第14話 経路開通


 - イズレ荘 夕方 -



「お前、間違っても俺が仲良くしたいって言ってたとか、余計なこと言うんじゃねぇぞ?」

「はい、俺の約束もお願いします」


 その後、約束を交換した。


 俺はジョーさんが高憧さんと仲良くなるのを手伝う。その代わりに俺を町から家、家から町まで運んでもらう。これで婆がいない日は好きな時に町に行くことができる。ジョーさんも俺が町に来て、高憧さんに会いに行けばついでに話ができる。


「そうじゃねぇって、もっと手首をこうだっつーの」

「こう?」


 今は高憧さんの家の前に戻ってきてドッジビーをしている。


 昨日の子たちにボコボコにされて、ずっと悩んでいた。ジョーさんに話したらノリノリで『教えてやる』って言われて付き合ってもらっている。


「おぉ、なんだ、意外と出来るようになってきたじゃねぇか」


 投げたディスクを、ジョーさんは指一本でキャッチしてクルクルさせる。俺はこの練習の間でちゃんと真っ直ぐ投げれるようになっていた。


「ジョーさんの言うとおりにやったらできたから、多分ジョーさんの教え方が上手い」

「あったり前だろ、こう見えて全地区目指してたから…な!」


 ディスクを体ごとグルグルさせて上に勢いよく投げた。一瞬で見えないくらいの高さまで上がったと思ったら、急に落ちて壁に当たるとピッタリ指に戻ってくる。ディスクが自分から戻ってきたみたいな凄い技だった。


「どうやったんですか?」

「つまんねぇ反応だな…子供なら『すごーい』とか、もっと羨望の眼差しをよこせって」


 細めた目でそう言われた。本当にすごいと思ってるんだけど。今度は驚いて見せるために目を大きく開く。


「すごい、どうやったんですか?」

「…まっ練習すりゃできんだよ。解放場いきゃもっとすごいの見せてやれるんだがな」


 微妙な顔でこっちを見られたけど、何とか伝わったのか前を向き直して自慢していた。


 婆はこういうのを『くだらないね、あれを遊びじゃないと必死こいてやってる奴らの気持ちが私には分からないよ』と言っていたけど、俺にはジョーさんが楽しそうに見える。そんな顔を見ていたら聞きたくなった。


「ジョーさん」

「なんだよ」

「俺、生体質が使えないんです」

「……使えない?」


 ジョーさんは驚いて止まっていた。俺が「はい」と答えると避けるみたいに違うところを見る。


「…へぇ、珍しいな。で、それがどうかしたのかよ」

「ずっとこのままだとしたら、俺はどうなると思いますか?」


 本屋さんの生体質集と解放場で会った子供たち、外では皆が自分の特徴を上手く使おうとしている。もしなかったとしたら、これからどうなってしまうのか。婆と似ている大人のジョーさんなら正直な答えが聞けると思った。


「どうなるって…別にどうなることもないだろ」


 首元をポリポリと掻きながら言い辛そうにしていた。そして少しの間、悩んでいるみたいにしていると、俺の目の高さまで屈んでこう言った。


「お前が言いてぇのは要するに…他人には普通に出来て、自分には出来ねぇっていうのが嫌ってことだろ?」


 嫌というか、困るっていうか、でも大体合っていた。


「俺も色々諦めた時は考えたけどよ。自分を特別だって思うことも悪くねぇが、俺にしかできない事なんてのも別にねぇって気づいたんだ。今の仕事もやろうと思えば誰でも出来るような仕事だしよ、生体質なんて関係ねぇよ」

