第十七話 飯屋さん
☆☆☆その①☆☆☆
ファッションに着られている筋肉青年と、小柄で愛らしいパンク少女。
亜栖羽は育郎からプレゼントされた花束を、忘れることなく持ってきている。
「木造の駅、可愛い~♪」
楽しそうにキョロキョロしている少女に比して、青年は極度な緊張の真っただ中だ。
(あ、亜栖期ちゃんが…この街に…!)
育郎の部屋が見たいと言っていたけど、本当に来るのだろうか。
(つ、つまり…亜栖羽ちゃんは…)
男性の部屋に来るという事は、セクシー了解の意味もあると、ネットの相談コーナーでも書いてあるし、世間的には常識らしい。
(でも、もし僕の勘違いとか、亜栖羽ちゃんがそう認識 していなかったら…!)
一歩間違えれば犯罪だし、何より、亜栖羽を傷つけてしまう事が怖い。
「それじゃオジサン、何かお昼とか買って、オジサンちに行きますか~?」
「えっ–あ、えっと…!」
危険な事とは、亜栖羽の意思確認だけではない。
ロボとかバレて、子供っぽいとか呆れられてしまったら。
とか心配になると、不安ばかりが大きくなってゆく。
(は、初めてのデートでフられる…なんて事にも…っ!)
歩み始めが出来ない、青年の足。
苦悩する青年に、天の助けか妙案が。
(そ、そうだっ!)
「お、お昼さ…どこかで 食べていかない?」
「そうですね♪ 私もお腹ペコペコ~」
単なる問題の先送りではあるけど、溺れる者は藁をも掴む。
(よし!)
マンションとは反対方向だけど、大手のファミレスがある。
「じゃあ、ちょっと歩くけど–」
「普段オジサンが外食するお店とか、ありますか?」
「え?」
実は、育郎がほぼ毎日お昼を食べに行く、いわゆる飯屋がある。
昭和から続く大衆食堂で、オヤジさんとオバさん、息子さんとその奥さんの四人で経営している食堂だ。
まだ乳飲み子のお孫さんも含めて、家族は五人。
「え、えっと…あるにはあるけど…」
「わ~。それじゃ、そこに連れて行って貰えますか~?」
少女の大きな瞳が更に大きく、キラキラしている。
ものすごく期待値が大。
みたいな笑顔で頼まれると、NOとは言えない育郎である。
二人は、マンションに近い食堂へ向かって、歩き始めた。
(あのお店か…いや。決して悪いお店なんかじゃ ないけど…)
いま向かっているお店は、青年が初デートで思い描いていた、大人でおしゃれな高級な(っぽい)お店とは、完全に真逆と言っていいお店だ。
昭和レトロどころではなく、完全に昭和のままの大衆食堂。
お店は綺麗だけど、近所のおじさんや工場長、道路工事関係っぽい方たちも普通に立ち寄る、まさに大衆の定食屋さん。
(デートで女性を連れてゆくには…相応しいとは思えないけど…)
それでも、亜栖羽が行きたいというのなら、とにかくそこに決定である。
数分と歩くと、通い慣れた大衆食堂に到着した。
「えっと…ここです」
☆☆☆その②☆☆☆
「わ~、なんだか 大昔のマンガとかに出てくるお店みたいですね~♪」
古い外観の建物に、少女はまるで、遊園地にでも来たかのような、ワクワクの愛顔だ。
大衆食堂「カモメ屋」は、一階部分が食堂造りな、二階建ての一軒家で、全前面がウィンドウと、なんと今どき手動式のスライド扉。
名前が白抜きされた脳紺色の暖簾が、いかにも昭和な大衆食堂だった。
「それじゃ、入りましょうか♪」
「う、うん」
(ほ、本当に…ここでいいのかな…?)
昼のピークを過ぎた暖簾をくぐって、入店をする。
店内は、四人掛けのテーブルが八席と、奥に厨房。更に入り口の隣には、外からでも買える総菜の販売コーナーがある。
壁際には、ドリンクメーカーのロゴがプリントされたガラスの冷蔵ボックスがあって、中ではジュースやビールがキンキンに冷えている。
テーブルも椅子も、昔から使われている年季が入った逸品で、ビニール掛けなところも昭和っぽかった。
各テーブルの一角には、醤油などの調味料と、メニューが立てかけてある。
壁にも直筆のメニューが並べて張られていて、こういうところも、なんだか安心できる空気があった。
遅いお昼を食べている、個人事務所の社長さんらしき客が一人。
お店的には、お昼過ぎの今が、一番ノンビリできる時間帯である。
「えっと…それじゃあ–」
どこに座ろうかと、少女をエスコートせんとキョロキョロしている馴染みの客に、女将さんが接客の声をかけてきた。
「はい いらっしゃ~い、あら育ちゃんじゃない。あら、その女の子 誰誰?」
恰幅の良い初老の明るい女将さんは、馴染みの青年が連れてきたパンク美少女の存在を、驚きながらも明るい笑顔で尋ねてきた。
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