第二十四話 漢の決意
☆☆☆その①☆☆☆
「それじゃ、私 帰りま~す☆」
キスの後、亜栖羽はそう微笑んで、恥ずかしそうに駆けだした。
「あ、亜栖羽ちゃんっ、駅まで–」
「ダイジョブで~す♪」
後を追おうとした育郎に、亜栖羽は振り向きもせず答え、お花を抱えたまま、角を曲がって姿を消してしまった。
青年のマンションから駅までは近いし、角を曲がると商店街なので安心だけど、この時の育郎はなぜか「後を追ってはいけない」という気がしていた。
数分の間、マンションの玄関で、亜栖羽が走り去った車道を見つめる。
見つめて、思う。
「やっぱり駅まででもっ、送ればよかったあああああっ!」
繁華街で、多くのスカウトに声を掛けられた亜栖羽である。
下町なこの周辺にスカウトたちがいるとも思えないけど、それでもやっぱり、ボディーガードのように付き添うべきだったのでは。
「何を悩んでいるんだ僕はっ! よしっ、今からでも–」
と、走り出したと同時に、少女からメールが。
「! 亜栖羽ちゃんっ!」
やっぱり何かあったのでは。
しつこいナンパに追いかけられているのか。
しつこいスカウトに追いかけられているのか。
慌ててスマフォのメールを見る育郎の視線に飛び込んできたのは。
『オジサン、駅に到着しました~♪ 心配してくれなくても、ちゃんと一人で帰れま~す♪』
駅をバックに花束を抱く亜栖羽の写真も、添付されていた。
「え、駅に着いた…ホ…」
心の底からホっとした。
亜栖羽だって日常生活をしているし、友達と来ていた繁華街で育郎と出会ったのだから、育郎の心配は過保護とも言える。
しかし、生まれて初めて女性とお付き合いをする二十九歳には、もっと心配しても足りない程の心境だ。
「へ、返信しなきゃ…っ!」
『安心しました。今度からはちゃんと送ります。家に着いたらメールを下さい』
端的だけど本心のメールを送ったら、返事なし。
「…………?」
電車に乗っているのだから、スマフォぇを弄ってないだけなのだけれど、心配性な青年は、そんな事も忘れてまた右往左往。
「あっ、亜栖羽ちゃんから返事が無いっ! もしかして、何か事故にでもっ!」
素早く電車情報を見るに、電車は通常通りに運行している。
「それじゃあ…ま、まさか電車の中でっ、痴漢にでもっ!?」
それで連絡できないとしたら、自分はどうすれば良いのだろうか。
「そ、そうだっ! 鉄道会社に通報してっ–あっ、亜栖羽ちゃんからのメールっ!」
また駅に向かって走り出そうとしたタイミングで、少女からメールが届いた。
飢餓常態で水を見つけた遭難者のように、育郎は急いでチェック。
『乗り換え中で~す♪ 電車の中だとメールできませんので、帰ったらまた、メールしま~す♪』
「…あ。そっか…電車の中か…そうだよね…」
あらためて事実を知って、安心とともにグッチリと疲れた。
とにかく、亜栖羽は安全に帰宅中。
育郎は、亜栖羽から「家に帰り付きましたメール☆」を貰うまで、マンションの外でウロウロし続けていた。
☆☆☆その②☆☆☆
「あ、亜栖羽ちゃん。今 家だよね?」
『は~い。オジサン、心配してくれて ありがとで~す♪』
自室の窓辺で、亜栖羽と電話。
今日一日デートしていたのに、また声を聴くと、安心してしまう。
帰宅して最初に送られてきたメールには、プレゼントしたお花を花瓶に生けた写真が添付されていた。
それからすぐにコールして、育郎はベッドに腰かけ、画面なしの通話で話をしていた。
「あの…帰り、何か困らなかった…?」
亜栖羽は言わないけれど、何か困った事はなかっただろうか。
つい心配になって、訊ねてしまう。
『はい、おかげさまで~♪ オジサンがくれたお花が、ずっと護衛してくれてましたし~♪』
よく分からないけど、小さくても花束を持っている少女は彼氏持ち、と判断されるようだ。
とはいえ、花束が無くても日常生活をしているのが当たり前なので、やはり育郎の心配しすぎと言えた。
何であれ、育郎はずっと心配していたのは事実だ。
とにかく、今日は安心して眠れる。
「あの…亜栖羽ちゃん」
『はい』
「その、今日は本当に ありがとう。デートしてくれて、凄く楽しかったよ」
心からの感謝を伝えると、少女からは意外な言葉が。
『えっ、「今日は」って…! もしかしてオジサン、もう私のこと、飽きちゃったんですかっ? 私…このままオジサンに捨てられちゃうんですかっ!?』
心の底から驚愕しているのが、震える声で解る。
逆に驚かされる青年だ。
「ぇえっ!? そんなバカなっ! 僕が亜栖羽ちゃんを振るなんてっ、あるわけないよっ! 僕が捨てられるならともかくっ–あわわっ–っていうか、なんでそんな話になるのっ!?」
つい言葉が強くなってしまったものの、そんな青年の気持ちに、少女は安堵した様子。
『よかった~! 私、オジサンに嫌われちゃったらどうしようって、すっごく不安になっちゃいました~☆』
「そ、そう…?」
一転して明るい声になった亜栖羽に、なんだか出鼻をくじかれた感じ。
例えるなら、モグラ叩きで、穴から出ようとした途端に叩かれた。みたいな。
きょとんとする青年に、亜栖羽が真面目な想いで告げる。
『私……オジサンに会えて、すっごく嬉しくて、幸せです…! きっと相性も抜群で…ううん、そういう事ではなくって…これって、きっと…』
黙ってしまう亜栖羽。声色は、恥ずかしそうだけど確信、みたいな空気を感じる。
『……えへへ♪』
「…なに?」
『教えてあげませ~ん♪』
天使が小悪魔のような言葉をくれると、それだけで、愛おしさがグンっと倍付けで増量されてしまった。
「あっ、亜栖羽ちゃんっ!」
『は、はい!』
育郎は、新たな決意を告げる。
「こ、今度からはっ、ちゃんとっ、送りますのでっ! こっ、これからもぉっ、よよっ、よろしくお願いっ、いたしますっ!」
就活の頃のように、立ち上がって電話に向かって九十度の綺麗なお辞儀をする育郎。
『は、はいっ…あ、それってオジサン、また、デートに誘ってくれてるんですよね♪』
「え…あ、は、はい…」
言ってから気づいた青年だった。
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