第十九話 鯖味噌な家族


              ☆☆☆その①☆☆☆


 タップリと煮込まれた鯖は、艶々で柔らかそうで、味噌の甘い香りで鼻腔を刺激し、食欲を容赦なく刺激してくる。

 湯気を立てる白いご飯や、野菜タップリの御味噌汁、自家製のお漬物もクンと優しい香りがして、お腹がグウと鳴って止まらない。

「わぁ~、美味しそうです~♪」

「さぁさぁ~、いっぱい食べてね」

「は~い。戴きま~す」

「い、戴きます」

 二人は手を合わせて、遅いお昼ごはんを戴いた。

 甘い味噌で程よく煮込まれた鯖は、力を入れずに箸でス…と切れて、口の中で蕩ける絶妙な逸品。

 育郎はほぼ毎日、昼食でこれを食べている。

「んん…やっぱりここの鯖味噌は美味しいな~」

「たりめーだ」

 厨房から、照れたオヤッサンのヤジが飛んで来た。

 柔らかな鯖を、少女も一口ぱくり。

「ん~…甘くてトロトロで美味しい~♡ 鯖って こんなに美味しいんですね~♪」

 喜びで頬を染めるパンク少女の、心から幸せそうな輝く笑顔に、オバさんたちも厨房のオヤッサンたちも、笑顔で頷いていた。

「うんうん、ゆっくり食べてってね」

「は~い。ありがとうございます~♪」

 笑顔で応えながら、亜栖羽はごはんやお漬物など、好き嫌いなくパクパクと食べている。

 無理をしている様子はない。

(亜栖羽ちゃん、こういう食事も好きなんだ)

 そういえば、ちゃんと一緒に食事をするのも初めてだし、食事をする亜栖羽を見るのも初めてだ。

(…美味しそうに食べるなあ)

 小さな口を大きく開けて、ごはんも鯖味噌もパクパク食べる。

 その飾らない素直さに、心が何だか温かくなって、あらためて惹かれる自分を感じる青年だった。

 遅めのお昼にありつくお客さんたちが、バラバラと来店。

「いらっしゃ~い。あら隆ちゃん、もう風邪 治った?」

「あ、はい。おかげさまで」

 などと、母親のように心配してくれるオバちゃんだ。

 接客の合間を縫って、オバちゃんが亜栖羽に色々と尋ねてくる。

 育郎があらためて知ったのは、やや年の離れた姉が三人いて、みな既婚者だとか。

 家は結構裕福らしいとか、父親はなかなか厳しい人なのだとか。

「お祖母ちゃんも一緒に暮らしてます~。私、小さい頃から お祖母ちゃん大好きっ娘なので♪」

 亜栖羽自身も友達が多いらしく、本人いわく「おかげで趣味は広く浅く」との事だ。

 なんであれ、亜栖羽の事を自然な流れで知ることが出来るのは、口下手な育郎にはとても嬉しい。

 そんな会話で青年が焦ったのは、出会いの件。

「それにしても、亜栖羽ちゃん どこで育ちゃんと知り合ったの?」

「ぶっ–!」

(ま、まさかっ、風俗店に入る直前を見たとかっ–い、言わないでくださいぃっ!)

 祈る育郎。

 亜栖羽の答えは。

「オジさんがボンヤリしてた夜の公園で~。私、友達と歩いててぶつかっちゃいまして~。オジサンの背中で輝いてた三日月がとっても綺麗で幻想的で~、なんか運命~って、感じちゃいました~♪」

「「「「ほほぅ」」」」

 オバちゃんや若女将だけでなく、厨房の二人にも聞かれていたようだ。

(ホ…)

 上手く濁してくれた亜栖羽は、安堵する育郎に、ニコっと可愛い笑顔をくれた。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「「ご馳走様でした」」

 一緒に食べ終わって、会計に向かう。

 当然の如く育郎が払おうとしたら、オバちゃんが笑って止めた。

「今日はご馳走してあげるわよ。育ちゃんが彼女連れてきた お祝いよ」

「え、で、でも」

 彼女と言われて照れる遠慮がちな青年に、オヤッサンもピシャリ。

「いいんだよ。それよりお前ぇ、その娘さん 大切にしろよ!」

「え、育郎くんなら解ってるよね」

「あら~、その娘 泣かしちゃったりしたら、うちのお店、出禁だから」

「ばぶばぶ」

 オヤッサンたちに釘を刺された育郎は、どう答えて良いのか解らなかった。

「それじゃ、ご馳走様でした~♪」

「またいらっしゃいね~」

 オバちゃんたちに見送られる二人は、ほど近いマンションへと向かう。

 花束を手に歩きながら、亜栖羽は楽しそうに語った。

「あのお店、オジサンの家族みたいでしたね♪」

「そうだね、上京してからずっと通ってるし…。就職に苦しんでた時とかもだけど、いつも色々と気にかけてくれてるし」

「なんだか、暖かくて素敵ですね…えへへ♡」

 亜栖羽が嬉しそうに、軽くスキップ。

「えっと…ああいうごはんで、ホントに良かったの?」

「はい♪ 美味しいご飯でした~。私、お祖母ちゃんの影響なのかもですけど、和食とか和菓子とか、大好物なんですよ~♪」

「へぇ…そうなんだ。何て言うか、流行りのスイーツとか好きなのかなって、なんとなく思ってたよ」

「友達といる時は 普通に食べますけどね~。繁華街も、駒間の夜、すっごく久しぶりだったんですよ~」

「そ、そうなんだ」

 さっきのスカウト攻勢を思い出せば、なるほど納得できる。

(今日のデートコースは、満点とはいかなかったんだなあ…)

 などと考え、この次はもっと気を付けて考えよう。と、密かに決意をする育郎だった。

 二人で歩く。それだけで幸せ。

 そんなホワホワした気分と同時に、マンションに近づくにつれて、緊張が高まってゆく。

(と、とにかく…失礼のないように…!)

 そしてマンションにな到着した。

「こ、ここだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る