第七話 お誘いあそばせ
☆☆☆その①☆☆☆
通話の後、マンションの自室で一人、育郎は激しく動揺していた。
「デエエエェェェェエエエエエエエエトゥォォォオオオオオオオオオオオオオっ!」
強い決意で誘ったデートに、頬が上気して一瞬だけ驚きながら、すぐに満面の笑みで応えてくれた亜栖羽。
『はいっ、いいですよーっ♪』
天使の眩しい笑顔と、初めての申し出でOKの返事が貰えて嬉し過ぎて、むしろ青年の方が、天へと召されそうな幸福感だった。
筋肉質な全身が幸せの力で膨張する程の、人生初の幸せ。
「あああ~っ! 僕が女の子をデートに誘ってっ、しかも受けて貰えたなんて~っ!」
そして、ハっと気づく。
「っ–ど…どこに連れて行けばいいんだ…?」
ここ数日、亜栖羽とのメールを繰り返してきた。
送られて来たメールを、あらためて思い返す。
『今日はマラソン、疲れちゃいました~☆ オジサンはマラソン、得意ですか?』
得意どころか、自宅でのデスクワーカーである。
マラソンなんてしたら、きっと五分で息切れしてしまうだろう。
デカい身体と、体力維持の為に筋トレ程度の運動はしているけど、持続力とか試した事はない。
強面で高身長で、体質的にやたら筋肉が付いてくるだけで、スポーツは全くの無縁であった。
「体力維持は必要だから、その程度には筋トレしてます」
と、返事をした事は覚えている。
他にも、
「この髪飾り、可愛いでしょ~♪ 似合いますか?」
と聞かれた時には、具体的にどのように似合うのか。どのように褒めれば好感度の低下を防げるのか。と、激しく悩んだモノだった。
育郎の趣味は、パソコンや読書、ロボットのプラモなどをたまに素組みする程度だ。
童謡や演歌などをたしなんでいる亜栖羽に比べ、なんだか大人としての威厳というか、大人らしさが感じられない。
なので、少女を連れて行って尊敬されるような、オシャレで高級そうなお店なんて、マジで一軒も知らないアラサーである。
「ああ~っ、なんでもっと大人に相応しい趣味とか、身に着けていなかったんだああっ! 僕はバカだ!」
などと自己批判。
つい先日、近所を走り回って、公園の砂場で砂浴びするスズメの写真や、時間的に綺麗な夕日が映える河原の写真などを撮影できて、亜栖羽に送った。
その反応は『すてき~! 流石、大人なんですね~♪』と、どうにか体裁を取り繕う事に成功し、そのまま安心してしまっていた。
「つまり…今度デートする時には、大人の僕じゃないとダメなんだ…!」
そうでなければ、化けの皮が剥がれて嫌われてしまう。
「そ、それだけは…イヤだ…っ!」
自分から誘ったデートに、自分で怯える育郎だった。
☆☆☆その②☆☆☆
「とにかく! デートでは亜栖羽ちゃんに尊敬されるような、大人でなければならないんだっ! 小説は、英字だから合格したけど、ロボットのプラモとかは流石に子供っぽいだろう…っ!」
ロボットではなく僕が捨てられてしまう。
そう考えると、休日のように大型ショップのプラモコーナーを見物がてらウロウロするとか、厳禁だ。
慌ててネットで検索する育郎。
「そもそも、女の子が喜ぶデートスポットって…そうだっ、桃郷デスティニーランドは…うわ、ドえらく予約制だ。何か映画は…SFアクションばかりだ。ああっ、もしや世の男性たちは、色々と準備してからデートに誘うのではっ!?」
そんな会話が、どこかの路上で聞こえてきた事があった気がする。
今日は木曜日で、デートは土曜日。
「準備は明日までが締め切りだ…。とにかく、大人っぽくて落ち着いた感じのお店も…って、そもそもそんなの、どうやって探せばいいんだっ!?」
自分の中で、ハードルだけが勝手に上昇してゆく。
何とかネットでさがしていると、気になるスレタイがあった。
「ん…? ええと『昨今は、独身男性といえど料理をする男性はちゃんとした料理を作り、決してごはんとみそ汁と漬物で済ませる。などはしない』だって…!? まるでっ、僕を完全否定じゃないかー!」
その程度の自炊すら面倒くさい日は、近所の食堂とか、時間によっては居酒屋さんで済ませるけど、メニューは大体、似たような感じ。
年齢の割にシブい育郎でもあった。
「女の子を…しかも高校一年生の女子を居酒屋に連れ込んだりしたら…嫌われるだろうし、そもそも警察に通報されてしまうのではっ!?」
そう考えると、楽しませる場所も、そのあとの食事も、育郎の行動範囲では全くプランが立てられない。
脳内の隅々まで調べつくしても有効な店が見つからないので、引き続きネットにかじりついて検索。
「とにかく…おしゃれな店? あ、フランス料理で検索とか…」
フランス料理が浮かんだら、フランス料理一択で検索する、発想力が不器用な育郎だ。
そして問題は、遊び場と食事だけではない。
「あっ、ふ服っ! 大人っぽくてカジュアルでオシャレな感じで…って、そんなのどうやって探せばいいんだっ!?」
翌日の一日も、亜栖羽とのデートへ向けて必死に藻掻きあがく育郎だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます