第十六話 どこで食べましょ


              ☆☆☆その①☆☆☆


 散歩道を抜けると、車道との大きな十字路に出る。

 左側には、映画を観た映画館の最寄り駅の、更に隣の駅があり、車道を挟んだ向かい側に、目的のイタリアン・レストランがあった。

 白い五階建てビルの一階がレストランで、大きな窓とイタリアの国旗が、清潔で明るい印象のお店。

 ネットで調べた限り、値段はちょっとお高いものの、盛り付けや彩りや味など、かなり大人の女性受けをしているらしい。

「あそこでお昼、食べようか」

「わ~、イタリアンですか~!」

(よし、反応は良好だぞ!)

 青信号になった歩道を、特に育郎は亜栖羽を護るために左右をよく確認しつつ渡って、お店に到着。

 入口に立つと、大人の男性としてエスコートをする。

「さ、どうぞ」

「えへへ、ありがとで~す♪」

 育郎が扉を開けて、レディーファーストを示したら、中から若い店員さんが慌てて出てきた。

「も、申し訳ありません お客様。本日は急なご予約を戴いておりまして…大変失礼ながら、一般のお客様は お断りさせていただいておりまして…」

「えっ!?」

 言われて、表の看板を見ると、確かにその旨の張り紙が貼ってあった。

 少女の好反応に浮かれて、すっかり見逃していた青年だ。

 しかも店員さんによると、どこだか外国の政府関係者からの、急な要請だったらしい。

「た、食べられないんですかっ!?」

「もっ、もっ、申し訳っ、ございませんん…っ!」

 驚いて結構な怖い顔になった育郎に、若い店員さんは、人外に命乞いをするかの如く、恐る恐る謝罪を繰り返す。

(そ、そんなっ…このお店以外、注目してなかったのに…っ!)

 タイミングずれ+自分の準備不足+普段から出歩かなさすぎの、トリプルコンボな失態だ。

(どどどっ、どうしよおおおっ!?)

 今からお店を探すにしても、この近辺でこのレベルのお店なんて、見当たらない事だけは知っている。

 青年は、恥も外聞もなく、店員さんに縋り付く。

「あのっ、あのっ–僕たち一組だけでもっ、何とかなりませんかっ!? 僕たち初めてのデートなんですっ! ああっ、二人分がダメならっ、せめて彼女の分だけでもっ–」

「おっ、お客様っ、それはっ–」

 大柄で強面の青年に縋られて、まるで地獄の悪鬼に取り押さえられてしまったかのような恐怖で震えながら、店員さんは必死に涙目で、その恐怖とお客と戦っていた。

「オジサン、しかたないですよ~」

 亜栖羽の明るい声で、育郎は断念せざるを得なかった。

 命を救われた気分の店員さんは、愛らしいパンク猛獣使いに、この世に現れた天使を見る想い。

 青年は、ガックリと肩を落として詫びた。

「ごめんね、亜栖羽ちゃん…」

 店を後にしつつ、小さな少女の背中を付いて歩く、巨体の青年。

 せっかく、美味しい食事を楽しませてあげられると思ったのに。

(こんな手際の悪い男…嫌われて当然だよね……)

 初デート前に色々と調べた中で「エスコートの出来ないダメ男特集」みたいなページもあった。

(こ、ここから…どう挽回すれば…っ!?)

 とにかく、亜栖羽を飽きさせてはならない。

「ちょっ、ちょっと待っててね! すぐに良いお店、探すから!」

 育郎は慌てスマフォを取り出すと、必死になって新たなお店を検索。

 そんな汗かく青年に、少女は優しい笑顔を浮かべつつ、思わぬ提案をしてきた。

「オジサン、私 行きたいところがあるんですけど」

「え!」

 まさに、天使の救済。

 亜栖羽が行きたい場所なら絶対に喜ぶし、ある意味、付き合うこちらも大人の余裕を見せられるだろう。

「そ、そう? ならうんっ、行こうか。ドコだって付き合うよ!」

 救助された遭難者のような安堵の笑顔で、胸を張る育郎。

「それで、どこに行きたいの?」

「オジサンち♪」

「なるほど僕の………えええっ!?」


              ☆☆☆その②☆☆☆


 二人で電車に乗って、先ほど映画を観た駅で乗り換える。

 ドア横に立った二人は、ちょっと混雑してきた車内で亜栖羽が押されないよう、育郎が盾になって、少女を護ったり。

 その体勢は、大きくて安全な壁そのものだ。

「えへへ…♪」

 育郎の無自覚な行動に、護られた亜栖羽は嬉しそうに、頬を上気させていた。

 五つほど離れた駅でまた乗り換えて、更に六つほど駅を過ぎると、育郎の住む街に到着。

「わぁ~、ここが オジサンの住んでいる街なんですね~♪」

「う、うん…」

 小さな木造の駅は、古いのではなく、最近そのように改築された新しい駅舎だ。

 駅前の下町っぽい商店街は東西に長く、休日の昼下がりで子供たちが多い。

 八百屋さんや魚屋さん、揚げ物屋さんなどで、この街の胃袋を支えているだけではない。

 オモチャ屋さんやプラモデル専門店、本屋さんから服屋さん、家具店から散髪屋さんまで、生活一式が賄える、昔ながらの商店街だった。

 育郎は、大学合格と同時に上京し、大学を卒業した後も、ずっとこの街に住み続けている。

 もはや第二の地元であり、第二の故郷と言えた。

(あ、亜栖羽ちゃんを、連れてきちゃった…っ!)

 別に、この街が恥ずかしいわけではない。

 ここに来たという事は、育郎が住んでいるマンションの自室に案内する。という事だ。

(ほ、本当に、そんな事にっ、なるのだろうか…っ!?)

 人生初の、女性が部屋に来るイベント。

 少女は、大きな瞳をワクワクでキラキラに輝かせている。

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