第三十話 レッツおにぎり


              ☆☆☆その①☆☆☆


 制服少女のエプロン姿とは、なんと華やかで清楚で健気で愛らしいのだろう。

 僕の為だけに、料理を作ってくれる女の子がいる。

 そう思うと、目の前の少女を背後から強く抱きしめたい衝動にかられてしまう。

「似合いますか~♪」

 スカートのように端を摘まんで、クルりと一回転。

「うんっ、世界の誰よりもかわいくて似合っているよっ! しゃ、写真っ、撮っていいっ!?」

「えへへ、いいですよ~」

 スマフォを取り出して、数十枚と写真撮影。

 正面や右斜め前や後ろ姿、様々なポーズなどなど。

「うんいいよ! 少し振り返って、うん、笑顔可愛いいっ! 少しだけポーズ変えようか!」

 亜栖羽のあらゆる全てを完全に収めたい勢いである。

「オジサンたら~。そんなに写真撮ってたら、ごはん作れないですよ~☆」

「あっ、ゴメン…っ! つい、嬉しくて…」

 思わず頭を掻いて反省する筋肉大男は、美少女調教師に芸を教えられるシルバーバック(ゴリラ)のようだった。

「それじゃ~、オニギリ作りますね♪」

 その過程も、余さず動画撮影をする育郎。

 亜栖羽は、水道で手をよく洗って、鰹節のパックからオカカを作る。

 画像の中では、お椀の中でかき回される鰹節よりも、かき回す亜栖羽のアップが断然多い。

「具はこれでOK~♪」

 オニギリを乗せる中型の皿も、別に取り出す。

(へぇ…初めてって言ってたけど、手際が良いなぁ…)

 お祖母ちゃんっ娘だと言っていたから、お祖母ちゃんの台所仕事をよく見ているのだろう。

 ジャーからボウルへとご飯をよそって、小皿の上に塩も一匙。

 お皿の上に、キッチンペーパーを敷いて、焼き海苔も敷く、手際の良さだ。

 正直、勉強のことがあったから、意外という印象の育郎である。

「ではっ!」

 たっぷりの水で両手を濡らして、ボウルからシャモジでご飯を手の上に。

 と思ったら、なんと熱々ご飯の中心部へと、右手の細い指を突撃させた。

「きゃっ–あっ熱~いっ!」

「だっ、大丈夫っ!? 火傷してないっ!?」

 動撮していた青年も、驚いてスマフォをテーブルに投げ出しつつ、少女の右手を手に取って、水道水で冷やす。

「は、はい…。ちょっと ビックリしちゃっただけで、大丈夫です~」

 言いながら、取られた手が恥ずかしそうな亜栖羽だ。

「良かった…ホ」

 少女の指を診て火傷していないと確認をして、心底からの安堵。

 亜栖羽は、恥ずかしがりながらも反省である。

「ご心配をおかけしちゃいました。ごめんなさい。お祖母ちゃんと同じように作ろうしたんですけど、なんか駄目ですね」

 亜栖羽のお祖母ちゃんは、長年の主婦業で慣れているから出来る作り方なのだろう。

 シュンとする少女が、愛おしくて庇護欲を刺激されて、しかし見ている二十九歳も胸が苦しくて、今すぐにでも笑顔に戻って欲しくなる。

「う、ううん。亜栖羽ちゃんが怪我してなければいいけど、気を付けてね」

 言いながら、シャモジを手渡す育郎だ。

「は~い」

 素直に嬉しそうな亜栖羽は、可愛く返事をくれた。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「それじゃあ、オニギリ再開で~す♪」

 シャモジをグっと握って、オニギリ作りを再開する。

 あらためて濡らした手にご飯をよそって、中心部分に箸でオカカを乗せて、両手で転がしながら三角形に纏めてゆく。

 ある程度の形が決まったら、小皿の塩を左の指で触れて、右掌に移して、おにぎり全体にまぶすように、二~三回で形を整える。

 その手際は、なかなかのものだ。形は歪んでいるものの。

「亜栖羽ちゃん。ぜんぜんって言ってた割に 上手だね」

「えへへ~、お祖母ちゃんの 見よう見マネですけど~♪」

 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに誇らしそうに、亜栖羽は次々とオニギリを作ってゆく。

 できたオニギリは、お皿に敷いた焼き海苔の上に乗せられて、そのまま海苔を纏わされて、少女は次のおにぎりを制作。

 中皿に五つのおにぎりが出来ると、残ったオカカをオニギリの頭に乗せて、全てOK。

「でっきまっした~♪」

「ぉぉ…ぉおおおおおおっ!」

 亜栖羽お手製の、オカカオニギリが完成した。

 育郎は、素直に深く感動をする。

「あ、亜栖羽ちゃんの、手料理…!」

「手料理っていうほど 手は込んでませんけど~♪ えへへ」

 照れ笑いする少女の媚顔が、形も大きさも意外とバラバラなオニギリを、より神々しく輝かせていた。

 お皿の上に並んだオニギリたちの姿は、間違いなく、育郎の為に作ってくれた手料理。

 食べるのが勿体ない。

 このまま永遠に保存しておきたい。

 無理な願望を少しでも補おうと、青年はあらゆる角度からオニギリを撮影していた。

 その間に、亜栖羽が新しく緑茶を淹れてくれて、冷蔵庫にあったお漬物も用意して、向かい合って着席。

「それじゃ」

「「戴きま~す」」

 二人で手を合わせて、ちょっと遅めのランチになった。

 出来たてのおにぎりは、手に取ったらまだ少し柔らかく、そして暖かい。

 育郎は、手も身体も心も震えていた。

(は、初めての…女の子の、手料理…!)

 僕にも、こんな日が来るなんて。

 夢にまで見たシュチュエーション。

 しかも家庭教師体験まで。

 しばしオニギリを見つめていたら、口の中で予想の味わいが自動でシミュレート。

 出来立てのおにぎりだから、かぶりついたら柔らかく噛み切れるだろう。焼き海苔の抵抗は考えられるけど、予想の範囲。

 何より、まだ落ち着いていない塩の、少し強めの味と、シャリっとした軽い歯ざわり。

 思うだけで、涎が溢れそうだ。

「オジサン、眺めてないで 食べてくださ~い☆」

「は、はいっ!」

 そして育郎は、人生初の、彼女の手料理を戴く。

「美味しそう、戴きま~す…あむ」

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