第六話 小さな分身


              ☆☆☆その①☆☆☆


 それから数日が過ぎて、育郎の生活に、小さいけれど最重要な変化が訪れた。

 毎日、午後十時を過ぎたころ、メールのヤリトリを行う事が、日課となっていったのだ。

 仕事を終えて、ごはんも食べて、お風呂で身を清めてベッドに座って待っていると、スマフォからコール。

「あ、はい もしもし~」

『もしもし~♪ 亜栖羽です~♪』

 画面の中には、やはりシャワー後らしく、パジャマの亜栖羽が微笑んでいる。

 育郎の部屋を紹介した次の日、亜栖羽は自分の部屋も見せてくれた。

 白い壁が綺麗で、ベッドではなく、布団で寝ているらしい。

 壁には、日本人の有名なオーケストラ指揮者のポスターが額縁に入れられて飾ってあったり、木製のシックなタンスがあったり。

「亜栖羽ちゃん、和風好みなんだね」

『あ、そうかもですね~。お祖母ちゃ–そ、祖母の影響ですかね~。祖母は民謡から童謡から演歌からロックまで、意外と何でも楽しむ人なんですけどね』

 普段はお祖母ちゃんと呼んでいるらしい。

「亜栖羽ちゃんは、おばあちゃんが好きなんだね」

『は、はぃ…』

 あえてお祖母ちゃん呼びを認めると、少女は恥ずかしそうに頷いた。

『オジサンは、独り暮らしなんですよね。やっぱり一人暮らしって、大変ですか?』

「う~ん…大学に入ってすぐに上京して、ずっと独り暮らしだから…慣れたって感じの方が大きいかな。大変は大変だけど、やれなきゃ自分が困るからね」

 などと、お互いの事を話し、理解が深まってゆく。

 ある日も。

『え、私のタイプですか?』

 自分の容姿に自信のない青年は、もしや少女が不男好みなのでは。とか、気になってしまった。

「ま、まぁ…どんな感じなのかな~って…」

 後ろめたいわけではないけど恥ずかしさのある質問に、亜栖羽はパァっと明るい声。

『オジサン、私にそんな興味あるんですか? えへへ~♪』

「あ、いや、そ、そうだけどあのその…っ!」

 ストレートな質問返しでアワアワする大人の男性に、少女は嬉しそうに微笑んで、写真付きで返答をくれた。

『好みというわけではないんですが、こういう俳優さんとか、ファンですよ♪』

 送られて来た写真は、映画などで活躍している若い男性俳優や女優さん。

 更に音楽家や囲碁の名人など、若くて綺麗な男女が殆ど。

「へ、へぇ~…」

(みんな知らない人ばかりだ…)

 自分の興味の狭さを実感させられ、返す言葉もない育郎。

 とはいえ、亜栖羽が普通の感性であると解って、ホっとした自分が少し不思議だった。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 とにかく自分は、普通の基準を持った少女に気に入られているのだ。

 という事実は、素直に嬉しく感じられた。

 同時に「なぜ僕?」という疑問も湧く。

 ①顔が珍しいから

 ②昔飼ってたペットに似てるから

 ③慈悲

「どれも納得できる自分が惨めだ…」

 数日のヤリトリで、スマフォに対する育郎の認識も大きく変わった。

 仕事と、家族との連絡以外ではほとんど使わなかったスマフォが、今や大切やツールとして急沸騰。

『もしもし~♪ オジサ~ン♪』

 亜栖羽からコールがくる日も多く、パジャマだったり制服だったり私服だったり。

 この掌の中にあるツールは、小さな亜栖羽だ。

 会話だって他愛のないものばかりだけど、異性と話せる事がこんなにも元気を貰えるなんて、今まで思ってもみなかった。

「今週中に仕上げる仕事、さっき終わったんだ。少し時間に余裕が持てた感じだよ」

 と、あえて前振りしたのは、理由があった。

 ここ数日の通話で、亜栖羽は友達の話が幾度と出てきた。

 みな、彼氏とのデートの話題で、話すたびに、亜栖羽は育郎の反応を待っているような間がある。と、育郎は感じていた。

 亜栖羽は、デートの誘いを待っているのでは。

(いやいや…それは僕の自意識過剰なのでは…)

 自問自答を繰り返して、それでも仕事を頑張りつつ、育郎は今日、決意をしていた。

『在宅のプログラマーさんって、時間に余裕のある時は どうしてるんですか?』

 来た!

(お、落ち着け僕っ!)

「う、うん…ぃいわゆる自由な時間だから~、いい色々と、見分を、広げようとか…」

『ケンブン?』

 難しい言葉だったか。

「ゴホん…ぇえっと、つまりあの、その…こここの間、ぁあ亜栖羽ちゃんが言ってた? 友達が食べて、美味しいって言ってた お菓子? とか、食べておこう、かなーとか…かな」

『? オジサン、お菓子好きなんですか?』

 ニコニコ笑顔で返してくれる。

 内容としては、今一つどころか全く伝わっていない。

(や、やっぱりっ、ちゃんと言わなくちゃダメなんだっ!)

 何かを決意して必死な形相になっている育郎の顔は、慣れた亜栖羽でなかったら、呪いのアプリと勘違いして即切りしているだろう。

 少女は、大人の男性の一大決心を、黙って待ってくれている。

「つ、つまりあのっ–ぼっぼっぼっぼっ–」

 断られたらどうしようと、怖くなって目を閉じてしまう。

(言え! こういう事は男からいうモノだって、ネットの恋愛ハウトゥーにも書いてあったんだっ!)

 育郎は精いっぱいの根性で、人生初の言葉を投げた。

「僕とっ、デデデデデデデデデデデデっ–デェトっ、してっ、くださいっ!」

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