第二十九話 少女エプロン


              ☆☆☆その①☆☆☆


 少女のリクエストに応えられない理由とは。

「カモメ屋さん、昨日から休みなんだ。高志さ…若旦那の夫婦の結婚記念日と、若旦那夫婦とその息子さん、…守くんって言うんだけど、三人の誕生日がみんな同じ日でね。それでオヤッサンたちも含めた一家五人みんなで、伊豆に二泊三日の家族旅行なんだ」

「えええっ–家族三人が同じ誕生日で、更に結婚記念日も同じって、そんなミラクル あるんですかっ!?」

 亜栖羽的には、一家三人の誕生日だけでなく、更に結婚記念日まで同じという事実が、相当なオドロキらしい。

「僕も一昨日、守くんのお誕生日プレゼントを持って行った時、昨日からの休みを聞かされたんだけどね」

 それまでは、結婚記念日でも営業していたけれど、孫が生まれたらオヤッサンもメロメロらしく、今年から休みになったらしい。

 育郎の話を聞いた少女が、ウットリと天井を見上げる。

「はあぁ…結婚記念日と、家族みんなのお誕生日が同じなんて、すっっごく素敵ですよね~♡」

 ちなみに、亜栖羽は秋生まれで、育郎は夏生まれ。

「私も、オジサンと同じ誕生日で生まれたかったです~♪」

「あはは、こればっかりは、神様の巡り合わせだね。でも僕は、その…ぁ亜栖羽ちゃんと出会えて、その…せ、世界で一番 幸せだと思ってるよ」

 モジモジしながら思った通りを話す、二十九歳の筋肉大男。

「えへへ…でもオジサンは、世界で二番目ですよ~」

「え?」

「一番の幸せ者は~、オジサンと出会った私ですもの~♪」

 とか言ってから、お互いに恥ずかしくなってしまった。

 若いカップルなら、犬も食わない喧嘩に発展するような話題だ。

 しかし一回りも年が離れると、だいたい年上男性の方が、自然と受け入れられる。

 亜栖羽ちゃんが幸せなら嬉しい。

 その相手が自分なら光栄だ。

 しばし恥ずかしい時間が過ぎて、取り繕いタイムへと移行。

「えっと…お昼、どうしよっか。和食で出前してくれるお店とか…ああ、この辺りだとカモメ屋しかないんだっけ」

 色々なお店が加盟している宅配サービスもあるけど、そもそも育郎自身が、カモメ屋さん以外のお店をあまり利用していないので、お店そのものが解らない。

 いっそどこかに出かけようか、とも思った時、少女が提案をしてきた。

「は~い 私、ずうずうしいリクエストして いいですか?」

 元気に手を挙げながら、グイと推してくる。

「何か 食べたいものある?」

「ていうか、私が何か作りま~す♪」

「えっ!?」

 自信満々の提案は、なんと亜栖羽の手料理だった。


              ☆☆☆その②☆☆☆


(あ、亜栖羽ちゃんの手料理……)

 頭の中で、色々な事が想像される。

 エプロン姿の亜栖羽。

 キッチンで料理をする亜栖羽。

 味見する亜栖羽。

 ちょっと「熱っ!」とドジっ娘な亜栖羽。

 料理が出来上がって、ニッコリしている亜栖羽。

 育郎と対面でご飯を食べる、エプロン姿の亜栖羽。

 そして、育郎のホッペタについたご飯粒を、指でつまんで食べる亜栖羽。

(………な…なんて天国…? 亜栖羽ちゃんの手料理…っ、食べたい…っ!)

 反対する理由なんて、一ミリも無し。

「オジサン?」

「ハっ!?」

 空想にダイブしていた育郎は、また少女の声で戻ってくる。

「もしかして、却下ですか?」

「いやいやいやいやいやいやいやいやっ! ゼヒっ、ゼヒお願いしますっ! 僕は食べたくてっ、仕方がありませんっ!」

 もう作ってくれるなら土下座も辞さない勢いだ。

「よかったです~♪ それじゃ、ごはん 作ります~♪」

 嬉しそうに、パン、と手を叩く少女。

「それにしても、亜栖羽ちゃん 料理得意なんだ」

「いいえ、全然ですよ~。ただ私でも、残りご飯があったら オニギリくらいなら作れるかな~って☆」

「なるほど」

 言葉から察するに、作れるかどうかは未知数らしい。

「今日、勉強を教えて貰ったお礼もかねて」

 ここのところのメールのヤリトリで、育郎が朝晩の自炊をしていると、写真付きで亜栖羽に送っていた。

 自炊と言っても、お米を炊くくらいで、御味噌汁はインスタントだし、オカズは出来合いの総菜を買ってくるくらいだ。

 亜栖羽も、ごはんの写真を送って来ていた。

 朝食やお弁当、夕食も全て母親の手作りらしく、亜栖羽自身の料理は見た事がない。

 亜栖羽は今、オニギリを作るつもりらしい。

(たしか、今朝の残りご飯があったっけ)

「うん、それじゃあ お願いしようかな」

 青年のお願いに、少女は嬉しそうな返答をくれた。

「は~い♪ それでは、御台所をお借りしま~す♪」

 元気に立ち上がった亜栖羽は、制服の上着を脱ぐと、椅子の背もたれに掛けてキッチンへ。

(亜栖羽ちゃん、台所って呼んでるんだ)

 お祖母ちゃんの影響だろう。なんだか微笑ましくて、育郎には嬉しい。

 隣の椅子の背もたれに掛けてあった育郎のエプロンに気づくと、ちょっと嬉しそうに、手に取った。

「これ、お借りしていいですか~?」

「あ、うん いいよ」

「えへへ~、オジサンのエプロンだ~♪」

 黒系な色の男性サイズのエプロンを、小柄な亜栖羽がブラウスの上から、身に着ける。

(おっ、女の子が僕の部屋でっ–僕のエプロンを身に着けているっ!)

 そんな光景に、心が震えるほどの感動を覚える二十九歳。

 亜栖羽が嬉しそうに羽織ったエプロンは、当たり前だけどブカブカ。

「わぁ、おっきい~♪」

 でも、それが良い!

 思わず涙しながらサムズアップをする青年だった。

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