第24話 尽きない課題
家に着いて父親は驚いていた。
それもそうだろう、さっき泣いて出てったレンを今じゃニタニタ顔にして連れ帰ったのだから。何があったのか分からないって顔だ。なんだか気分が良い。
勝負も終わって、仲直りも終わった。これで毎日に少しは余裕が出る…そう思っていた。だけど、変わらずレンとの勝負は続くし、新しく覚えたり悩んだり、やらなきゃいけないことも増えて、どちらかというと忙しい。
父親に人でなしと言われないよう余った時間で、レンに手加減してもらいながら戦い方を教えてもらっている。代わりにレンが普通に人と話せるようになる練習、前みたいにショックを受けないよう耐える練習に付き合う。
「大きい」「お、大きいけど…かわっ…かわいい!」
「巨人」「巨人じゃ…ねぇ!」
「お前なんか嫌いだ」「ナナシは己のことが好きだ!」
言ったことに大声で返事をしてもらう。答えられなくなっていた場合はレンの憧れているものから俺が返事を考えてあげる。最初は恥ずかしがっていたり、オドオドしていたのが、慣れてきて最後は自分から勝手なことを言い出すまでになった。
何となく明るくもなって良かったのだけど困ったこともある。例えば、ご飯を食べる時とか、寝る時だとか、変に近いし、世話をしようとしたり、ちょっかいを出してきたりする。そのせいで朝起きたら骨が外されていたなんてこともあった。
どういうつもりなのか知らないけど、嬉しそうにしてるからせめて怪我をしないようにだけ気をつけている。
そして忙しさのもう一つ、父親から新しく覚えるようにと言われたことがある。
「ナナシ君もこの道場には慣れてきた頃と思う。そろそろ極流双闘術の奥義を伝授してもよいだろう。もう奥義かよって思うだろうが、心して聞くように」
俺がレンに勝ってから少し経った頃、道場で正座させられ、珍しく父親が声を張って話を始めた。
「それはズバリ……相手をよく見ること!」
力強くそう言い切って俺たちの反応を待っているみたいだった。誰も喋らない変な時間が続く。どういうことなのか真面目に聞いて待っていると…
「何だそんなことかと思っているだろう?」
思う前によく分かっていない。父親はニヤッとして聞くより見た方が早いと俺に打ってくるようにと言ってきた。その通りに立って構える。まだレンに教えるような大人に勝てるとは思わないけど勝つつもりで挑んだ。どんな風に戦うのか興味があった。
そして最後まで一発も当てることが出来なかった。
「ふぅん、掠りもしなかったな。何故だと思う?」
騙しも使ったのに父親は一歩も動いてないし、大人の力強さも使ってない。正直、特別なことをしているようにも思えなかった。
「…さっき言ってたオウギってやつですか?」
「そう、その通り! その名も『
分からなかったからもう少し説明してもらった。
ようするに人間の反応、動きには限界がある。だから色々なことを見て予想するのが戦う人の基本で、簡単に言うとその決まりや考え方をより正確に深くやるのがオクシンっていうものらしい。
「これからは二人とも日常の中でも互いをよく観察し、常に錬ならどうするか、ナナシ君ならどうするかと自分に問いかけ、よく考えなさい」
そう言われてレンを見た。目が合ってニヤニヤしている。癖や性格は何とかなりそうだけど、何を考えているのかはずっと分からないままで少し不気味なくらいだ。
「同じく、生体質の特性を互いに理解するのも大切になってくる。ナナシ君に解放場の場所は教えたが、どんな生体質かはまだ聞いていなかったな。そろそろ教えてくれないか」
大切という言葉が出たから凄く言い辛かった。仕方なく俺は説明するために服を脱いで右腕を見せる。ちゃんと見るのも久しぶりで気づかなかったけど、黒は手首から二の腕の途中まで広がっていた。
極親子2人はこれを聞いてはいけない痣か何かだと思っていたらしくて、生体質だとは思わなかったと驚いたような不思議がったような顔で見ていた。
「見たことないな、こんなの……ってことは生体質は使えない上に何が起こるかもわからんわけか」
父親は悩んだ後にそれを払うみたいにして俺の方を見る。
「よし! ナナシ君、今までの話はなかったことにしよう。警察がどうにかしてくれんだろうから大丈夫だ」
は?
