第十五話 散歩道にて


              ☆☆☆その①☆☆☆


 喫茶店を出て、隣駅まで続く緩やかなカーブの散歩道へ。

「わぁ~、素敵~♪」

 線路沿いのちょっと広い歩道は、輸入の小物や雑貨、オリジナルのアクセサリーなどを販売している小さな個人商店が、あちこちに店舗を構えている。

 道の左右は一般住宅と様々なお店が混在していて、足下は煉瓦で舗装。

 小物だけでなく、アイスやクレープ、ケバブなどの軽食も出店していて、食べ歩きしている人たちが結構いたりする。

 休日で自転車の乗り入れも禁止されていて、路上には自由に使えるテーブルやチェアも設置されているから、安心してノンビリ歩ける場所だった。

 若い男女や女性たちのグループが行き交っていて、やはりデートコースとして、正解だろう。

 プレゼントした花を、亜栖羽は映画館や喫茶店に忘れてくる事もなく、ちゃんと持っている。

「じゃ、ちょっと歩こうか」

「は~い♪」

 散歩道がよほど気に入ったのだろう。

 少女はまるでスキップするかのように、楽しそうに隣を歩く。

 黒いパンクファッションは、艶めく表面で陽光をピカピカに反射させて輝く。

 腕の中の花束も、少女の笑顔を引き立たせている。

 歩くに合わせて揺れるアクセサリーも時折、強く照りを見せて、暖かい陽射しと相まって、まるで全てが亜栖羽を祝福しているようにすら見えた。

(…亜栖羽ちゃん、やっぱり可愛いな…)

 歩きながら、言葉もなく見惚れてしまう青年だ。

 落ち着いて少女のファッションを見ると、黒艶ビニールの間から、鎖骨の括れや腿が剥き出し。

 皮下脂肪がパツパツで、衣装とは全く別の、生っぽい艶と色香を発していた。

(……ハっ! 僕はっ、いやらしい目でっ、亜栖羽ちゃんをっ!)

 そんな自分に、小さな罪悪感を感じてしまう、純な二十九歳。

 自分に、少なくともデートしてくれている女性がいるなんて、今現在でも夢のような、現実感のない感じ。

 それでも。

 このまま、亜栖羽ちゃんと一緒にいたい。

「お天気も良いし~、風も優しくて 気持ち良いですね~」

「ハっ–そ、そうだねぇ」

 突然の言葉で妄想を断ち切られながら、育郎はドキドキが収まらなかった。

「この散歩道って、可愛いお店がいっぱい ありますね~♪」

「あ、そうだそうだ!」

 大人の漢として大切な事を、つい忘れていた。

 この通りを歩きながら、適当にお店に寄ったりして、亜栖羽が気に入った小物でもプレゼントしよう。

 と、計画もしていたのだ。

(うんっ、大人の余裕をっ!)

 心の中で、少年みたいにやる気の拳。

 丁度、左側の植え込みの先に、小物屋さんがあった。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「ちょっと、寄ってみようか」

「は~い♪ あ…!」

「ん? わっ!」

 亜栖羽が小さく驚いて、大きく目を見開いて見つめた先には、カップルがいる。

 路上のテーブルを使用しているその二人は、なんとテーブル越しに、甘い雰囲気の軽いキスを繰り返していた。

 まるで、フランス映画のワンシーンを思わせる光景。

 お店とテーブルは離れているけど、育郎たちとは直線状だ。

 大人の男は、慌てる。

「べ、別のお店も 見てみようか–わわっ!」

「きゃ~?」

 反対側のアクセサリー店へと方向転換したら。また別のカップルが立樹に壁ドンする姿勢で、甘いキスを繰り返している。

 更に別のお店へ向かおうとしたら。

「ああっ、あっちのお店–あわわっ!」

「ひゃ~? さすがにオドロキ!」

 モダンなカップルがベンチの上で対面座位なスタイルで、大胆な抱擁とキスを濃厚に重ねていた。

 アメリカ映画のセクシーギャグみたいな、激しい恋人たち。

「ええっとぉっ–な、なんか カップル率が…っ!」

 気づくと、昼過ぎの散歩道はカップルが大量発生。

 あちらこちらでキスしたり抱き合ったり膝枕したりと、それぞれに想いを交換し合っていた。

 慌てふためく青年に比して、少女はドキドキしながら、恋人たちを観察している。

 しかも背後からは、巡回中のお巡りさんまで見えてきた。

 絶対に職質とかされる。

「あ、亜栖羽ちゃん、ちょっと急ごうか!」

「え? は~い♪」

 無意識に少女の手を取って、速足で散歩道を抜ける育郎たち。

 亜栖羽は頬を染めて、黙って育郎に手を引かれていた。

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