第38話 新しい生活


 ‐ 3週間後 華道 国立アストロン学団初等部 ‐



「それでは新しいお友達に挨拶してもらいましょう。矢島くんからお願いします」


 鏡、髪はしっかり黒くなっている。右腕は肌色、よし。担任の先生に返事をして、一歩前に出る。


「初めまして、矢島ナナシといいます。まだ学校について知らないことが多いので、手加減をよろしくお願いします。好きなことは図鑑を見ることで、得意なことは闘技です」


 青い制服の同い年たちから見られたり見られなかったり。前みたいな緊張は何度も人前で試合をしていたせいか、あんまり感じない。


「じゃあ、次は極さん」


「ハッイ…初メマシテ、キッ極錬デス。ワタシハ、人前デ話スノガ苦手デ…緊張シテッ上手ク話セナイデスガ…皆サント仲良クシタイデス。家ハ道場ヲシテイテ対人ノ闘技ハ得意デス。ヨロシクオ願イシマス」


 昨日の練習よりひどい片言だった。足と歯がガクガクで緊張しているのがバレバレだ。一緒に考えた時、苦手って言葉を置いといてよかった。




 退院した日、晃一さんが迎えに来てくれた。車で移動している途中、大会に出るために練習を続けたいと相談して、それがとても大切なことだと伝えると、晃一さんから一つ提案をされた。


「キミに薦めようと思っている学校があったんだが、もし道場の子が良ければ一緒に通ってしまえばいい。それなら稽古も学校で出来るだろう」


 晃一さんなら、それが簡単にできるらしい。レンと父親に聞いてみたら、レンは今度こそ友達を作ると言って乗り気で、父親は学校の名前を聞いた途端に通うことを許した。


 その学校は学団とも言って、生体質や興味から合ったことを見つけて、勉強したり訓練したりが沢山できる場所らしい。多くは壁外生物と戦えるように強くなりたい人が憧れて入ってくるみたいで、中にはすごく有名な人も昔ここにいたと、一番えらい学団長という人が自慢していた。


 別に俺は、外の生き物と戦いたいわけじゃない。だけど、色んな生体質や戦い方が見れるだろうし、ご飯も美味しいらしいし、教えてくれる人も本も沢山あるという。晃一さんには、学団に行かずに道場へ通ってもいいと言われたが、闘技大会に出ることも考えるとこっちの方がお得だと思った。




「はい、ありがとうございました。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」

「「はい」」

「じゃあ3班から酒口さん、入って色々教えてあげてください」


 先生を囲むみたいに4人の席の塊が4つあって、その中の一席が誰もいない二席と滑るみたいに動いてくっつく。俺たちはその二席に座るように言われた。


「よろしくね、極さん、矢島くん」


 酒口夜愛さん、一本の棒で赤黒い長髪を後ろで玉にしている女の子。面倒なはずなのに嫌な顔もせず、自信満々の話し方と明るい笑顔で、学校のことを細かく教えてくれる。


 クラス委員というのをやっていて、クラス17人の殆どと仲が良く、他のクラスの人からも声を掛けられているほどの人気者。お陰でどんな人がここにいるのか、酒口さんを通して楽に見ることが出来た。


 大体の人は親がお金持ちか、すごい生体質を持っていたり、頭が良かったり、町ではあまり見ない人ばかり。だからなのか皆、どこかに自信や上品さがあって、熱心、無関心、世話好き、身勝手、何かしら少し変っていたりする。


 顔を作るのが多少下手でも気にされてない…から俺にとっては、それが丁度よかったりした。成績という仕組みのお陰なのか、レンに突っ掛かってくるヤツもいない。


 でも、中には仕組みやルールも気にしないヤツもいるみたいだから、これからもないとは言い切れないけど、今は俺がついているし、レンが上手く話せなくても、いざとなったら助けに入ればいいだろう。


 出だしは好調だった。



 ‐ 食堂 ‐



 お昼休みに酒口さんからご飯に誘われた。途中、仲の良いと思われる人たちの誘いを全部断り、俺たちに「美味しいから絶対これがいいよ」とオススメのご飯を選んで、対面の席にニコニコして座っている。


「2人は仲いいみたいだけど、どうやって知り合ったの?」

「はっ…エ、えっとぉ~……」

「俺が極さんの道場に入門して、それからずっとペアを組んでる。それでもっとペアの経験を積みたくて、お父さんにこの学団を紹介してもらったんだ」

「そ、そうそう!」

「へぇ、そうなんだ。あっ、ペアじゃないけど合技なら団体でやってる子いるよ」


 色々と質問が飛んでくる。何が好きとか苦手とか、どんな生体質なのか、クラスメイトの印象、学団でやりたいこと。


 今までの知り合いよりも、俺たちを気に入ったから仲良くなりたい…というのは考えにくい。多分、問題を起こさせないようにするためか、それに近いことのためだろう。クラス委員っていうのは大変な仕事だ。


 そして俺たちの3回目のおかわりに酒口さんが驚いていると、レンは顔を赤くして、昨日は父親が買い物を忘れて、晩食が少なかったと誤魔化した。別にいつもと食べる量はそれほど変わっていない。


