第十一話 二人の関係


              ☆☆☆その①☆☆☆


 駅前からスクランブルな交差点を通り過ぎた直後から、二人の通行を妨げし者が出現をする。

「ぅわっ! き、きみきみっ、ちょっと時間いいかなっ!?」

 前を歩く育郎をスルーして亜栖羽に声をかけてきたのは、芸能事務所の男性スカウトマン。

 育郎自身が気づくのに少し遅れ、亜栖羽との腕組みが離れてしまった。

「きみ今いくつ? あぁ、これ名刺です。キミ芸能界とかアイドルとか興味あるよね? ご両親に会ってっ、ぜひお話したいんだけどっ–」

 矢継ぎ早で、必死なスカウト攻撃。

 噂ではなく初めて目にした青年は、軽く思考が停止している。

 スカウトされている当の亜栖羽はといえば、なかなかイケメンなスカウトの褒め言葉攻撃を、特別に気にする風もなく、育郎の方をチラと見た。

(–ハっ!)

 少女の視線で我に返った青年は、慌てて割って入り、盾として立ちはだかって、スカウトからガード。

「あのっ、僕たちこれから、行くところがあるんでっ!」

 高身長に筋肉質なガタイの強面青年が、緊張の鬼顔で見下ろしてくる。

 スカウトマンは、一瞬「ひぃっ!」と怯えたものの、さすがにプロ。

 恐怖心を必死に抑え、原石を逃すまいと、食い下がる。

「ああああなたもっ、実に個性的な–」

「失礼しますっ!」

 強く言いながら、亜栖羽の背中に手を添えて、スカウトから離れる。

 去りながらチラと後ろを見たら、少女をとても惜しげに見送っていたスカウトがまた「ひぃっ!」と、小さな悲鳴を上げた。

 亜栖羽の背中を護りながら、育郎はつい詫びる。

「あの…助けに入るの、遅くなってごめんね…」

 ちょっとシュンとする育郎に、振り返った亜栖羽は、カラっと明るく笑顔で応える。

「全然大丈夫ですよ~☆ むしろ助けて貰って、すっごく嬉しかった~♪ ありがとうございます~♪」

 本当に嬉しそうな笑顔が、キラキラと眩しい。

「う、うん」

 再び歩き始めた二人は、今度は並んで歩く。ガードレールがあっても青年が車道側を歩いて、気分はお姫様を護る騎士の如く。

 休日だからか、道行く人々やファストフード店など、あちこちに若いカップルらしき二人組が見えた。

 みんな若い者同士で、男性も女性も、幸せオーラの為か素敵に映る。

 映画館に向かいながら、フと思う。

(ぼ、僕たち…周りの人たちからだと、どう見えるかな…?)

 さっきのスカウトは、育郎の存在が全く眼中に入らなかったようで、きっと目が悪かったのだろう。

(い、今は…普通に、隣同士だ…)

 意識してしまい、喉がゴクりと鳴る。

(こっこっ、恋人同士って…見えるかな…?)

 一緒に歩いているだけでは、恋人同士にはならないだろう。

 でも、亜栖羽はデートと知って来てくれたのだから、恋人未満とは言えるのではないだろうか。

 デートと言っても逮捕されないと思いたい。

 などと、縋るように妄想する育郎に、亜栖羽が話題を振ってきた。

「私たち、どう見えるんでしょ~ね」


              ☆☆☆その②☆☆☆


「えっ!?」

 心を見透かされたようで、ドキっとする。

 あるいは、願望が口から零れていたのかと、焦った。

「ど、どうって それは…」

 亜栖羽が答えを求めている以上、大人として、シッカリ堂々と答えなければ。

「やっぱりそのっ–こっ、こっ–」

「? はい?」

 横から覗き込むように訪ねてくる亜栖羽が、朝の陽光を受けてキラキラと輝く。

 セミロングのサラサラストレートに艶めく天使の輪が、比喩ではない、とか感じる育郎。

 眩しい少女にオジサン感涙しそうになりながら、後押しを受けた気分の青年が、ハッキリと答えようと、決意をする。

「こここぉっ、恋び–」

「きっきみっ、ちょっとお時間ありますっ!? わたくしあのっ、ナインヴィーナス・プロという芸能プロダクションの者なんですが–」

 一世一代の告白の刹那、亜栖羽の隣から、また名刺を差し出しつつの男性スカウトが出現。

 しかも今度は、トップアイドルを多く世に送り出している大手の名前を、最初から出している。

「きみっ、お名前頂戴していいかなっ!? あ、今日はお買い物ですかっ? ちょっとお話、聞いてほしいのですけど–」

 さっきの今で、育郎は今度こそ、躊躇わずに割り込んだ。

「あのっ、僕たちこれから–」

 彼氏として彼女を護る。

 女性を護れる者は、この世で彼氏だけだ。

 と、堂々と盾になったら。

「あ、お兄様ですか? 失礼いたしました。わたくし ナインヴィーナス・プロの–」

 たしかに、お兄様は妹を守る。

 とはいえ、瞬間湯沸かし器のように、頭に来た。

「失礼しますっ!」

 怒りのあまり無意識に、亜栖羽の手を取って、スタスタと歩き出す。

「!」

 育郎は気づいていないけど、手を取られて引かれる少女は、一瞬で耳まで真っ赤だ。

「ああっ、お待ちくださいっ、お兄さーーんっ!」

 スカウトの声を無視して、青年は速足で去る。

(まったく、何がお兄様だっ! そりゃ、年齢的には一回りくらい違うけど…)

 あらためて、亜栖羽との年齢差を実感させられた育郎。

 手を引きながら歩いていたら、また新たな男性スカウトが。

「す、すみません私っ、ゴールドスタープロの者なのですがっ、お父様でいらっしゃいますかっ! ぜひそちらのお嬢様と少しお話を–」

「違いますっ!」

「ひぃっ!」

 父親と勘違いされて、反射的に否定。

 大柄で筋肉質で個性的なフェイスに、なまはげの如き鬼面で怒鳴られたスカウトは、尻もちをついたまま後ずさりするほど、恐れおののく。

 育郎に手を引かれてその場から連れられる亜栖羽は、つい笑いだしてしまった。

「くすっ、あははは☆」

「? 亜栖羽ちゃん…?」

 歩行困難な感じで笑っているので歩を止めると、少女は育郎のジャケットの端を摘まんで、しばし笑う。

 その笑顔が、幸せそうで嬉しい青年だったり。

「ど、どうしたの?」

「だって~、お兄様とかお父様とは、みんなビトいんですもん~♪」

「? う、うん」

 女の子的には、こんな事も面白いらしい。

(まあ…亜栖羽ちゃんの笑顔が見られたなら、いいか)

 スカウト青年の勘違いとかの怒りが、少女の笑顔だけで浄化されてゆく青年だった。

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