「なくても何とかなるってことですか?」

「こんな俺でもまぁまぁやっていけてんだ、心配ねぇだろ」


「……」


 確かに言われたらそうかもしれない。車の運転もお肉を売るのも、よく考えれば生体質は関係ない。何で気づかなかったんだ。


「じゃあ、俺は今まで通りで…」

「ナナシくーん!」


 途中で誰かの声に邪魔された。道路の方を見ると、高憧さんが手を振りながらこっちに来ている。タイミングが悪い。


「あっ高憧さん…」


 ジョーさんの顔が一気に緩む。


「ただいま、もしかして何かしてた?」

「…うん、ジョーさんにドッジビーを教わってた」


 そう言って高憧さんの目を向けさせてあげると、ジョーさんは上手く動かない口と作られた笑顔でこっちにやってくる。


「や、や、どっどうも…。アッ遊んでたらぁ懐かれちゃいまして…」

「あら、そうなんですか。ありがとうございました、面倒見てもらっちゃって」

「いやいや、これくらいならいつでも…」

「じゃあ、ナナシくん行こうか!」


 高憧さんは俺の手を取ってすぐに階段を上がろうとする。用がないなら帰ろうとするのは普通だけど、何だか逃げているみたいだった。


「あの!」


 ジョーさんが俺たちを呼び止めた。笑わない高憧さんが振り返る。


「もしよかったら明日、俺がナナシくんを家まで送りますよ! いつも通ってる道ですし、折角ナナシくんとも仲良くなれたんで!」


 頑張っているな。ジョーさんには悪いけど見ていて面白い。初めて話をする時の俺もこんな風に見えているのだろうか。


「えーっと、ナナシくんはどうしたい?」

「俺はお願いしたいです」


 はっきりと答えた。そういう約束だから。すると、高憧さんは微妙な顔で少し「うーん」と考える。


「ナナシくんがそういうなら…お願いします」

「えぇ、任せてください!」


 ジョーさんは元気になった。


 あっ、あんまり遅いと婆が帰って来るかもしれないし、1日空いているから畑と鳥が気になる。出来るだけ早めに家に戻っておきたいな。


「出来れば朝にお願いしたいです」

「おぉ! 朝な、いつでも大丈夫だぞ~!」


 また明日、高憧さんに会えるのがよほど嬉しいのか、ジョーさんは笑って結構強い力で俺の頭をワシワシ撫でる。痛い。


 家に戻った後、高憧さんにも生体質がないことについて聞いてみたら、ジョーさんと同じで安心していいと言われた。しかも俺みたいに生体質がない人には国からお金が出る仕組みがあるらしい。だけど本当に心配しなくてもいいのだろうか、少しモヤモヤが残る。


 ついでにジョーさんのことについても聞いてみた。ご飯をもらったことも約束通り話したけど、あんまり良く思われてないみたいだった。高憧さんは男の人を信じるのが難しいらしい。



 - 翌朝 -



「運転は大丈夫ですかね? シートも掃除したんで綺麗だとは思うんですけど…」

「お構いなく」


 車で送ってもらっている途中、ジョーさんが丁寧に聞いて、高憧さんが適当に返す。どうしてか俺の住んでいる所を見たいとかで、高憧さんも一緒に来ることになった。


「ナナシ君の家って本当にリングビルの近くにあるのね…」

「うん、もうちょっと先」

「…なんだか動物除けの芝しかなくて頭が変になりそう」


 窓の外を見て心配、いや不気味がっているみたいにしていた。俺は気にならないけど、よく考えたら普通は危ない生き物が向こう側にいる場所って気持ち悪いのかな。


「この辺も、ガキの頃はよく遊びに来てたんですよ」


 ジョーさんが前の鏡を覗いて話に入った。


「前は那々岬まで家があって活気もあったんですけど、22年経って潮が引いたみたいにすっかり緑だけになっちゃいましたよね」

「へぇ、そうだったんですか」


 高憧さんは興味なさそうだったけど、俺は気になった。


「なんで今は家がないんですか?」

「昔、動物どもが壁をぶち抜いて雪崩れ込んできたんだよ。丁度、お前んちの近くで」


 初めて聞いた。そんなことがあったのか。通りで皆が遠くに行くわけだ。


「でも今は壁が強くなったから心配いらないよ」


 眉毛の間にシワを作った後、俺を安心させようとしているのか高憧さんが優しく笑ってこっちを見る。



 - 海崖の家 -



 家に着いた。3日しか離れていないのに懐かしい安心を感じる。運よく鳥も野菜もまだ生きていた。後でいっぱいご飯をあげないと。


「うぁ、すごい…」


 何がすごいのかは分からないけど、隣で高憧さんが周りを見て驚いている。その隙に「おい」とジョーさんに引き寄せられて秘密の話が始まった。


「俺の呼び出し版だ、必要ねぇ時に押すなよ?」


 小さなボタンを渡された。昨日、話にあった町に行きたい時にジョーさんを呼び出すための道具だ。


「じゃあ…頼むぞ」


 目で分かり合って首を縦に振る。


「彩夢お姉ちゃん」

「ん、どうかした?」

「今日はこれで帰るけど、また町に来たら会いに行ってもいい?」


 今回の町の探検で大きな助けになったのは間違いなく高憧さんだ。また町に行ったら頼りにしたい。というか、これをダメだと言われたらジョーさんが俺を車に乗せる理由もなくなって、ほぼ町に行くことができなくなる。


 答えを待っていると高憧さんは俺の目の高さまで来て、急に両手を掴んできた。


「もちろんよ! いつでも遊びに来てね、待ってるから」


 強めに手を握られた。少し痛い。


「あっあ、そこでなんですけど、ナナシくんをこっちに連れてきて高憧さんに会いたいって言った時、連絡出来たらなぁ…って思ったんですけどぉ…」

「…じゃあ、私の連絡先、伝えておきますね」


 2人が指の輪っかから出る光を触って何かをしている。ここまでジョーさんに言われた通り、上手くいってよかった。これで町に行くのが簡単になる。

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