第五話 初めてで失敗したけど
☆☆☆その①☆☆☆
帰宅した育郎は、ドキドキしながら礼服を脱いだ。
亜栖羽と出会って未だにドキドキしているというより、更にドキドキしている状態。
「こ、これから…メール、しないと…俺からっ!?」
仕事以外で女性にメールなんて、した事がない。
いつメールすればいいの?
今メールしてもいいの?
何を書き込めばいいの?
「な、何か楽しい話題とか…ないかないか…っ!」
記憶の引き出しを、開けられる限り開けて見ても、女子高生を楽しませるような話題なんて、皆無の育郎脳だ。
「プログラム…の話なんて論外だろうし、プラモ…ってそもそもそんなに深く追求してるわけじゃないしっ、女の子向けとも言えないし…っ!」
最近見た映画は、ミニシアター限定なニッチジャンルだし、特に美味しいお菓子を知っているわけでもない。
「あああ~っ、僕はなんてっ、話題の幅のない人生を送って来たんだ~っ! ハァっ–そ、そもそもこのままじゃ、失礼なんじゃっ!?」
礼服を脱いで、ワイシャツとパンツと靴下な姿。
「こんな格好でメールとか、大人として格好悪いだろうなっ!」
慌ててシャワーを浴びて、全身綺麗サッパリになった育郎だ。
時間的に、現在は午後の十一時過ぎ。
「…こんな時間にメールとか、逆にマズいかな…」
しかし、メールをくれと言ったのは、亜栖羽の方だから、メールしないのは逆に失礼だろうか。
「ど…どうしよう…」
手の中のスマフォを不安げに見つめる、顔が恵まれない青年。
スマフォに心があれば、持ち主から凄まじい怒りで睨みつけられてこのまま破壊されるのではないか、みたいな恐怖を感じるだろう。
それからしばらく、ベッドやキッチンでウロウロと悩み、青年は、人生初の、女子へのメールを送る決意をした。
「や、約束したんだ…! もし怒られてもっ、約束を無視する男になるよりっ、ずっとマシだっ! そうだよなっ、僕っ!」
今一度、自分に言い聞かせて、育郎はスマフォのメールアプリを開く。
「えっと…まずは件名は…」
『件名 今日は楽しかったです。』
「…普通かな…。もう少し楽し気なほうが…?」
『件名 こんばんは~!』
「テンション高すぎかな…?」
それから三十分くらい、青色縞々パジャマの青年は、件名で悩み続ける。
「…こ、こんな感じかな…?」
『件名 本日はありがとうございました』
「よし、送信…と–うわっ、しまったっ!」
件名が決まったら安心して、ついそれだけで送信してしまった。
「な、内容が何も書いてない…っ! ま、まずいぞ!」
これでは、ご挨拶の中のご挨拶。みたいな冷たい印象になってしまう。
貰った亜栖羽もいい気分がしないだろうし、もしかしたら怒ってこれっきり。なんて最悪の事態も。
「あわわっ–いい、急いで新しいメールを…!」
などと慌てていたら、スマフォが鳴った。
☆☆☆その②☆☆☆
「うわっ–あ、亜栖羽ちゃんっ!」
少女からのメール。かと思ったら、なんと電話。
「電話っ!? こ、これは…!」
怒りのメールではなく、直接怒鳴らなければ気が済まぬ。みたいな感じなのだろうか。
「か、神様…! どうか、亜栖羽ちゃんとの仲を…引き裂かないでください…!」
神様から「我はそんなに暇でなし」と呆れられそうな願望へと真剣に縋り、育郎は恐る恐る電話に出た。
「も、もしもしあの–」
『オジサーン。約束通り、メールくれましたねー♪』
「あ…ぅん」
何だか楽しそうだ。怒っている様子はない。
「あ、あの…メール、その…件名だけ…」
『オジサンのあわてんぼ~。私、メール貰った時 笑っちゃいましたよ~♪』
「ご、ごめん…慌てちゃって…」
『いえいえ~♪』
こちらの失敗を理解してくれていたようだ。
(神様…ありがとうございました…)
心の底から感謝の祈りを捧げる青年。
『オジサン。画面 切り替え出来ますか?』
「カメラモードの事? 出来るけど…」
『だったら~、カメラでお話し しませんか?』
「え、うん。 いいけど…」
何であれ、お風呂に入っていて正解だった。
パジャマも新しいのを着ているし、失礼ではないだろう。
「そ、それじゃあ…」
『切り替えま~す♪』
一緒のタイミングで画面を切り替え。
モニターいっぱいに映ったのは、ピンク色のパジャマを着た、愛らしい少女の姿だった。
「か、可愛い……」
思わず心の声が口からこぼれる。
『えへへ~。オジサンも パジャマなんですね~』
なんだか気が合う。とか、勝手に嬉しくなる青年だ。
『あ、オジサン。モニターに映ってる範囲で、訊いて言いですか?』
「? いいけど」
『後ろの本棚、なんだか難しそうな本が いっぱいですね~』
「ああ、これ?」
部屋の真ん中でメールしていた育郎だから、背後の本棚がカメラに写っている。
木製の棚には、プログラムに関する本だけでなく、ハードカバーの海外SF小説なんかも、結構ある。
育郎はカメラを向けたまま、本棚に近づいた。
「なんか、昔からの趣味だけどね」
『英語の本ですよね。あ、オジサンってもしかして、英語の本とか読めるんですかっ!?』
「ま、まあ…趣味の範囲で だけどね」
『すっご~いっ! 私なんて、英語の授業だけで眠くなっちゃうのに~!』
「あはは」
亜栖羽は英語が苦手らしい。
可愛い告白だ。
初めてのメールに失敗した育郎だけど、亜栖羽と話すカメラでの通話は、とても楽しいと実感できた。
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