「え…ウッ…父さん! ま、待ってくれよ! ナナシも前よりずっと強くなってるって…生体質がなくても何とかな…なくても…おっ己が強くなっから!」
「わかったわかった、冗談だ。だがなぁ…これはでかいハンデになる。どうするか考えないとなぁ」
- 風呂場 -
さっきは息が詰まって頭が冷たくなった。本当に良くない冗談だ。
「…」
でも、生体質が使えないのは戦う時にすごく不利になる。言われてみればそうだ。あれも実は冗談じゃなかったかもしれない。だとしたらレンに助けられたな。
「父さんの言ってたことさ、多分本気じゃねぇから気にすんなよ。さっきのことも後で一緒に考えようぜ」
お風呂に浸かっているレンがシャワーを浴びながら固まっている俺を心配してなのか声を掛けてきた。やっと分かったけど、これもオクシンというヤツだったのか。
「うん…レン、さっきは助かった。ありがとう」
何も言い返せなかった俺の代わりに必死で父親を引き止めようとしていたのを見たその時、何となく変な気持ちになったのを覚えている。
約束のため以上にレンは大事にした方がいい。そんな気になるような不思議な感じ。
「いっいや、友達なら…当然だっつぅの…」
顔を真っ赤にしてニヤニヤしているのが不気味だとか思っている場合じゃない。俺も早くレンの気持ちを分かるようにならないと。
そんな感じで『オクシン』というのを覚えるためにレンをよく見ること、それに合わせて生体質が使えない弱みを急いでどうにかしなきゃいけないことが新しく増えた。
やらなきゃいけない事がいっぱいで忙しい…はずなのだけど…
レンは学校というのが始まって昼にいないから2人で練習が出来ない。父親もアルバイトというのに行っていて教わることもない。
急に一人だけの自由な時間ができるようになった。
前に教わったことを外にある木の人形相手にもう一回やったり、レンが学校からもらったというリング…指輪に似ている機械、彩夢お姉ちゃんやジョーさんが持っていたやつだ。その中にある教科書の写しを読んだりしていた。
それでも時間が余った時は何となくオクシンの練習になるかと思って町や解放場の人たちの様子を見に行った。
面白いことに前よりも人を見ていて気づくことの数が多い。利き手とか癖、体つきと服装、動き方、話し方、見てる場所、気にすること、生体質の使い方の違い…色々あって、その人がどんな人なのかが粗く分かる。ほとんどは意味がないようなものばかりだけど、知っていると少しだけ他人が怖くなくなる。極道場に来て損なことばかりじゃなかったということだ。
日が落ちてきて家に戻れば丁度、レンの学校が終わる時間になっている。
「ただいま…」
帰ってくるレンはいつも元気がなくて疲れている。レンは体力がなくならない人だから身体が疲れているというよりは心の方だろう。
学校というのは多くの子供が勉強っていうものをしたり、友達を作ったりする場所だと聞いた。レンが何に疲れているかは予想できる。話す練習は俺としたはずなのにどうして上手くいっていないんだろうか。
原因は分からないままだけど、とりあえず元気を取り戻してほしくて何をすればいいかを聞いたら一緒に晩ごはんを食べたり、引っ付いてテレビを見たり…簡単なことばっかり。俺は怪我をしないように気をつけてればいいだけで楽だった。
「レン、リング使ってもいいか?」
「えぇー? どうせ、またこないだの人のことだろ」
レンから受け取って浮かぶ画面を出す。
このリングっていうのは教科書を見る以外にも色んな事ができる便利なもので、温めるだけの簡単ご飯に飽きたら新しいご飯の作り方が見れたり、辞書みたいな言葉以外にも有名な場所や人の事なんかも気持ち悪いくらい調べられたりできる。
それを知ってすぐ『リング社の矢島晃一』を調べてみた。すると髪が全部後ろに固められた髭のおじさんが、ニヤケながら黒い椅子に座っている写真が最初に出てきた。この人で合っているのだろうか…年を見るに婆と知り合いでもおかしくはない。
帰ってきた父親に分からないことを聞きながら画面の中にある大量の文字を読んでいく。どうやら今使っているリングや色んな機械を作っている会社の偉い人らしい。
何でそんな人が婆と知り合いなのか…でも、あの時に婆が嘘を言うとも思えない。
会ってみないと。そう思って連絡先に文章を送ってからもう何日か経つ。父親が言っていた通り、偉い人は忙しいから連絡してくれないのだろうか。直接会いに行こうにも遠くてお金もないし、それを許してもらえるとも思えない。
まずはこっちが約束を守ってからじゃないと難しい。何をしようにも結局はそういう答えになる。
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