第二十五話 亜栖羽の危機!?


              ☆☆☆その①☆☆☆


『オジサン助けて~×▽』

 などというメールが、お付き合い認定してくれている女性から送られてくれば、大抵の男性はいつ如何なる時でも、取るモノも取らずに駆け出すだろう。

 育郎もそうだ。


「今日は、亜栖羽ちゃんと会えるんだあああぁぁぁ…♡」

 先週の初キスから一週間が過ぎて、今日は金曜日。

 育郎の生活習慣には劇的な変化が訪れていた。

 どんな時でも、メールのチェック。

 亜栖羽とのやりとりは、電話だけでなく、メールも結構な頻度で入ってくる。

 ネットのハウトゥーによると、メールをスルーする男性は最低らしく、遅くても一分以内に既読するのが、理想だという。

「い、一分か…なかなか厳しいけど、頑張るぞ!」

 仕事中や食事の時、お風呂に入っている時まで、スマフォは目の前に置いている。

 いつメールが来ても最速で返せるように、常に注意を払っているのだ。

 とはいえ、亜栖羽からのメールは、日中よりも夜になってからの方が多い。

 昼は、学校や授業の事くらいで、会話というよりメールを送って楽しんでいる感じだ。

 夜は、むしろ通話や画面での電話がメイン。

 少女の声を聴くと安心するし、明るい笑顔を見ると仕事の疲れも吹っ飛んでゆく。

 青年も、メールを送る事はあるけど、いつも悩む。

 公園で見かけた猫の喧嘩とか、公園で砂浴びしてる鳩とか、公園の林で見かけたトカゲとか。

「こんなの送って…つまらない男とか思われないかな…?」

 そんな感じで一時間ほど悩みに悩んで、思い切ってメール。

『トカゲ~♪ 初めてアップで見ました~☆ 目が大きくて可愛い~♪』

 亜栖羽の感想は、いつも喜んでくれていて、育郎を心底からホっとさせてくれていた。

 育郎は、亜栖羽とのメールが元気の元。

 今まで、仕事関係のメールをパソコンでチェックしていただけの習慣から、女性のメールを待つスマフォ男へと、その生態を変化させていた。


 そして昨夜、亜栖羽から『明日 お時間ありますか? 会いたいで~す♪』と、メールを貰っていたのだ。

 午前中までに仕事を終わらせると、先週とは違う服を選んで、デートの準備。

「今日は、この間ネットで見つけた 美味しいと評判な この和菓子喫茶に案内しよう」

 ワクワクしながら、仕事着でもあるジャージから着替えようとしていた矢先、少女からのSOSメールを貰ったのだ。

「なっ–なんだってえええええええええええええええええええええっ!?」

 椅子を蹴倒す勢いで、育郎は部屋着のまま、駆け出していた。


              ☆☆☆その②☆☆☆



(亜栖羽ちゃんの身にっ、何があったんだっ!)

 またナンパ男たちに絡まれたのか。

 しつこいスカウトから逃げられないのか。

 まさか、交通事故。

 悪い想像が、次々と頭を過る。

 必死の形相で商店街を駆け抜ける筋肉漢のその表情は、鬼か鎧面かハシビロコウか。

 一日一度、獲物を捕る時にのみその脚力を発揮するサバンナ最速のチーターが、全速力で逃げ出すレベルの強面だ。

 恐ろしい大男の全力疾走に、見知らぬ買い物主婦たちは腰を抜かし、ちょっと遠くからお散歩でやって来た幼稚園児たちは一斉に泣き出す。

 しかし恋人を案ずる必死な青年の目には、端にもかからない。

「待っててくれ亜栖羽ちゃんっ! 僕がいま行くからねっ! ナンパ男たちめっ、指一本でも触れたら、一生許さないっ!」

 目から炎が噴き出しそうな、怒れる鬼。

 室内着で飛び出した青年は、駅に到着するも、財布を持っていない事に、今更気づいた。

「しまったっ! ドコかにお金–あった!」

 ポケットの中に、昨夜ちょっとコンビニで買い物をした時のつり銭を、入れっぱなしにしていたのを見つけた。

「亜栖羽ちゃんの元へ–って、亜栖羽ちゃんはっ、今どこにっ!?」

 スマフォで確かめようにも、部屋に置いてきてしまっている。

「あ、亜栖羽ちゃんの住んでいる街の駅–って、僕はまだ知らないんだっ!」

 先日のデートからまだ一週間。二度目のデートの約束どころか、相手の住所も教えて貰っていない。

「が学校–も知らないしっ! ぐああああっ、どうすればいいんだあああっ!」

 自動券売機の前で頭を抱えてうずくまり、呪いのように低い声でうなっている筋肉漢の姿は、事情を知らない人たちにとっては、無駄にでかいけど触れたら祟られそうな、邪心像の如く。

 苦悩した挙句、育郎はハっと、常識にたどり着いた。

「そうだっ! とにかく走って戻ってっ、スマフォで亜栖羽ちゃんに連絡をっ!」

 立ち上がってマンションまで駆け戻ろうとした青年の背後から、弾むような明るい声が聞こえてくる。

「あ、オジサ~ン♪」

 プログラムの打ち間違いはあっても、聴き間違いは絶対にしない、愛しい少女の声。

「あっ、亜栖羽ちゃんっ!」

 振り返ると、目の前というか胸筋の前に、小柄な亜栖羽がニコニコ笑顔で立っていた。

「大丈夫っ!? 強盗はっ!? 怪我はない–って…ぁあれ?」

 心配のあまり、肩を抱いて質問攻めにしてしまっているけれど、よく見なくても怪我どころか、元気に輝いている。

「もしかして、迎えに来てくれたんですか~? オジサン優しい~♪」

 嬉しそうにスマフォを拝み手で挟んで、亜栖羽の笑顔は相変わらず眩しい。

 育郎は、いつも通りの明るい少女に、実態把握が追い付けない。

「え、えっと…あれ…? あの、飛行機事故とかじゃ、なかったっけ…?」

「? 何のお話ですか~?」

 明るく訊ね返してくる少女。

 とにかく、何事もなく無事のようだ。

「は…はああぁぁ…良かった~…」

 青年は一気に力が抜けて、思わず膝をついていた。

 二人の光景は、猛獣を躾ける美少女の図だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る