第25話 焦りと勇み


 - 3か月後 -



 ステップと同時に左蹴りの動きが見える。いつもの飛び蹴りじゃない。俺の出方を見るためのちょっかいか。普通なら避けるけど、早めに読めたから、蹴りが来た時にやろうとしていたことを試す。


『父さんは相手をよく見ろってしか言ってねぇけど、最初ん時はこれが来たらこうすっとか、考えといてもいんだ』


 レンの蹴りは強すぎて受けても勢いを止められない。だから足首を掴んで飛び上がり、蹴りの勢いのまま捻る。


『わっはっはっは、ナナシかっるぅ~』


 だけど、これだけじゃレンは倒れない。思った通り、飛び上がって捻られた方向と同じように回って着地した。まだ少しよろけている内に掴んだ左足を使って崩せれば、何回かは攻撃を当てられるかもしれない。


 もう片足を払おうとしても俺の足が届かなさそうだし、急に放しても簡単に持ち直されそう。考えている間にも片足が飛び跳ねながら俺を引き剥がそうと暴れまくっている。


 小指を折れば少しは止まるかと急いで掴んだら、大きく跳ねたレンに両足で手を挟み込まれた。そのまま俺にぶら下がって、お尻を両足にぶつけられる。前に倒れ込んだところを足で持ち上げられ、すごい勢いで後ろに投げ飛ばされた。


 上手くいかなかったけど、受け身と取って立て直す。大きな隙が出来てしまった。きっとレンはすぐ勝負を決めに来る。


『試合ん時は手加減すっと怒られっから、出来るだけ一発で終わらせてぇんだよな』


 あの勢いを溜める構えだ。飛び蹴りが来る。多分、避けるよりもレンの方が速い。


 こうなったら右腕で受け止める。


 偶然に分かったことだ。俺の右手の黒はもう肩まで来ようとしていて、その部分は痛みも熱さも…というより感覚がなくなっている。これが俺の生体質だとして攻撃を防いだり、殴っても痛くなかったりで使える。


 蹴りで腕が吹っ飛ばされても骨が折れたり抜けたりもない。体は崩れるけど、これしかないと思って構えた。


「フゥゥーー!」

「あ…」


 レンの脚が少し膨らんで縮んで筋みたいなものが見える。力を更に強くできるというレンの生体質だ。俺は踏ん張る隙もなく、一瞬で腕ごと吹き飛ばされた。


 壁に叩きつけられ、崩れ落ちて倒れる。クラクラする中で父親の「そこまで」という言葉が聞こえた。しばらく息ができずに苦しくて四つん這いのまま耐えていると、レンがずっと謝ってくる。毎回いいと言っているのに。手を差し出されると同時に掴んで起き上がる。


「うーん、焦り過ぎて踏み込む足が逆だったな、あれじゃ腰がねじれて防げない。それにまさかだと思うが、指を折るなんてことも禁止とする」


 父親が顎を撫でながら間違いを注意して禁止を増やす。


 最近、それで悩むことが多い。


 勝負や練習を続けてても急にだと間違えるし、レンに勝てたのも運良く数回だけ。工夫したり考えたりしてもすぐ禁止にされて、それも20個目だ。レンとペアを組んで一緒に戦う練習も、俺が足を引っ張って上手くいっていない。


 俺は戦うのに向いていないのかもと気分が沈む。


 この不安もあって夜の庭で一人、木の人形相手に技の練習をするようになった。頼んではないのだけど、たまにそれが見つかって、父親が間違いを注意しに来たりする。


「自分の動き一つひとつをしっかり確認するんだ。何となく身体が動く感覚を広げておいた方が錬とも合わせやすくなる。目線に気を配るのは後でいい」


 来るのはいいけど、邪魔に思えたりもする。今、覚えようとしているのに横で色々言われるとまた不安が増える。


「…」


「ん?どうかしたか?」

「…レンに追いつける気がしなくて、来週の交流試合っていうのも不安なんです」

「あいつは慣れてる分、習得も早いんだ。特段、焦ることじゃない。試合はいつものように気軽にやったらいい」


 気軽な時なんてないんだけどな。


「でも、遅れてたらレンも先に行けないし、急がないと…」

「そこも支え合うのが番でペアだ。それに習得は早い方がいいとは限らん。到達の過程でどれだけ多くを見出すか、正しく理解できるかの方がよっぽど大切だぞ?」


 そう言われても不安がなくなることはなくて練習を続けた。


 変わらず父親は窓から足を出しながら俺を見ていて、途中からレンも来て隣に座る。集中しづらい。



「どうだ? ナナシ君は」

「どうって…ちゃんと戦えてっし、大丈夫だろ」

「そうか。最初はどうなっかと思ったが、中々丈夫でヘコたれんよなぁ。ただ情が薄いというか、見境がなくて危なっかしいとこさえなけりゃなぁ…」


「…ナナシは己より体弱ぇし、傷ついたり喜んだりちゃんとするよ。すぐ決めたら出来るのもスゲェと思うし、頭いいし、己のこと考えてくれっし、よく見っとカッコいいし…」

「…」



 - 一週間後 対人武館 -



 外に色んな人がいるように戦い方にも色々ある。大会に出るなら多くを見ておいた方がいい。父親にそう言われて行くことになった交流試合、いよいよその日がやってきた。


「これからライバルになる組もいるかもしれんから一挙一動、抜かりなく見ておけよ~」

「「はい」」


 会場に向かう車の中でクドクド言われる。父親はこの試合を取り付けるのにとても苦労したらしくて、いつもより張り切っていた。


 しばらくして卵を縦に割ったみたいな凄く大きい建物が見えてくる。あそこで戦う練習をしてきた人たち同士がたくさん集まるらしい。人前に出るのに目立たないよう一応、毛染剤で髪を黒くして、右腕を腕カバーで覆っている。


 レンは何度か来たことがあるらしいから、交流試合について色々聞きたかったのだけど、それどころじゃなさそうだった。人が沢山いるのが嫌だと言って、ずっと元気がない。


 戦っていればよくて、人ともそんなに話さなくてもいいし、父親の話じゃレンは他の人と比べても強い方らしいから、俺と違って心配もないはずなのにどうしてだろうか。


 建物の玄関に着いて、すぐ父親が笑顔を作りながら、体の大きなお爺さんたちに近寄っていく。俺とレンは挨拶をしたら着替えて準備運動をしていろと言われ、奥に進んだ。


 残る父親はお爺さんたちにペコペコと感謝を言っていた。俺はずっと闘技大会を目指すということにピンときていなかったけど、頑張っている父親を見て少し思いの強さを感じられたような気がする。


 着替えがいつもと違って、靴と道着の上から膝や肘なんかにプロテクターという小さな鎧みたいなのをつけなきゃいけない。それだけ今日は危ないということだ。


 でも、なんか周りの人たちは道着じゃなくてパツパツの動きやすそうな格好だったり、カッコいい模様があったりする服が多い。俺たちだけ少し違って、目立っているような…


「レン、大丈夫か?」

「おっ、おう…」


 下を向いて歩くのが遅いレンを引っ張っていき、扉を抜けると建物の中とは思えないくらいに、広くて天井の高い場所に出た。周りを囲むみたいに沢山の席があって、全部が埋まらないまでも多くの人が座っている。


 中央の方には、子供から大人に近いような人がもう生体質を使って体を準備させていた。俺たちも急いで準備を始めていると…


「ん?」


 よく周りの人と目が合う。こんなに人がいるのだから偶然とも思ったけど、それにしても多い。まさか見られている?


「すまんすまん、遅くなった。まずグループに分かれて、戦いたい相手を見つけたら担当資格者に言って順番を待て。後の方で合技部あわせわざのぶのペア戦にも参加するから気合い入れとけよぉ」


 父親は俺たちに番号を伝えて、自分が担当するというグループに行ってしまった。俺とレンはどうやら違うグループらしくて、肩の下がったレンの背中を見送って、俺も自分の場所に向う。


 周りを見た感じだと俺と年も大きさも同じくらいの人たちが集まっている。多分、そういう分け方なんだろう。


 …じゃあ、誰に話しかけようか。


 試せるのは3回だけらしいから丁寧に選びたいけど、少し憶心が出来るようになった俺でも、この人たちの中で誰が強いかを見分けるのはまだ難しい。だから面白そうというか、どんな戦い方をするのか気になる人を選ぶことにした。


「すみません、相手はいますか?」


 頭に黒い布を巻いて、細長い鉄の棒を肩に担いだ男の子。周りを見ながらずっとニヤニヤしていたことは一旦置いといて、鍛え方は生体質の戦い方によって変わるらしいけど、ちゃんと身体を強くした感じがあるし、傷が多いから練習も結構やってきたのだろう。それに周りに比べて武器が大きくて長いから珍しい戦い方をするのかもと思った。


「おぉ!自分から俺様に挑んでくる奴がいるなんてな、いい度胸してるぜ!」

「…もしいなかったらお願いします」


 思った通り変だったけど、断られなくてよかった。あとの2人はこの後の戦い方を見てから決めることにしよう。

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