第四十話 ナイトとして


              ☆☆☆その①☆☆☆


 それから二人は、手を繋いだままデートを続けた。

 輸入雑貨のお店や、女性物のファッションのお店など、育郎が初めて訪れるお店を、いくつも巡ったり。

「その帽子、気に入ったの?」

「ん~でも、ちょっと今日の服には合わないんですけどね~♪」

「でも、亜栖羽ちゃん自身には似合ってて その…すごく、可愛いよ」

「そ、そうですか~♪」

 青年の素直な言葉に、少女も嬉しそうだ。

 こんなふうに、ラブラブで時間を過ごし、夕方。

 休日の自由ヶ山には、それでもまだ遊び足りないおしゃれな若者たちが、更に増えていた。

 手を繋いで、駅までの道を歩く。

 それだけなのに、凄く幸せで、今なら何でもできる気がする。

(とにかく、亜栖羽ちゃんのナイトとして、責任を持って家まで送らないと!)

 先日の決意を、あらためて心に誓う青年だった。

 青信号になって、多くの若者たちと行き交う。

 幸せの中にいながら、育郎は少しずつ、憂鬱な気分になっていった。

(…みんな 意外とこっちを見てる…)

 今までのデートでは、亜栖羽に嫌われないようにとか、亜栖羽にイヤな想いをさせないようにとかで、周囲の視線を気にする余裕はなかった。

 しかし今、あらためて周りが気になり始めると、解る。

 みんな、こっちに気づくと、笑う。

 幸せなカップルを見る微笑ましい笑みではなく、あきらかに、嘲笑の笑い顔。

 それが、筋肉青年に向けられているだけなら、慣れているから気にならないだろう。

 しかし嘲笑は、小柄な美少女にも向けられている。

 その真意は、育郎にとって想像に難くない。

 あんな顔の野郎とデートしてる。

 あんなに可愛いのに、男を見る目が無いわね。

 男性は、育郎の巨体などを恐れて、嘲笑を誤魔化しているものの、女性は割と、あからさまだった。

 獣のような面構えの大おっさんと、小柄でキラキラ輝く美少女の組み合わせ。

 対して世のカップルたちは、みなバランスが取れて見える組み合わせが殆どだ。

(あ…亜栖羽ちゃんが…女性たちに笑われてるって…事だよね…)

 やはり自分は、亜栖羽と、つりあいが取れていないのだ。

(あ、亜栖羽ちゃんが、僕を選んでくれているんだ…っ!)

 だから、解っている。

 けど。

 それは、駅でも、電車の中でも、同じだった。

「オジサン、電車 途中で乗り換えますから♪」

「あ、う、うん…、えっと、どこまで買うんだっけ?」

 駅で切符を買った育郎は、それでも落ち込む気分を、必死に隠しているつもりだった。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 繁華街から駅を四つほど通過して、乗り換えてから更に三つほどの駅へと到着した。

「さ、着きました~♪」

 改札を出たら、駅前は再開発中で、大きな駅ビルが新しく建設中。

 そこかしこに緑があって、海が近くて風も涼しく、とても健康的な街だと解る。

 広い通りや様々なショップが立ち並んだストリートもあって、少女の実家の最寄り駅は、駅前商店街というよりも、ショッピングタウンといった街並みだった。

「す、すごい…っ!」

 育郎だって都会の一角に住んでいるけど、どちらかといえば下町風情だ。

 対して亜栖羽が住む街は、店といい街全体の景観といい、イメージそのままな、現代的で自然も豊かな、理想的な街。

(あ…亜栖羽ちゃんって…僕なんかとは ステージそのものが 違う気がする……)

 すっかり打ちひしがれた育郎は、引っ張られるように、亜栖羽の実家へと到着。

「は~い♪ ここが 私の住んでいるマンションで~す♪」

 言われて、見ると、首がそのまま真上へと向き上がる。

 どこまでも高いタワーマンションが、目の前にあった。

 横に広い下層部分は、きっとマンション全体の値段的には、安いのだろう。

 それでも、育郎の収入ではローンも組めない値段だと思われる。

「ここの三十八階が、私の実家で~す♪」

「三十八階っ!」

 窓を数えてもかすんで見えない程の、高層階だ。

(……やっぱり…)

 なんだか勝手に、自分が惨めに思えてきた。

「オジサン、今日はすっごく、楽しかったです♪」

「う、うん…」

 バッグを受け取る少女の笑顔が、夕日に照らされて、いつも以上に眩しく見える。

「それでですね~。オジサン、さっきから何か シンミリしてますよ~?」

 下から心配げに覗き込む少女の瞳が、自分なんかには不釣り合いな気がして、少し痛く感じてしまう。

 自分のコンプレックスの問題を、亜栖羽にグチるのは、格好悪い。

「いやその…ぼ、僕はその…整形手術とか、しよ~かな~。なんて…あはは」

 頑張って明るく振舞う青年に、少女はキョトン顔。

「? 整形手術ですか~? あ、二重にしたい、とかですか~♪ オジサンの二重、可愛い~♪」

 想像して、楽しそうに微笑み、輝く愛顔が、惜しみなく向けられる。

 やっぱり可愛い。

 だからこそ、思う。

「ぼ…僕はその 亜栖羽ちゃんと つりあう男になるためにも、その…もう少し…っていうか かなり…イケメン…ぎみ? のほうが、その、きっと–」

「きっと誰も笑わない。ですか~?」

「え…」

 心を見透かされたみたいで、育郎は驚いた。

 そして亜栖羽は、静かに言った。

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