ!レッドクロスマン出動!」

「俺が相手だ、掛かってこい!」

「今日もクミテやるんでしょ?!」


 あっという間に小さい子たちに囲まれ、ポコポコ殴られて、早く組み手を見せろと急かされる。鬱陶しいが、何も言えないからレイルさんの制止を待つ。


「はいはい、みんな邪魔しないの」

「二人共、柔軟したら今日もいつも通り座相からで」


 赤線の外側に子供たちが出ていく。最さんの一言で、俺たちは体を解してから真ん中で向き合うと、内からの衝撃を消す赤い光の壁…PSAが俺たちを囲んだ。座礼をして、ゆっくり顔を上げる。


「最さん、毎回やってるこれってぇ…」

「は…あぁ、集中するための準備みたいなもんですよ。互いに座したまま、一撃必中だけを意識する。動きと気配でいつ、どこに、どのようにの駆け引きをし…」


[バシュッ!!]


「拮抗の末に互いを受け止める。最初は苦戦したんですよ、今は最低限、形にはなりましたけどね」

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[バックボーン・ダアイリ―] 半畳いだてん @makisima129

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