第十三話 喫茶店とか
☆☆☆その①☆☆☆
周りの観客たちが退席するなか、ジっと身をこわばらせて、立ち上がれない育郎に、亜栖羽が声をかける。
「オジサン、入れ替えですよ~」
「は、はいっ!」
思わず背筋を伸ばして起立。
少女に無重力アンカーとかで引っ張られるように、映画館から出てくる青年。
そんな二人は、年下パンクにカツアゲされている気弱な強面青年のよう。
「あは、映画館で映画観たの、久しぶりです~」
映画を観終わって伸びをすると、少女は映画の感想を口にする。
「オジサン、ああいう映画が趣味なんですか? ザキザキグチョグチョ~みたいな☆」
「ちちっ–違います違いますっ!」
思わず全身全力で否定。
「そのっ、あのっ–もっと、恋愛要素の恋映画だと思ってっ–まさかあんなだったとかっ–! ごめんなさいっ!」
あまりにも意味不明で不必要にゴアな映画で、必死に謝罪をする。
「ん~…でも恋愛要素っていう意味では、激しく濃厚でしたよね☆」
「え?」
育郎のバッドなチョイスに、気を使ってくれている様子でもないっぽい。
亜栖羽の感想に、青年は「?」しか浮かばない。
呆れていない様子なところは、安心したけど。
「私、あのヒロインの気持ち、ちょっとだけ解る気がするんですよね~♪」
「えっ!?」
笑顔で話す亜栖羽が可愛くてときめくと同時に、言葉の意味はやっぱり「?」だ。
「あのヒロイン、すっごく、すっっっごく~、彼氏のこと 想ってるんですよ~♪ はぁ…あそこまで誰かを愛せるなんて、素敵でした~♪」
「? ?」
ヒロインが彼氏を助けるために戦ったのは解るし、敵を倒してニヤけるのも恐怖の裏返しだと解釈は出来る。
しかし最後は食人系と笑顔。
「あれって、愛…?」
育郎には全く理解できない解釈のようだけど、ネットの感想もそんな感じだったと思いだす。
(…僕がズレてるのかな? ま、まぁでも…亜栖羽ちゃんは 楽しんでくれたみたいだし…)
とりあえず、映画はギリギリでクリアした感じだった。
「あぁあ~、でも こんなふうに理解できちゃうのって、きっとオジサンのせいなんですよ☆」
「え?」
ちょっと怒ったような、しかし楽しそうな、それでいて恥ずかしそうな、複雑な美顔で青年を見上げる亜栖羽だ。
「私、この間までだったら、 こういう血がビューみたいな映画、それだけでパスでしたもん」
よく分からないけど、育郎の影響で、この映画の感想がさっきのようだった、という事らしい。
「僕…何かした…の…?」
恐る々尋ねると、少女は頬を上気させて「えへへ」と微笑んだ。
☆☆☆その②☆☆☆
なんであれ、初めての映画鑑賞は無事終了。
「これから どうしますか?」
素直で愛らしいワクワクフェイスで尋ねられて、育郎はあらためて、気合を入れる。
「こ、この近くに 良い感じの喫茶店があるんだ。そこで映画–」
の感想を語り合うつもりだったけど、作品に対する二人の理解に幅があり過ぎだと想像に難くないから、語り合うのはきっと無理だろう。
「んん…のどを潤そうか」
「は~い♪」
亜栖羽は素直についてきた。
スカウトやナンパ男たちの撃退などを含めて二十分ほど歩いて到着したのは、造りは古いけど清潔そうな、一軒の喫茶店。
角地にあって、小さな店構えで、色褪せた外壁やレンガで出来た花壇などが、昭和レトロで時代を感じさせる。
喫茶店というよりも珈琲専門店で、コダワリの一杯がオススメだと、ネットでは評価されていた。
「わぁ~、なんだか 素敵な雰囲気のお店ですね~♪」
「そ、そうでしょ、ははは」
初めて来たお店だけど、ちょっと気取って得意げに扉を開けて、レディーフォースト。
狭い店内は、五人掛けのカウンター席しかない。
客は、上品そうな初老の男性が一人だけ。
拘りの珈琲専門店だけあって、ブレンドとアメリカンととブラジルの三種類しか、メニューが無かった。
少なくとも「パンク少女が来るお店っぽくはない」という印象に、間違いはない。
(……大丈夫かな…?)
「コ、コダワリのお店って 感じだね」
入店すると、カウンター内のシブい初老の男性が、チラとこちらを見た。
なんだか厳しそうなその眼差しは、亜栖羽に注がれている気がする。
(ま、まさか 入店拒否とか…っ!)
青年の予想に反して、シブいバーテン風のマスターは、渋い声で着席を促した。
「どうぞ、お掛けください」
「は、はいっ!」
「は~い♪」
育郎はギクシャクしながら、楽しそうな亜栖羽をカウンター席の椅子に招いた。
「ありがとで~す♪ えへへ」
隣に着席した育郎は、あらためて感涙。
(女の子と二人で喫茶店に入るなんて…人生で 初めてだよぉ…っ!)
そんな青年を、少女は楽し気な「?」の愛顔で見つめたり。
「ご注文は?」
「は、はい」
シブいボイスで聞かれ、一番オススメっぽいであろうメニューを選択。
「えっと…僕はブレンドで。亜栖羽ちゃんは?」
「私、コーヒーあんまり飲まないからよく知らないので、オジサンと一緒で♪」
「! ぃ一緒でっ!」
コダワリ専門店の強面マスターを前にしての、この発言に、育郎はヒヤりとする。
「はい」
青年が気にするほどの様子もなく、マスターは静かにシブく応じた。
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