第三話 私じゃダメですか?


              ☆☆☆その①☆☆☆


「は、初めてのお相手ってっ、わっ、私じゃダメですかっ!?」

「はっ–ぁひええっ!?」

 思わず変な声が出た。

 何を問われているのか、育郎脳が、すぐには理解できない。

 頭も表情も「?」でしかない礼服青年に、亜栖羽は更に問い詰めてくる。

「オっ、オジサンのお相手っ、私じゃ、ダメなんですかっ!?」

「–っぇぇぇええええええええええええええええええっ!?」

 夜の公園に、青年の絶叫が木霊して、草むらのカップルや覗き魔たちが「なんだなんだ?」と注視する。

「いやっあのっ–きききキミは何を言ってっ–ハっ!」

 動転しながら、周囲に人の目があると気づいて、育郎は亜栖羽の手を取り、再び急いで遁走をした。

「とっ、とにかくコッチっ!」

「オジサン–きゃっ!」

 清楚な少女を誘拐する犯罪者の如く、礼服青年は制服少女を攫って、公園から去った。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 公園から駅へ向かう車道から一本外れると、小さな喫茶店があった。

 ソープランドの前でずっと緊張していて、その後も泣きながら走ったからか、喉がカラカラだ。

「い、一旦…落ち着こうか…」

「はい」

 息つく育郎の後を、亜栖羽は大人しく付いてくる。

 喫茶店は、六名ほどが座れるカウンター席と、六席のテーブルがあり、二人は窓際のテーブルで向かい合って座った。

 お客さんは、カウンターに二人と、テーブル二つが埋まっている。

 ウェイトレスさんに、青年はコーヒーを、少女はアイスティーを注文。

 コップの水を一口飲んで、フゥ…とようやく、人心地ついた。

「えっと…」

「はい♪」

 さっきの緊張もドコへやら。みたいな明るさで、少女は返答してくる。

 育郎は察していた。

 ああいう冗談は、このくらいの年齢の子供には、その残酷性がまだわかっていないのだ。とか。

 それでも、少女にときめいている自分がいて、だからこそ、それなりに傷ついてもいる。

「あ、ああいう冗談は、その…ゃめたほうが、いいよ」

「冗談…ですか?」

 本気で「何の事ですか?」という美顔に、逆に驚く育郎である。

「だから、その…ぼ、僕の…相手、だとかさ…ああいう冗談って、君みたいにモテる人には 面白いのかもしれないけど…僕みたいな人間には…結構、キツいんだよ…」

 俯いて視線を逸らして話しているのは、これでも精いっぱいの言葉だからだ。

 二人のドリンクが運ばれてきて、ウェイトレスさんは育郎をチラと見て、カウンターへと戻ってゆく。

 育郎の言葉に、亜栖羽は素直な返答をする。

「…ごめんなさい…。私、オジサンの事、ちゃんと考えられてませんでした…」

「い、いや…」

 やっぱり冗談だったんだな。

 それでも相手の言葉を素直に聞いてくれた、優しい女の子だ。

 と思っていたら、亜栖羽は更に言葉を続ける。

「オジサンに信用してもらえる前に あんな事言ったら、それは誤解されて当然ですよね!」

「え?」

 思わず見ると、少女は何かを決意している様子の、明るい笑顔。

「わかりました! まずはオジサンに、私の事をもっとよく知ってもらってっ、オジサンの事も、いっぱい知りたいです!」

「は…?」

 からかいは、まだ続いているのだろうか。

 しかし少女の眼差しは、決意の微笑みで輝きながらも、ふざけている感じはない。

「あらためまして 私は、葦田乃亜栖羽。高校一年生で十五歳です」

「高校生…ぇえっ!?」

 いや制服姿だしそりゃそうだ。

 でも現役高校生。

 女性と話す機会の無かった育郎の目の前に、女子高生が座っている。

 ここはドコの細道じゃ。

 なんて異次元世界も、頭を過る。

「それで、私もオジサンの事 知りたいです!」

「え、あ、えっと…な、名前は、福生育郎で…年齢は二十九歳で…在宅プログラマー です…」

「二十九歳? あはは、本当にオジサ~ン♪」

 なんだか楽しそうだ。

「それで、ざいたくぷろぐらまー? って、なんですか?」

「え、ああ…家でプログラム…アプリとか統計とか、内容は色々だけど、そういうのを動かすプログラムを組み立てていく…って、解る?」

「なんとなくですけど、IOT関連って事ですよね?」

「そ、そこまで格好良くはないけど…まあ、関わってはいるかな…」

「へ~…オジサンって、インテリさんなんですね~♪」

 心底から尊敬されている視線だ。

 キラキラの眼差しが恥ずかしいし、青年の正直な心には、少し痛い。

「年齢差も 一回りなんですね~。えへへ」

 楽しい。

「パ、パソコンはさ、子供の頃から 弄っててね–」

 育郎の話を、亜栖羽は楽しそうに興味深く、訊いてくれている。

 この時間が、ずっと続けばいい。

 明日からの仕事も頑張れる。

 心に深く沈んでいた暗い何かが、凄い勢いで浄化されてゆく気分。

 女性と話す事が、こんなにも心を活性化してくれるなんて。

「女性って…偉大だな~…」

 思わず感涙する育郎だ。

「それで、どうしますか?」

「? あ、何か食べたいなら、注文していいよ」

 コーヒーを一口戴きつつ、良い気分で軽食でも、と勧めたら、亜栖羽の答えは違っていた。

「いえ、オヤジサンの初めてです」

「ブーっ!」

 ついコーヒーを吹き出した。

 女性の店員さんも、思わずチラ見。

「ゴホっ、ゴホっ…な、何を…」

「だって、そのための自己紹介でもあるじゃないですか~。私も、オジサンと話して覚悟とか、できましたしっ!」

 フンっと鼻息も荒く、とんでもない決意を語ってくれた。

「オジサンが連れて行ってくれるところなら、ドコでも付いていきます!」

「ちょっちょっと待って…!」

 十五歳の高校生をホテルに連れ込むなんて、たぶん犯罪だと思う。

 仮にそうじゃなくても、おまわりさんに見つかったら逮捕されてしまう気がする。

 慌てる育郎に、亜栖羽は綺麗なキョトン顔を見せていた。

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