「それ、凄くわかる! 私もお父さんと2人暮らしでさ、疲れてたんだーって、買い物忘れてくるし、家事当番ももう面倒だから、ほとんど私がやってんだよね」

「うっ、うちはちゃんと交代だったけど、父さんが忙しい時は己…ワタシとナナシでやってた」


 緊張は段々と解けて、レンが話せるようになるまで時間は掛からなかった。お互い母親がいない境遇が似ていて、話が合うのもあるだろうが、酒口さん自体にも人の気持ちを理解できて、しかも好かれる何かがあるように感じる。


 レンと同じで、近くで見ていれば、俺も人に好かれる方法がわかるかもしれない。酒口さんに少し興味が湧いた。


「ナナシが作る親子丼がスゲェうめんだけど、ナナシはハンバーガーが好きで、よく食べに行くんだ」

「矢島くんが料理するんだ。なんかもう一緒に住んでるみたいじゃん」

「あっ…とぉ」


 レンは口を動かすのを躊躇って、俺に目を向けた。


「道場で合宿があったり、練習で遅くなって夕飯を頂く時、手伝ってただけだよ」

「ふーん」


 これまでのこと、生体質、黒い腕と白い髪…今は全部、晃一さんのリング社支部長の力というのを使って誤魔化せている。最初から俺は矢島晃一の息子だった。俺の安全のためにも、これに合わせる約束をしていた。


「それより、酒口さんの母親はどうしていないんだ?」

「……ん?」


 …


 酒口さんは笑顔のまま固まった。質問したのに口が動こうとしていない。


 数秒経ってから、ひょっとして不味いことをしたかと思い始めた。


 気持ちを読む能力には、共通点があるかを探るのに良い話題替えだと、何となく聞いてしまったが、そういえばレンは、母親の話をしたとき洪水みたいになっていた。機嫌が悪くなってもおかしくはない。


 さっさと謝っておこうと思ったら、心配とは逆に、酒口さんはニッコリと穏やかな顔をしていた。


「私のお母さん、DSTだったんだけど、ダークコアを止めようとして失敗したの。どうしてそんなこと知りたいの?」


 ダークコアって…確か遠くの国でたくさん人が死んだ事故だ。じゃあ、レンとは少し違うのか。分かったのはいいけど、酒口さんの様子が気になる。


 あの人が黙る間は…俺が間違えてた時にあるやつだと思ったけど、ただ返事を考えていただけだったのか。


「酒口さんは人と仲良くするのが上手いと思って、理由があるんじゃないかって何となく」

「…いいよ、誰かと仲良くしたいなら教えてあげる。人にわざと悲しかったことを思い出させるのは良くないって、覚えておいて」


 口元に力が入るのが見えた。笑顔だけど、これは人が静かに苛ついている時の変化だ。何度か見たことがある。でも、嫌なら何で説明をしたんだ。


「悲しくさせたなら謝る。でも、また同じようなことを起こさないために聞きいておきたいのだけど、その人にとって悲しいかどうかなんて、どうすれば分かるんだ?」


 聞き返した時には笑顔は消えて「普通に考えれば分かるじゃん」と冷たい目が向けられていた。困った、今は何を言っても苛つかせてしまう気がする。


「え…えっと、ナナシの母さんは最初からいなくって…」

「自分が大丈夫だからって、他の人も大丈夫だなんていうのは間違ってるから。気をつけて」


 レンに庇われてしまった。


 環境や信じるもの、個人数値、状態…人それぞれには聞かれると嫌なことが沢山あって、皆は感覚的、常識的にそれを知っている。そんなことは調べて初めて知った。言い訳をしても遅くて、それからというもの、酒口さんはレンとは仲良くしようとするが、俺とは必要なこと以外話さなくなった。


 残念だけど、これからは同じことがないように気をつけよう。初めは簡単にそう切り替えようとしていたが、学校はそんな甘い場所ではないと後々知ることになる。


 多くの人と仲が良く、繋がりのある酒口さんが、俺にした評価の影響はとても大きかった。今まで繋いでもらっていたものはなくなって、俺に話しかける人もいなくなる。こんなにも同い年の子たちが周りにいるのに、俺は黙っている時の方が多くなった。


 たとえ謝っても、一つの失敗が取り返しのつかないことになってしまうんだな。


 …


 昔のことが思い出される。そういえば、俺は同い年の子たちと話すのは、面白くないって言って、練習もすぐにやめている。そもそも得意なことじゃなかった。


 もっと悪いことに、授業で生体質を使った対人戦の見本として、普段、レンとやっている解き組手を皆の前でやった時、俺の評価は更に下がって、逆にレンの評価は上がっていった。


 細工なしで真正面から向かっていく戦い方に対して、俺の指突や末端と急所を狙うような攻撃は映りが悪かったらしい。


 『女の子相手なのに最低』だとか『狡いことやってて勝ててねぇじゃん』だとか、散々言われた。『人でなしになる』という忠告が今になって返ってくる。


 本気のレンの怖さを知らないからそんなことが言える。逆にどうすればいいのか教えてほしい。知らないのに勝手なことを言ってほしくない。


 言い訳をしたかったが、説得できそうにないし、それは正解じゃなかった。忠告をしっかり覚えておいて、映りがいい様にレンと前もって用意しておくべきだった。


 闘技では引っ張られてばかりだったから、学校では俺が引っ張っていこうって思っていたのに、気がつけば学校でも大きな差が生まれてしまっていた。

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