第二十六話 実は亜栖羽は


              ☆☆☆その①☆☆☆


「はあぁ~…良かった~」

 とにかく、少女は怪我一つしていない様子で、青年は心の底から安堵した。

 心を消耗した育郎に対して、亜栖羽はそれ以上の関心事がある様子。

「わ、オジサンの普段着だ~♪ なんだか寝間着みたいですね~♪」

 濃紺地に淡いクリーム色のラインが走る、ジャージの上下。

 年季が入った全体はフワフワした感じに劣化していて、硬さも消滅して着易い動き易い寝転がっても痛くない楽と、いいことずくめで重宝している。

 とはいえ、この格好で愛しい少女と会ってしまったのは、育郎なりに痛い。

「え、あ…ゴメンね…なんか ひどい恰好で…」

「えへへ~、お宝ショットですね~♪」

 楽しそうに言いながら、青年の許可を得てからスマフォで激写。

 そんな少女は、学校の制服姿だ。

「あ、亜栖羽ちゃん、制服だ…」

 この姿を直接に見るのは二度目だけど、前回は夜だったし初対面だったしちゃんと見てないし、それ以外は通信での画面内だけで、上半身しか見ていない。

 なので、とても新鮮。

「はい。学校から直接 来ましたので~♪」

 と言うと、育郎の視線に応えるように、その場でクルっと一回転してみせた。

 あらためて見ると、少女の学校はブレザー通学で、紺色の地に、襟や袖などの赤いラインがワンポイント。

 ミニなスカートも濃紺色で、裾の赤い縁取りが可愛い。

 赤いラインのサイドには、星型のキラキラが輝いていた。

 バッグはシンプルな肩掛けタイプで、小さいモモンガのアクセサリーが揺れていた。

 しかし育郎の視線が最もクギヅケにされたのは、やはり楽し気でキラキラ輝く愛らしい笑顔。

 サラサラなセミロングの髪が、回転に合わせてフワっと靡き、艶を魅せて、亜栖羽の美顔を引き立てている。

 回転したことでミニスカートが僅かに拡がって、艶々の腿がいつもより露出していた。

(……天使だ……)

 魂が抜かれて浄化される悪鬼のように、育郎はただただウットリと、亜栖羽のショーに感動している。

 いつしか周囲には、可憐な少女の美貌に魅せられた男性たちが、遠巻きに集まっていた。

 育郎は、足下から頭の天辺まで、何度も何度も強面ごと往復させて、亜栖羽を鑑賞。

 見つめられる亜栖羽は、ちょっと恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに、青年の視線に応え続ける。

「ど、どこか変ですか~?」

 少し早めでクルっと回転したら、ミニスカートがよりフワっと広がって、膝まづく青年の視界には、白いショーツのお尻がチラと覗けた。

「っうおおっ–あああ亜栖羽ちゃんんんっ!」

 興奮が鼻から吹き出しそうになりながら、ハっと周囲の男たちに気づいて、慌てて全身で少女をガード。

「–ギロり」

「「「ひぃっ!」」」

 鬼が旧友と勘違いしそうな凄まじい表情の大男に、男性たちは蜘蛛の子を散らすように、姿を消した。

「? どうしたんですか~?」

 気づいていないらしい亜栖羽に、育郎が安心して答える。

「ふぅ…あ、亜栖羽ちゃん 気を付けないと…その…み、見えちゃうよ…」

 真っ赤になる二十九歳男の表情で、察したらしい。

「あ、えへへ…。気を付けま~す♪」

 注意された事が嬉しそうな亜栖羽だ。

 とりあえず一息ついて、青年は少女にあらためて尋ねる。

「と、とにかく怪我はないってわかったけど、何かあったの?」

「?」

 要領を得ないらしい亜栖羽に、スマフォを忘れた育郎は、言葉で説明。

 すると。

「え~、オジサン メール全部見ないで 来ちゃったんですか? あはは☆」

「?」

 亜栖羽が見せてくれたスマフォに、育郎へ送ったメールが表示される。

『オジサン助けて~×▽』

『あ、でもこれってすっごく恥ずかしいかもです~! くすんっ×|』

『どうか怒らないでくださ~い×▽』

「?」

 全文を見せられても、やっぱり何のことだかサッパリ解らない。

「とりあえず~、オジサンのお部屋にオジャマしても、いいですか~?」

「え、ああ…っ! そ、そうだね」

 部屋着のままの自分に、今更恥ずかしくなった育郎だ。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 部屋に戻って、リビングに座ってもらって、お茶を淹れる。

 亜栖羽の好みを知ってから、お茶も煎餅も選ぶようになった育郎である。

 いくつか試してみて、一番美味しいと感じた品を購入していた。

 リビングの椅子に腰かけた少女のテーブルに、お茶と煎餅を出す。

「どうぞ」

「わ、お茶と御煎餅だ~。戴きま~す♪」

 青年が淹れたお茶を、亜栖羽は手を合わせてニッコリと微笑んで、一口。

「ずず…わぁ~、美味しい~♪」

 嬉しそうな笑顔が眩しい。

「そ、そう…? あはは」

「オジサンが淹れてくれたお茶、お祖母ちゃんのと同じくらい 香ばしくて美味しいです♪」

 そう言われると、すごく認められたみたいで嬉しい。

「良かった。それで、助けてって…いったいどうしたの?」

「えぇ、えっと、ですね…」

 いつもの亜栖羽らしくない、言いづらそうにモジモジしている。

 そんな仕草も可愛いなと感じつつ、育郎も考察をする。

(? なんだろう、すごく言いづらそうだけど……ハっ–まままさかっ!)

 オジサンの私服がヒド過ぎるのでもうお付き合いできませんさようなら私のアドレスも消してくださいそれじゃあ二度とお会いしませんからさようなら。

(なんてっ!)

 自らの妄想に強烈なショックを受けながらも、もう一人の自分が語り掛ける。

(育郎よ、お前はなんだ? 亜栖羽ちゃんをそんな冷たい女の子だと思っているのか? 亜栖羽ちゃんに失礼だろ?)

(た、たしかに…亜栖羽ちゃんは、突然そんな事を言い出す女の子じゃあ、ないよね…!)

 と安心しかけた途端、もう一人の自分が追い打ち。

(ま、そんなウジウジしたお前に愛想を尽かして『やっぱり無理でしたそれではさようなら』とか 言われかねんとも思うが)

(うわあああっ! お前はどっちの味方なんだああっ!)

 思わず脳内乱闘が勃発する育郎は、亜栖羽の声で現実に引き戻される。

「オジサ~ン?」

 目の前で白魚のような指がヒラヒラされて、青年は現実世界へと帰還。

「ハっ–そ、そそそそそ、それで…どぅしたの…?」

 震える声で問い直すと。

「ごめんなさい。明日のデート、ダメになっちゃうかもなんです~☆」

(やっぱりお別れの挨拶!)

 心が泣き崩れそうになった育郎に、亜栖羽は思い切って、カバンの中から一枚の紙を差し出した。

「ごっ、ごめんなさ~いっ!」

「? ?」

 差し出されたのは、英語の解答用紙。

 どう見たってお別れの手紙ではないものの、頭を下げてゴメンナサイの意味が解らない。

「えっと…テスト? 見ていいの?」

 恥ずかし気に、無言で頷く少女。

 点数を見ると、二十五点。

 それは、赤点だった。

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