第十二話 映画館
☆☆☆その①☆☆☆
「変ですよね~。私たち、親子とか兄妹にしか、見えないんですかね~」
「え…」
笑いながら、少女は意味深な言い方をした。
親子とか兄妹に見られるのは×→それ以外の、男女の関係とは。
(つ、つまり…)
亜栖羽本人から恋人認定を貰ったと同義と、信じる育郎。
その心は、まるで天にも昇るような、幸福感。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
思わず涙を流して絶叫してしまう、初彼女ゲットの青年だ。
「! オジサン突然なんですか~? あはははは☆」
一瞬だけ驚いた亜栖羽は、また笑い出していた。
育郎の遠吠えに驚いた周囲の人たちの目は、まるで美女と野獣を見るようなそれ。
(亜栖羽ちゃんが…僕の彼女…♡)
人生初の幸福感に包まれる育郎の心情とは全く関係なく、それからも、映画館に着くまでの短い道のりは大変だった。
通り過ぎる若い男たちは亜栖羽を見てときめき、ナンパしようと近づいて、しかし育郎を見て親子連れまたは兄妹連れかと勘違いして、ガッカリしながら去ってゆくからまだ良い。
メガネをかけた大人の女性が速足で接近して足止めされて、根掘り葉掘り聞かれた時は、親娘ではなく援助交際を疑われているのだと分かった。
おまわりさんに呼び止められた時など、援助交際だけでなく、誘拐の類まで疑われたり。
そのたびに四苦八苦しながら説明する青年と、助け舟を出しながらも傍らで面白そうに笑っている少女。
「まったく…どうして僕たちを怪しむんだ?」
「やっぱりあれですかね~。一回りくらい年齢が違うと、邪に見えるんですかね~? あ、でも 世の中の年の差カップルの人たちって、みんなこういう困難を乗り越えてるんじゃないですか? 今の私たちみたいに…」
最後は恥ずかしそうに小声で、そう微笑んだ亜栖羽の瞳が、嬉しそうにキラキラと輝いている。
「そ、そうなのかな…あはは」
少女の言葉が、ふんわりと胸に沁み込んで、育郎の心も温かく包まれてゆく。
☆☆☆その②☆☆☆
二人で障害を乗り越えながら映画館に到着したものの、予定の時間は大きく過ぎてしまっていた。
育郎が選んだ映画は、ネットで評判の恋愛映画。
ネタバレにならない程度で書かれていた感想には「かつてない衝撃的な恋愛映画だった」とか「泣ける! これこそ愛の本質デスヨ!」とか、素晴らしそうな賛辞が並んでいた。
やや小さめなポスターも、美しい女性とハンサムな青年が湖畔の古城の前で抱き合うという、なかなかの鉄板っぷり。
裕福そうな青年と、裕福ではなさそうなヒロイン。
『私はあなたの、あなたは、私の–』
キャッチコピーや設定などはベタな内容かもだけど、女性向けとしては、むしろ直球なのかもしれない。
(よし! どうやらハズレじゃなさそうだ!)
心の中の全育郎が、こぶしを握ってガッツポーズ。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、次の上映まで 逆に十分ない くらいだね」
育郎は自信満々で、亜栖羽を映画館へと招き入れた。
チケットを二人分買って、暫し待っていると、上映が終わって観客たちが出てくる。
(……意外とカップルが多いな)
女性がハンカチで涙をぬぐっていて、男性は肩を優しく抱いて、一緒に歩いている。
(…こ、これはっ、僕たちも…!)
映画を見終わった後、感動して泣いている亜栖羽の肩をソっと優しく抱いて、エスコートする自分。
(こっ、これぞ大人っ!)
育郎は、確実な勝利に心が震える。
観客の入れ替わりで、二人は真ん中あたりのなかなかな席が取れて、隣同士で座る。
(うおおっ! お、女の子と並んで座って 映画を観る日が来るなんて…っ!)
無言で感涙する青年だ。
照明が暗くなり、緞帳が挙げられて、コマーシャルが流れる。
甘い恋愛映画で女子はウットリ。セレクトした男性の評価もアップ。
そんな確信をもって、映画がスタート。
大学生同士のカップルが山中をサイクリングしていて、突然の雨に遭遇。
二人は、偶然に見つけた湖畔の古城で雨宿り。
城から見下ろせる湖が、雨に晒されて霧も浮かび幻想的で、暖炉の火で温まりながら身を寄せ合う若い二人。
唇が重なりそうになったその時、彼氏の背後から人食いモンスターが出現。
恐ろしい魔物に怯え、恐怖に絶叫するヒロイン。
彼女を護るために戦い、魔物に傷を負わせながらも致命傷を負う青年。
魔物は傷を癒すべく、なんと彼氏を攫って、古城の最上階へと逃走。
彼氏を奪われたヒロインは、脱出ではなく、なんと救出を決意。
城に転がる松明や剣、なぜか落ちているチェーンソーやショットガンまで見つけ出しての、完全武装。
群れなすモンスターたちとの、血で血を洗うスプラッター・バトルが開始された。
(な、なんだこれ?)
時にはケンカをして傷ついて、でもまたお互いに理解し合って仲直りする。
若い二人のそんなラブラブロマンスかと思っていた青年は、物語の展開について行けない。
映画は、露出度の高い戦闘ヒロインによるモンスターの五体バラバラ殺戮ショーと、血しぶきやら内蔵やらのぶちまけ祭り。
当初は悲鳴を上げていたヒロインが、返り血を浴びてニヤりと笑うキチ急成長っぷり。
ラスト、血まみれになって古城の最上階へとたどり着いたヒロインか見たのは、魔物によって身体を完全に乗っ取られてしまった彼氏の姿。
魔物に肉体を操られながら、僕を殺してくれと、青年の心が呼びかける。
意を決したヒロインは、魔物の魂を滅ぼす必殺のロザリオを彼氏の心臓に突き刺し、見事に魔物を消滅。
そして死にゆく彼氏の痛みを少しでも和らげようと、彼氏の頭を抱きしめ、仰向けに転がって、自らのお腹へ。
そして苦痛にあえぐ彼氏は逃れるように、ヒロインの柔らかいお腹をむしゃむしゃと食べ始めたのだ。
一心不乱でヒロインをむさぼり食べる、頭だけとなった彼氏と、そんな彼氏の頭を、落ちないようにと両手で支えるヒロイン。
食べられる痛みよりも、食べる事で苦痛が和らぐ彼氏の笑顔に、ヒロインは深い喜びを感じている様子。
そんな描写が十分くらい続いて、ヒロインは愛する彼氏の笑顔の死を見届け、勝ち誇った、しかし深い笑顔で天に召された。
画面がモノトーンになって、オルゴールのエンディングでブラックアウトしながら、スタッフロール。
私はあなたの、あなたは、私の–。
ラストカットで、キャッチコピーが真っ赤な血文字として大画面に映されて、映画は終了した。
(…………)
育郎は、ただ絶句。
なんて趣味の悪い。
(こ、こんな映画だったなんて…僕の趣味というか…人間性まで疑われてしまう…っ!)
隣の亜栖羽を伺うのが、怖かった。
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