第十八話 オジサンとオヤッサン一家


              ☆☆☆その①☆☆☆


「あ、えっと…」

「何なに~? 育ちゃん あんたまさかっ!」

 彼女?と聞かれると思い、つい嬉しくなり恥ずかしくもなる育郎。

「いや オバちゃんあのっ–」

 真っ赤になってモジモジする青年を放っておいて、女将さんは、まるで注文を伝えるかのような、よく通る大きな声で、店の奥へと報告。

「お父さ~ん 大変大変! 育ちゃんが 彼女連れてきたわよ彼女~!」

「おっオバちゃんっ–」

 亜栖羽が気を悪くしたらどうしよう。

 慌てふためく育郎に比して、 亜栖羽は楽し気にニコニコしている。

 女将さんの声を聴いて、店の奥から、禿げたオジサンと母親似の息子さんと、その奥さんと、奥さんが背負う母親似な赤ちゃんの四人が、顔を覗かせた。

「なんだなんだ? 育郎のヤツが何したって?」

「え、育郎くん、とうとう彼女が出来たのかい?」

「あら~、育郎さんに彼女さん?」

「ばぶばぶ」

 まるで、本当の家族に紹介するかのような騒ぎ。

 客である社長さんも、興味深げにニコニコしながら眺めている。

「いやだからそのっ、僕たちはごはんを食べに–」

 照れる青年を押しのけて、オバさんたちは、パンクスタイルの美少女に詰め寄ってゆく。

「まぁまぁ~、また随分と可愛い娘さんじゃないの~」

「え、育郎くん、こんな可愛い娘、彼女にしたのかい?」

「あら~、しかも随分と年下じゃない?」

「ばぶばぶ」

「こら育郎っ、お前ぇ 何やらかしやがったんだ!」

 まるで、罪を犯した息子を叱るかの如く、強く詰め寄る親父さんだ。

「だ、だからあのっ–」

 返答の隙を与えられない育郎に代わって、亜栖羽が自己紹介をした。

「初めまして、葦田乃亜栖羽といいます。育郎さんとは、えっと…今日が初めてのデートでして…今後とも、よろしくお願いいたします」

 帽子を脱いで、恥ずかしそうに丁寧な挨拶。

 言葉も礼儀も正しいパンク少女に、オバさんたちは感激を隠さない。

「まぁまぁ~、なんてよくできた娘さんだろうねぇ」

「え、育郎くん、こんな良い娘、つかまえたのかい?」

「あら~、育郎さんも隅に置けないわね~」

「ばぶばぶ」

「そぅかぁ…育郎お前ぇ、ついに恋人になってくれるお嬢さんとで会えたってワケかぁ…ぐすん」

 みんなが亜栖羽を家族のように歓迎してくれて、オヤッサンに至っては、喜びの感涙までしている。

 まるで、出来が悪くて心配の種だった息子に、良い相手が見つかって安心している父親、そのものだ。

「えっと、あの…そ、そそっ、そういぅ、事です…」

 亜栖羽自らの「親しい」紹介がされて、そんな体験も初めてな育郎は、どう言葉を続けて良いのか解らない。

 そんな青年と少女を、オバちゃんたちは歓待してくれた。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「さぁさぁ、奥へいらっしゃい奥へ」

「え、育郎くん、いつものメニューでいいよね?」

「あら~、だってうちの自慢のメニューじゃない」

「ばぶばぶ」

 二人で向かい合って席に着くと、オヤッサンが育郎の背中を叩く。

「こら育郎。ようやくできた彼女をオレの店に連れてくるなんざ、よくやったじゃねぇか! え、おい」

「あ、いや、その…」

 イタリアンのレストランが駄目で、亜栖羽の要望で来ました。

 と、言えないタイミングに良心を傷める、正直な育郎だった。

 オヤッサンと息子さんが厨房に戻る頃、若奥さんが、亜栖羽の花束に気づく。

「あら~、このお花、育郎さんがプレゼントしたの?」

「はい、育郎さんが 私にって♪」

「あ、あの…」

 顔を真っ赤にして言葉もない育郎と、嬉しそうに素直に応える亜栖羽。

「あら~、でもデートの最初でお花のプレゼントとか、育郎さんらしいわね」

 言いながら、小さなバケツに水を入れて、持ってきてくれる。

 オバちゃんが受け取って、花束をコップに挿してくれた。

「はい、お花にもお水ね~。育ちゃんも、これからはよく覚えておきなさいな」

「?」

 育郎には、女性陣の会話の意味が、よく分からない。

 要するに、デートの最初でお花などを渡すと、受け取った女の子はその後もずっとお花を気にしないといけなくなるから、プレゼントはデートの最後で。

「えっ–そ、そうなんですかっ!?」

 言われてみれば、その通りだ。

「あら~、次からは 気を付けてあげないとね~」

 年齢→彼女無しとはいえ、デートのマナーを知らなさ過ぎた育郎だ。

「そ、そうだよね…亜栖羽ちゃん、あの」

「えへへ♪」

 謝罪の言葉が出そうになった青年を、少女は眩しい笑顔で受け止める。

 そんな優しい亜栖羽は、今日みんなの目の前で「デート」発言を以て、育郎を受け入れてくれたのだ。

「え、奥さん~」

 若旦那に呼ばれた奥さんが、定食のトレイを運んでくる。

「はいはい~、うちの自慢のメニュー『カモメ屋定食』ですよ~」

 オバさんと奥さんが運んできてくれたのは、育郎がいつも注文している、鯖味噌定食だった。

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